この夏、あるバレエ公演が注目を集めた。その名も「BALLET TheNewClassic 2024」。バレエを現代の解釈で表現するガラ公演*だ。
(*ガラ公演:有名作品のハイライトやその公演のためにつくられた作品など、選りすぐられた演目ばかりを上演する公演)
バレエ鑑賞というと、「どこか高尚で近寄りがたい」、「美しいが退屈しそう」など、自分からは遠い世界の話と考える人も少なくないだろう。実は本公演はそうした人たちにこそ観てもらいたかった。選りすぐりの演目を踊るのは、世界的に活躍する一流ダンサーたちで、普段は同じ舞台に立たないスターばかり。さらに彼らを支えるスタッフも、通常のバレエ公演とは異なる顔ぶれだ。たとえばパリコレで活躍する演出家やメイクアップアーティストなど、モードの最前線を走るクリエイターたちが集結。クラシックバレエの旧態依然としたイメージを覆し、観客を刺激的で新しいバレエの世界へといざなってくれる。
さて、BALLET TheNewClassicの革新性を彩る要素のひとつが、ダンサーたちの衣装。ファッションブランドChika Kisadaの幾左田千佳が担当した。自らもプロのバレリーナを志した過去をもつ幾左田に、今回のクリエーションとその背景にある熱い思いを聞いた。
古典的なバレエを再解釈し、現代に生きる私たちのための新しいバレエを提案するプロジェクト。発起人は写真家の井上ユミコとバレエダンサーの堀内將平。今年8月の公演は、盛況だった初開催の2022年に次ぐ第二弾。「初回を超える内容を!」と意気込み新たに、世界で活躍するトップダンサーやモードクリエイターたちが東京・初台の新国立劇場に結集した。
――前回に続き今回も衣装をご担当されています。どんなお気持ちでしたか。
幾左田:前回は、舞台衣装の担当自体が初めての経験。「夢が実現した!」という嬉しさの一方、準備期間も短く、なかなか思い通りにいきませんでした。それら反省点や消化できなかったハードルを超えたい、という気持ちが今回は強くありましたね。
――15年以上のデザイナー経験をお持ちの幾左田さんでも衣装製作は難しい?
動きで美しく見える衣装は、日常の服とは全く違うんです。着て動いてもらってはじめて、あれ、想像と違うなと気づく。装飾の位置にしても、男性がもち上げたときに邪魔にならないか、滑らないかなど、一般の衣類では考えないような制約をひとつずつ考慮する必要があります。
さらにダンサーは公演期間中、日に日に痩せていく。あれだけの演技を大勢の前で披露するのだから当然ですよね。ことば通り、身を削って演技をしています。彼らのストイックな姿に触発され、私も衣装に対して真摯に向き合いたいなと。1ミリ単位での調整を千秋楽まで続けていくのが舞台衣装なのです。
バレエ舞台での“象徴”を取り払うことで表す現代性
――今回の新たな試みは?
バレエの伝統的な表現を超え、性別やジェンダー役割、富の象徴などを問い直す衣装をつくりたいという思いがありました。古典バレエでは、きらびやかに着飾るのは、決まって王族。労働者階級とされる役どころのヘアメイクやコスチュームとの差は歴然です。今の時代に置きかえるとやはり違和感がありますね。今回は衣装に込められた伝統的かつ典型的な象徴性を意識して取り払うことで、モダンな舞台の実現を目指しました。
――たとえばどんな衣装?
第二部では男女問わず全員がティアラ風のヘッドピースをつけています。男性ダンサーたちは皆、長年のキャリアがある方々ばかりでしたが、「ティアラをつけて踊るのは初めて!」「テンションが上がる!!」なんて声も頂いて。新しい衣装表現を楽しみながら踊ってくれたのは、デザイナーとしてすごく嬉しかったですね。
――今回使用した衣装はすべてアップサイクル*だとか?
