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Heart of Fashion

2019.04.12

華やかな世界の陰に 正気を失うほどのプレッシャー。映画『マックイーン:モードの反逆児』

文/呉 佳子

4月5日に待望の日本公開が始まったのが、伝説のデザイナー、アレキサンダー・マックイーンの素顔に迫るドキュメンタリー映画、『マックイーン:モードの反逆児』だ。
英国ロンドンの下町に生まれたマックイーンは1993年、23歳で自らのブランドを立ち上げた。非凡な感性とサヴィル・ロウ仕込みの卓越した技術は、業界の有力者イザベラ・ブロウのお墨付きも得て、ロンドンのファッションシーンで一身に注目を集める。その評判はファッションの殿堂パリへも届き、弱冠27歳の時にオートクチュールメゾン、ジバンシーのクリエイティブディレクターに就任。彫刻のような服と心の闇を仄めかす深いテーマで業界を魅了し、成功への階段を駆け上った。2010年に自ら命を絶つまでのわずか20年足らずのキャリアだが、死の翌年開かれた彼の回顧展には、NYのメトロポリタン美術館とロンドンのV&A美術館あわせて100万人が足を運んだという。

華やかなファッションの世界で、才能だけでなく運にも恵まれ、日向の道だけをひた走り栄華を極めた40歳のマックイーンが、なぜ自死を選んだのか。
そして数多いるファッションデザイナーの中で、彼がこれほどまでに人々を惹き付けるのはなぜか。
「レジェンド」と呼ばれるマックイーンの、真実の姿を求めたのがこのドキュメンタリーだ。センセーショナルに扱われることを嫌って今まで取材に応じてこなかった家族や友人までをも口説き落としエクスクルーシブなインタビューを敢行。さらにプライベートビデオも含む様々な映像資料集めに奔走し構成した。

映画『マックイーン:モードの反逆児』より、モデルのサイズを採寸するリー・アレキサンダー・マックイーン(左)© Salon Galahad Ltd 2018

「ショーがあるから感情を表現できる。」

そう語るマックイーンにとってコレクションを披露する場であるランウェイショーは、特別思い入れがあるもの。単に大掛かりな舞台を設営して終わりではなく、彼のショーにはいつもドラマティックな物語と衝撃があった。本作でもマックイーンのキャリアの節目となった5つのショーを追うかたちで進行する。
前半は、何かを成し遂げたいという野心にあふれ、経験や技術の習得にどん欲だった青年マックイーンの怖いものなしの姿が描かれる。ロンドンを震撼させた猟奇的連続殺人事件の「切り裂きジャック」や「レイプ」といったセンセーショナルな題材、人々が目を背けたくなるようなテーマを敢えて突きつけた。「(ショーを見た後は)浮かれた気分か、最悪の気分で出てほしい。何も感じさせることができなかったなら僕の仕事は失敗だ」、とまだ少年の面影を残したぽっちゃり顔のマックイーンは言う。嫌悪感や拒絶反応を抱く観客も少なくなかったというが、劇中で感想を問われたジャーナリストは「今までの(他のデザイナーの)ショーが全て色褪せて見えた」とその鮮烈なインパクトを表現した。
コレクションの材料費は失業保険から捻出していたためTVの取材を受けても顔が出せず後ろ向きで登場していた、卒業研修で訪れたパリで、ジバンシーのショーに潜り込み「ばあさんの着る服だ」と感想を述べた…。興味深いエピソードを散りばめながら、小気味良いテンポで話は進む。
異例の抜擢、と世界的に注目されたジバンシーのディレクター就任時も、パリへ向かうマックイーン一行はなんだか遠足気分。わいわい騒ぎながらエッフェル塔の見える街中や新しく借りたフラット、シャンデリアがさがるジバンシーのオフィス内で、プライベートビデオを回す彼と仲間たちの高揚感が伝わってくる。「社内を子どもたちが走り回っている感じだった」。当時のチームの一員はそう振り返る。

そして後半、誰もが認める成功を掴みながら前進する様子に、だんだんと不穏な影が忍び寄る。息つく暇も与えない過密スケジュールと大きなプレッシャーが彼の動きを封じていったのだ。

「基本的に全世界が彼を気に入っていなかった。彼が破滅するのをみんなが見たがっていた」。

仕事仲間は振り返る。マックイーン自身も「プレスや世間にとって、僕はガゼルだった」と語り、弱肉強食のジャングルで一瞬も気の抜けない小動物に自分を例えた。成功への階段はいつしか大きなビジネスサイクルの歯車へと化し、終わりのないスケジュールや自分以外の人々への責任から、簡単には抜け出せない状況に陥っていたのだ。そばで見ていた仲間が「正気を失うくらいのプレッシャー」と表現するほどの重圧を背負ったマックイーン。命を削るように送り出したコレクションは、美しさの影に、不安や社会への怒り、得体の知れない恐怖を携え凄みを増していく。

「仕事というバブルに閉じ込められたくない」。

手にした名声やビジネスの成功よりもマックイーンが大切にしていたものをこの映画は伝えてくれる。ショーの華麗さは言うまでもなく、映像を通してでもその迫力は衰えない。劇中音楽はマックイーンと親交のあったマイケル・ナイマンによるもので、その荘厳な調べは1人のデザイナーの人生という叙情詩を美しく彩った。
さて、この春、フレッシュな季節の訪れとともに、自分のキャリアや人生についても今一度立ち止まって考えを深めたいと思う人も多いだろう。そんな時にこの映画ほど多くを語ってくれるものはない。

映画『マックイーン:モードの反逆児』
監督:イアン・ボノート、ピーター・エテッドギー
音楽:マイケル・ナイマン
出演:リー・アレキサンダー・マックイーン、イザベラ・ブロウ、トム・フォードほか
配給:キノフィルムズ
上映時間:111分
© Salon Galahad Ltd 2018
http://mcqueen-movie.jp/
TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開中

呉 佳子

ファッションディレクター

資生堂ファッションディレクター
ファッショントレンドの分析研究やトレンド予測を担当。
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