東京コレクションでは「囲みインタビュー」という独特の慣例がある。
ランウェイでのショー終了後、同じ会場の一角に新聞記者や編集者、ライターなどメディアが集まり、デザイナー本人を取り囲んで合同でインタビューするのだ。皆立ったまま10分もかからない短いものだが、シーズンのテーマやこだわりを直に聞ける機会で、声のトーンや大きさ、質問の受け答えなどからデザイナーの人となりが伝わってくるようでなかなか興味深い。
AKIKOAOKIの青木明子さんが話す姿を初めて目にしたのもその囲みインタビューのとき。黒いロングヘア、目のすぐ上までまっすぐのびた前髪にかわいらしい顔立ち、小柄な背格好といった外見は、いかにも清楚なお嬢さんといった印象だった。
その物静かな雰囲気はしゃべっても変わらないのだが、控えめそう、大人しそうという印象はよい意味で裏切られることになる。二重三重に取り巻く取材陣に圧倒されることなく、丁寧にことばを選び、しっかりとした口調で筋道立てて説明する。実は芯の通った強い人。でもその強さは、ふんわりとソフトな物腰に覆われていて少しも嫌みがない。
理性と感性のブレこそがファッション
そんな青木さんの魅力は、服にも表れている。コンセプトの強さと、着てみたいと思わせる懐の深さのようなものが共存しているのだ。
服づくりでは、いくらコンセプト=理論が独創的でしっかりしていたとしても、着たいとトキメかせる=感覚の部分がついてこないとむずかしい。たいていの場合、テーマを聞いて服を見て「え?! これがこうなるの?」と思うくらいのコレクションのほうが、コンセプトと服がぴったりと予定調和的に足並み揃えているものよりも、実は断然面白いのだ。ただし、そのさじ加減もむずかしいわけだが、その点、彼女の服は理性と感性のバランスがほどよく取れている。
「理詰めで考えても、つくっていくうちにだんだんとブレていく。でもそのブレこそがファッション。無理に辻褄を合わせようとするのでなく、最後の仕上がりがカッコよくてワクワクするものであれば、それは”あり”なんです」(青木さん)
たとえば2018年春夏コレクションのテーマは「淡い」。そもそも「淡い」というのは西洋にはない概念で、日本独特の曖昧さ、グレーゾーンに対する美意識を象徴することばなのだという。仏教で「淡」は生と死を繋ぐ狭間の概念でもあり、「決めつけられることを嫌う、移り変わりを受け入れるという意味で『淡い』と『ファッション』は似ていると思いました。昨日着たかったものを今日また着たいとは限らないですよね」(青木さん)。
“美意識”、“仏教”、“概念”といったことばのいかめしさに反して、発表されたコレクションは実に軽やかだ。コルセットやブラなどの下着モチーフは解体されシャツの上のレイヤードやドレスに再構築される。「スポーツの要素もいいなと思って……」と青木さんが語るように、メッシュやステッチのほか、今回初めて取り入れたドローストリングが現代風の動きをそえる。コンセプトで軸をつくりながらもそれに縛られ過ぎず、最後はよいと思う自分の感覚、センスで判断する。そのゆるさ、抜け感が彼女の服を魅力的に仕上げる要因なのだろう。
制服、ロンドン、ここのがっこう
そんな彼女の感覚はどのように磨かれたのか。
幼稚園から高校まで一貫のカトリック系女子校に通い、15年間、決められた制服を着続けなければならなかった毎日は、彼女のファッションの原体験だ。
東京の美大を卒業後、英国のファッション名門校、セントラルセントマーチンズに留学。枠に囚われた日本的価値観を徹底的にこわしてくれたのがこのロンドンでの生活だった。英国は階級社会なので上流も下流もあるが、「面白さという意味で、どちらが上というのはないんです。ロイヤルバレエも素晴らしいし、その一方でフリーマーケットで手に入れた200円の服もカッコいい」(青木さん)。日本にいた頃は、自分の好きなカテゴリーに固執し、追求すべきと思っていた。それがロンドンで暮らしたことで、好きでないモノの興味深さ、今まで自分になかった美意識を楽しむ感覚、全てをフラットに受け入れることの大事さに気づいたのだという。
日本に戻ってからは、デザイナーの山縣良和氏が主宰する「ここのがっこう」に参加。徹底的に自己を掘り下げ、時代の流れを読みつつ、その中で自分らしさをどう表現したらよいかを追求した。その過程では日本の伝統芸能の専門家や認知行動学者など、異業種の人とのワークショップで、新しい視座を得る機会にも恵まれる。
軸ではなく残り香や余韻
今注目しているのは、最近のファッションの潮流だ。「服としてあるべきオリジナルな軸がなくても、今はファッションとして成立してしまうのが面白いですね。人々が不快感なく、すっと受け入れられるような軽いもの」(青木さん)が、新しく台頭してきているのだという。自己のオリジナルではなく、ほかからのリファレンスを巧みに組み合わせる〝根無し草的な″スタイルの特徴を、青木さんは「残り香」や「余韻」と表現する。その残り香と余韻を、自らの服づくりにも取り込んでみたいと今後の意気込みを語った。3月の「アマゾン ファッション ウィーク東京」でどんなコレクションが発表されるのか。ひとつ確かなのは、彼女が確実に今後の東京のファッションを担っていく一人だということだ。