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現代銀座考

2023.05.30

銀座バラード #12 「銀座の香り」(最終回)

写真/石内 都

文/森岡督行

 3年前、私が銀座のコラムを担当することになったとき、ある方から、次のような課題をいただきました。日本中に銀座とつく地名があるけれど、新宿や渋谷はない。昭和初期までは浅草のほうが繁華街として有名だったというのにそれもない。なぜ銀座が日本中に広がったのかと。この問いに対する自分なりの回答は、「現代銀座考 :XX ガス灯と新聞と銀座」として書くことができました。要するに、銀座は明治時代のスマートフォンのような存在だったと考えたのです。詳細はぜひ該当コラムをご参照ください。

銀座1902

 先日、3年のあいだ銀座のコラムを書き続けたお祝いに銀座8丁目のBAR S(*)で乾杯をしました。バーテンダーの阪川徳さんは、おつかれさまでしたと特別なブランデーを選んでくださいました。「香りを楽しんでください、時間と共にグラスの中で変化していきます。30分くらい経ってから飲む場合もあります。香りが開くのを待って。このお酒は香水です」と言って、グラスの中に液体を数ミリ注いでくれたのです。お酒を飲むというより、香りの変化を楽しむ時間。香りを求める体験と考えればより今日的であります。このブランデーの謂れが書かれた本も添えてくださいました。確かに変化する香りに驚きつつ、グラスと琥珀色の境目に光る曲線を見ていると、あっ、となりました。「これも銀座が日本中に広がった理由かもしれない」と思えたてきたのです。

 かつて銀座に来た人が、銀座のような街を地元にもつくりたいと思ったのは確かなこと。それだけ銀座の街には感動があった。ではそこに香りが介在していたと考えるとどうなるでしょうか。香りは記憶と結びつく傾向にあります。例えば、銀座で購入した香水の香りが瞳のようにきらめく街角の記憶をよみがえらせるトリガーとなった。或いは、ラズベリーの香りがすっとぬけていくような鮮やかな赤いカクテルを飲んだなら、その日の銀座はより豊かな思い出となって定着した。「銀座」のイメージが香りと一緒に広がっていった光景が浮かびあがってきました。

 しかしこれもひとつの仮説にすぎないでしょう。そもそも香りは消えてしまうので検証するのは困難です。ただ、「銀座バラード」の最初は、香水瓶を石内都さんに撮ってもらったところからスタートし、期せずして最後に、お酒を香水のように親しむ見識を身につけたわけでもあります。銀座と香水。明治の昔から共にあったのは紛れもない事実。最後に、一杯の青いカクテルの香りと光を、石内さんに撮ってもらいました。明治から続く、銀座と香りの関係性の証として。

銀座9丁目
*BAR S /東京銀座資生堂ビルの最上階にある「BAR S(バー エス)」。パープルを基調としたエレガントな空間で、シーズンごとのオリジナルカクテルや銀座ならではのカクテルなど、さまざまなメニューを堪能することができる。
(中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビル11階)

「現代銀座考」の第2章となる「銀座バラード」は、モノの記憶を写し出す石内都さんの写真から、森岡督行さんが物語を紡ぎます。
銀座にまつわるさまざまなモノから見えてくる、銀座の、石内さんの、そしてあなたの物語です。

石内 都

フォトグラファー

1947年、群馬県桐生市生まれ。神奈川県横須賀市で育つ。1979年に「Apartment」で女性写真家として初めて第4 回木村伊兵衛写真賞を受賞。2005年「Mother’s」で第51回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家に選出される。07年より現在まで続けられる被爆者の遺品を撮影した「ひろしま」も国際的に評価され、13年紫綬褒章受章。14年にはハッセルブラッド国際写真賞を受賞。
05年、ハウスオブシセイドウにて「永遠なる薔薇 — 石内 都の写真と共に」展、16年の資生堂ギャラリーにて「Frida is」展を開催した。

森岡 督行

1974年山形県生まれ。森岡書店代表。文筆家。『800日間銀座一周』(文春文庫)、『ショートケーキを許す』(雷鳥社)など著書多数。
キュレーターとしても活動し、聖心女子大学と共同した展示シリーズの第二期となる「子どもと放射線」を、2023年10月30日から2024年4月22日まで開催する。
https://www.instagram.com/moriokashoten/?hl=ja