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Heart of Fashion

2018.01.26

センスよりも努力?! ドリス・ヴァン・ノッテンの意外な素顔

文/呉 佳子

「好きなファッションブランドは?」と聞かれたとき、業界人も一目置く鉄板の答えを挙げるとすれば、それは紛れもなく「ドリス・ヴァン・ノッテン」だろう。ファッションの流行り廃りとは距離を置いているように見えて、実はトレンドのツボも押さえた玄人好みのブランド。そんなドリス・ヴァン・ノッテンのデザイナー、ドリスの素顔に迫る初めてのドキュメンタリーが今公開中だ。

『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』劇中より、ドリス・ヴァン・ノッテン(右)© 2016 Reiner Holzemer Film – RTBF – Aminata bvba – BR – ARTE

ドリスとは
ドリス・ヴァン・ノッテンは1986年のブランド立ち上げ以来、パリコレで活躍し続けるベテランデザイナー。ベルギー、アントワープの王立芸術学院卒業の同窓生5人とともに「アントワープの6人衆」と呼ばれ、デビュー時からその個性と実力を注目された。

オリエンタルなモチーフ、西洋の伝統的なファッション、カルチャー、音楽、アートなど様々な要素からインスピレーションを得てコレクションに落とし込むスタイルが特徴的だ。エスニックなテーマが多いため、それにハマるトレンドが出ていれば良いが、ときに外れたりと、以前は波があったと思う。が、ここ6、7年ほどはトレンドそのものが彼にようやく追いついたかのように、コンスタントにヒットを続け、パリコレでの自らの立ち位置を盤石にした。

ドリスのファッションの見所と言えば、色とプリント。色の組み合わせや美しい柄そのもの、あるいは柄と柄の合わせ方、色柄配色のバリエーションが絶妙で、どんなモチーフの扱いにも彼のセンスが光る。

たとえば菊の花プリント。ともすれば亜流の東洋趣味になりそうな意匠も、ドリスの手にかかれば洗練されたハイファッションに。

2017年春夏の菊モチーフ©Antoni Ruiz Aragó
2017年春夏のテーマは「日本×ヴィクトリアンスタイル」©Antoni Ruiz Aragó

意外に地道?!
映画ではそんなドリスの製作現場、華やかなショーの舞台裏にカメラが初めて潜入した。天性のセンスを持つドリスのことだから、瞬時にパーフェクトな配色、柄合わせを決め、さぞや華麗な仕事ぶりだろうと思いきや……何度も組み合わせを試したり、バランスや足し引きを熟慮する姿に目を奪われる。何事もスマートにこなすというよりは、粘り強く着実なプロセスを踏みながら努力を重ねる、意外に地道な一面が現れた。

大量のテキスタイルサンプルを前に構想をめぐらす © 2016 Reiner Holzemer Film – RTBF – Aminata bvba – BR – ARTE
チームでテキスタイルを検討中 © 2016 Reiner Holzemer Film – RTBF – Aminata bvba – BR – ARTE

ショーへの思い
映画からはドリスのショーにかける熱意が伝わってくるが、ではショーとは一体、何のためにあるのだろう。

雑誌等へ一切広告を打たないドリスにとって、ショーはいわば世界に開かれた唯一の窓、重要なコミュニケーションの機会だ。そのシーズンの世界観をあますところなく、たった20分足らずの本番に詰め込む。服のコーディネートはもちろん、モデル、ランウェイ、演出方法、音楽、照明、会場の空間……、全てをコントロールして、彼の描いたビジョンを語らせるのだ。

実際、ドリスのショーは何年経っても風化しないその場の“空気”が見る人の記憶に刻まれる。まるで色とりどりの宝物のように鮮やかな彼のショーの思い出の中で、私が一つを選ぶとするならば、13年春夏だ。

殺風景なコンクリート打ちっぱなしの会場に、少し青みがかった照明、モデルたちの透明感のある雰囲気が蘇る。彼女たちは両手をスカートのポケットに入れて、静かに、かつ超然と歩く。そよそよと優雅に揺れるのは、花柄スカートの全面にあしらわれたラッフルや、ドレスを覆うオーガンジー。張りつめた緊張感と穏やかさが奇妙に共存する空気感を5年以上経った今でもはっきりと思い出す。

13年春夏コレクションより©Antoni Ruiz Aragó
グランジルックとクチュールを掛け合わせた13年春夏コレクション©Antoni Ruiz Aragó

100回のコレクション
「“魅力的”と人が反応するのは誠意と情熱。つまり作り手の心だ」と映画でドリスは言う。その言葉どおり、彼は一つ一つのコレクションを心を込めて送り出してきた。レディスとメンズ合わせて年4回、25年以上ショーでの発表を休まず続け、開催数は昨年100回を超えた。「着る人と一緒に成長できる服を作りたい」。積み上げてきたコレクションの軌跡が、現在のドリス・ヴァン・ノッテンというブランドの糧となっている。100回目の節目を記念して、初回から現在まで全てのショーを収めた回顧録も発刊。

『Dries Van Noten 1-100』(『Dries Van Noten 1-50』と『Dries Van Noten 51-100』の二冊が特別仕様のケースに入った限定版)Cover picture by Marcio Bastos

完璧主義過ぎて、休暇の際も分刻みのタイムスケジュール表を用意してしまう、というお茶目な一面から、インテリアの中で映える花選びのコツまで、カメラはドリスのプライベートの様子も捉えた。見終えた後に残るのは、温かく前向きな気持ち。「何ごとも全力投球」というドリスの意外に体育会系な発言に、物事を見事に成し遂げることに“魔法”はない、とあらためて思い知る。気持ちを謙虚に整えるにも、年の初めに最適な作品だった。

庭の手入れをするドリス © 2016 Reiner Holzemer Film – RTBF – Aminata bvba – BR – ARTE
庭で採ってきた花を部屋に飾るドリス © 2016 Reiner Holzemer Film – RTBF – Aminata bvba – BR – ARTE
メンズコレクションのフィナーレにて © 2016 Reiner Holzemer Film – RTBF – Aminata bvba – BR – ARTE

<映画概要>
映画『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』
公式HP:http://dries-movie.com/
劇場情報:ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、他にて上映中、全国順次ロードショー

<書籍概要>
『Dries Van Noten 1-50』 / 『Dries Van Noten 51-100』
著者:ドリス・ヴァン・ノッテン、スザンナ・フランケル、ティム・ブランクス
形状:210×275 mm /ハードカバー/400p
価格:各69€/90$/65£※英語版のみ
表紙写真:©マルシオ・バストス

『Dries Van Noten 1-100』
(『Dries Van Noten 1-50』、『Dries Van Noten 51-100』二冊が特別仕様のケースに入った限定版)
価格:140€/180$/130£※英語版のみ
日本価格:19,980円(税込)
表紙写真:©マルシオ・バストス
※二冊セットはドリス ヴァン ノッテン ショップ及び一部の百貨店内コーナーでも販売中

呉 佳子

ファッションディレクター

資生堂ファッションディレクター
ファッショントレンドの分析研究やトレンド予測を担当。
オンラインサロンcreative SHOWER でナビゲーターを始めました!
まるでシャワーを浴びるかのように、美意識や感性に刺激を与える時間を重ねようというコンセプトです。ご興味のある方はぜひこちらをのぞいてみてください。
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