(*アップサイクル:不用品や廃棄品をそのまま再利用するのではなく、デザインやアイデアなど価値を付加することで、もう一度、グレードアップした製品として蘇らせること)
前回の公演の衣装やChika Kisadaのアーカイブ、不要となったバレエ衣装を用いました。一般のご家庭に眠る衣装を募集したら、アトリエが埋めつくされてしまうほどの量が届いたんですよ。
性別もサイズもさまざまな衣装のそれぞれと対話するなかで、とくに愛を感じたのは内側です。たいてい持ち主の名前がありますが、小さく刺しゅうされていたり、マジックで大胆に書かれていたり。何人かの手に渡った衣装は、名前の上に違う名前が貼られていました。それらを見ていたら、もちろんお会いしたこともない方々なのですが、「この衣装で踊るためにどれだけ練習を重ねたのだろう」と、愛おしさがこみあげてきて。表に施されたスパンコールと同じくらい、衣装の裏側のつくりが輝いて見えたんです。
ネームタグのほか、装飾が取れたノリの跡や折れてしまった白鳥の羽根、黄ばんで劣化してしまった部分など、本来であれば隠したり直したりするパーツを敢えて見せる、というデザインの方向性が決まりました。
――なるほど、衣装に現れたダンサーたちの努力の軌跡を見せる、ということですね。
細かなディテールは客席からは見えませんが、積み重ねてきた時間や思いが衣装からエネルギーとして観客に伝わるのでは、と考えたんです。もちろんそれらを着て踊るダンサーのモチベーションにもなります。本来は隠すものを見せる、いわばルール破りですが、今の時代、解釈ひとつでルールも変えられる、という私なりのメッセージも込めました。
――最後に第二弾公演を終えての感想を聞かせてください。
この舞台をきっかけに初めてバレエ鑑賞をしたと多く聞き、率直にうれしいです。「古典バレエは敷居が高い」というイメージを少しでも変えていけたら。バレエに対する知識は関係ないし、ただ自由な感性で見て、それぞれが何かを感じて持ち帰ればいいんです。バレエ鑑賞が生活のなかでもっと身近になればよいなと思います。
堀内將平さんが冒頭あいさつで、「とにかく“かっこいいバレエ”を見せたい」と語っていましたが、トップダンサーたちの踊りって、きれいとか美しいと感じる以上に、圧倒的にかっこいいんですよね。身体の内側から湧き出る精神的なエネルギーが見えるというか。良い意味でショックに近いものを感じます。
私自身、バレエダンサーとしての経験もありバレエは人生の一部。Chika Kisadaのデザインにも少なからず影響を与えています。ただ、舞台上のきらびやかさよりも、ダンサーの内なる力、ストイックな姿勢、緊張感漂うエレガンスを可視化したいという思いが常にある。今回の公演は終わりましたが、その強烈な世界観に、まだ夢の中にいるような気持ちです。ファッションデザイナーとしても、何か心に響くもの、気持ちを後押ししてくれるものを創り出せたら、という思いを新たにしました。
作品別衣装解説
『ロミオとロミオ』(新作)
ダンサー:三森健太郎、マッテオ・ミッチーニ
不朽の名作『ロミオとジュリエット』の許されない恋を現代の価値観で表現する意図で、美しい青年カップルで描いた。衣装の元になったのは、プリンセスの衣装たち。「三森さん(写真左)が『眠りの森の美女』のオーロラ姫で、マッテオさんが『白鳥の湖』のオデット姫の衣装を使用して製作しています。バレエのお教室でも、いつかこの役柄を演じたい!衣装を着たい!と憧れられる二大お姫様ですね。プリンセスは女の子の憧れと限定されがちですが、『僕、オーロラ姫に憧れる』って男の子がいてもいい。性別に囚われない発想を表現のベースに置きました」(幾左田)
『Anomalous』(新作)
ダンサー:佐々晴香
激しいドラムのビートで踊る姿は、古典バレエの上品でかしこまった世界観を打ち砕く。本作はクラシックバレエの技術を基盤としながらも、その枠を超えた力強い表現が特徴だ。「Chika Kisadaのアーカイブからアップサイクルしたデニム素材を使っています。一見すると典型的なコスチュームですが、古典バレエではなじみのない素材を用いた挑戦的な試みです」(幾左田)
『白鳥の湖』よりオデット
ダンサー:二山治雄
バレエ作品の代名詞ともいえる『白鳥の湖』。本作では性別の枠を超えた美しさを追求する。「まず主宰者から“見たことのない生物”を衣装で表現してほしいとオーダーされたんです。白鳥でなく、人間でもない。この演目自体、繊細なプリンセスの白鳥と、力強い悪魔の黒鳥の一人二役を演じるとても難しい役柄。善悪ないまぜになった複雑なキャラクターを白と黒を合わせたグレーで表現しています。超絶技巧ばかりの振り付けと聞いていたので、練習中に数度訪ね、ジャンプする時の布の動きや、しなやかな手足の表現の余韻をシルエット全体でどう見せるかなど、探りながらブラッシュアップしました」(幾左田)