この数カ月は家でたくさん映画を観たという人も多かっただろう。私もその一人。ただ、やはり自宅では、外のサイレンの音や宅配便配達のインターホン、こちらの状況はお構いなしに話しかけてくる家族らによって、鑑賞中でもたびたび現実に引き戻されてしまう。
ああ映画館! あの外界と遮断された、圧倒的な没入感! 心地よい暗闇と響きわたるサウンドを幾度となく恋しく思ったものだ。
さて、休業要請の緩和も進み、映画館の営業が再開した5、6月。「これぞ映画館で観るべき」とおすすめしたい映画が封切られた。とっぷりとその世界観に浸りながら、登場する人物に自らを重ねつつ、自分の心と向き合える作品。グレタ・ガーウィグによる『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』だ。
グレタ・ガーウィグといえば、次代の映画界を背負って立つ若き才能で今、最も注目を集めている存在。元々脚本家を志し、女優として活動を始めた。共同製作を経て、2018年公開の『レディ・バード』が単独監督デビューを飾り、さらに女性監督としては史上5人目にアカデミー賞監督賞にノミネートされた。惜しくも受賞は逃したが、次作である本作品でもそのみずみずしい感性が存分に表れている。
今回の作品の原作は時代を超えて愛される不朽の名作、『若草物語』だ。美しいメグ、勝気なジョー、心優しいベス、おしゃまなエイミー。おなじみのマーチ家の四姉妹が、主人公、ジョーを演じるシアーシャ・ローナン始め魅力的なキャスティングでよみがえり、監督グレタを支えた。
日本では『若草物語』だが、オリジナルのタイトルは原作、本映画ともに『Little Women』。四姉妹の父親が彼女たちに敬意を表して、「little women(小さな婦人たち)」と呼びかけていたことからきている。舞台は南北戦争時のアメリカ、日本でいえばちょうど江戸末期の頃だ。物語の当時から現在まで、150年以上も時は流れたけれど、夢と現実、自立と結婚、女性ならではの悩みや葛藤に揺れる彼女たちの姿は今を生きる私たちそのものにも見える。
「私の夢があなたと違うからって、重要じゃないわけではないのよ」
結婚するメグを思いとどまらせようと説得するジョーに対し、メグが応えた言葉だ。映画の視点はジョーだけに寄り添うのではなく、このように四姉妹それぞれの信念や心情をていねいに描き出す。四者四様、個性豊かな彼女たちの、どの場面に感情移入するか、どんなセリフが心に響くかは人それぞれ。観る人によって泣き所が違うというのも面白い。
衣装の秘密
ファッションを扱うこちらのコーナーで紹介していることでもわかるように、本作はファッション的にも大注目だ。今年のアカデミー賞では衣装デザイン賞を獲得。衣装ディレクターをつとめたジャクリーン・デュランは2月の授賞式での受賞スピーチで、「グレタ・ガーウィグ監督の勇気と優れた才能がインスピレーションになった」と語っている。さらに、『ロサンゼルス・タイムズ』の取材では、19世紀の衣装をまとった登場人物が決して古びることなく、イキイキと自然に見えた理由を明かした。
ポイントは着こなし。衣装そのものは史実に則って当時確かに存在していたアイテムを用意したが、着方については四姉妹一人ひとりが着たいように着ることをうながしたのだという。結果、伝統的なビクトリアンスタイルが思いがけずモダンに見えたというわけだ。
さらに、トリビア的な見所の一つにジョーとローリーの衣装がある。まるで双子のように仲のよい彼らは、服を貸し借りしているという設定。ローリーが着ていたコートを別の場面でジョーが身につけているなど、二人の衣装がところどころでリンクしているのを探すのも楽しい。
自分の道は自分で開く
物心ついた頃から、人一倍『若草物語』に思い入れが深く、「いつも自分を形成する一部のような作品だった」というグレタ・ガーウィグ。「芸術をつくり出す女性、お金を稼ぐ女性、選択する女性、そして少女のときにもっていた勇気を大人になってももち続けることができる、という物語を伝えたかった」と、それぞれの登場人物に新たな息吹をもたらし、スクリーン上で表現した。四姉妹が、自身の力ではどうにもできない現実という大きな壁にぶつかって、それでも立ち上がって、心折れずに自分らしく生きる。その姿は、折しも、コロナ禍という先行きが見えない今の時代の心の持ち様をも教えてくれる。
「I intend to make my own way in the world(私は独自の道を行くつもり*)」。ジョーがきっぱりと語ったその一言が静かに重みを増していった。