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Heart of Fashion

2023.09.28

観る前の自分には戻れない? 映画『ファッション・リイマジン』を 観るべき5つの理由

文/呉 佳子(資生堂ファッションディレクター)

観る前の自分には、もう戻れないかもしれない。
そんな体験をしてみたい方におすすめなのが、現在公開中の『ファッション・リイマジン』、鑑賞者の考え方に変化をもたらすドキュメンタリーだ。私たちが普段、当たり前のように手に取り、何気なく(ときにはいくらか粗末に)扱っていた洋服の、背景に広がる大きな世界とセンセーショナルな実態を教えてくれる。

主人公はロンドン発のファッションブランド、マザー オブ パール(Mother of Pearl、以下MOP)のデザイナー、エイミー・パウニー。彼女は見過ごされてきた真実に次々とスポットライトを当てていく、いわば本作のナビゲーターだ。
事の発端は、MOPが英国ファッション協議会(BFC)と英VOGUEが共催する賞を受賞した2017年にさかのぼる。賞金10万ポンド(約1800万円)を手にしたエイミーは、徹底的にサステナブルなライン、名づけて「No Frills(飾りは要らない)」を製作しようと決意。コレクション完成までの18か月間、困難に見舞われながらもくじけない彼女の一途な思いと圧倒的な行動力が本作の主旋律となっている。

1. 直視すべきは洋服にまつわる“驚愕の事実”

たとえば、「現代人は、1980年代と比べて 3 倍以上の服を購⼊している」、「毎年1000億もの服が作られ、その5分の3が購入した年に捨てられる」、「ジーパンを一本作るのに必要な水の量は、人の2年分の飲料水に匹敵する」などなど。えっ?と耳を疑い、その後に自分の行動を振り返りたくなる事実が、本作では次から次へと明かされていく。「部屋の中のゾウ(an elephant in the room)」という英語のことわざがあるが、ファッション業界における環境負荷はまさしくそれだ。明らかに存在しているのに皆が議論するのを避けている。問題に向き合おうという提言を、決してお説教くさくなく、ファッションムービー的にスタイリッシュに伝えるのが本作だ。

2.服は5か国の旅を経て、私たちに届いていた?!

エイミーがNo Frillsコレクション製作にあたり、まず手を付けたのがサプライチェーンの全工程の徹底管理だ。サプライチェーンとは商品が原料から消費者の手に届くまでのこと。原料はどこでどうやって作られたか、どのように紡績されたか、糸はどうやって生地になった?、縫製はどこで?といった、商品が完成するまでのあらゆる流通ステップを洗い出し、そして実際に産地へと飛んだ。カメラとともにエイミーが訪れたのはオーストリア、ウルグアイ、ペルー・・・。本作は旅情あふれるロードムービーとしても楽しめる。ちなみに、平均的な衣類は、私たちの手に届くまでなんと5か国も旅しているという。今着ているニットが、もしかしたらこの自然豊かな大地で育った羊の毛だった?なんて、ロマンチックな夢想もできる。

3.つい数年前までは異端!「サステナ」への業界からの反応

2023年の今の感覚から言うと、サステナビリティはファッション業界における誰もが認める最重要な項目。しかし、エイミーがMOPでサステナビリティに取り組み始めた当初の業界の反応はいたって冷ややかだった。「環境に配慮しているのは分かるけど、値段が高い」とバイヤーに突き放されるエイミー。ただその直後、スウェーデンの当時高校生だったグレタ・トゥーンベリさんの活動が脚光を浴び、世界的に環境配慮の機運が増す。かつての“異端”は一躍、“時代のスター”へ。それがわずか2,3年のあいだの出来事であり、業界や世間の移り身の早さをカメラはしっかりと捉えている。

4.ファッションブランドとしてのMOPの魅力

もともとMOPは、英国を代表する現代アーティスト、ダミアン・ハーストの妻、マイア・ノーマンが2002年に立ち上げたブランド。当初はアーティストとのコラボレーションにスポーティーな要素を加える作風が持ち味だった。エイミーはブランド創設の4年後にインターンとして入社。ファッションを専門的に学んだことのないマイアをサポートする形で、めきめき頭角を現し、2015年にはクリエイティブディレクターに就任した。
サステナビリティを抜きにしてMOPらしさを表現するなら?とエイミーに問うと「デイリーに着られて、気分が上がる服。タイムレスでエフォートレスなファッション」とのこと。つまり、装いを楽しむというファッションの本質的な価値を具現化した服ということだ。環境配慮のレッテルだけ貼ったベーシックで無味乾燥な服と違い、MOPにはスタイルがある。

5.エイミーからのメッセージは「想いがあるならまずは始めて!」

映画の撮影が開始された2017年から6年。コロナ禍も経た現在、社会的責任を世間へアピールすべく、資金力豊富な大手はサステナビリティ改革に邁進している。そんな状況に焦りを感じないか?という問いかけにエイミーは、小さな会社だからこそ実現できる強みを挙げた。それは株主などステークホルダーへの配慮抜きでのスピーディな決断であり、利益重視やビジネス成長だけに囚われることのない選択の自由だ。そう、全ての起点を自分たちの信念に置くことができる。
大きな力を持たずとも、行動すれば変えられるというのはエイミーの信念のひとつ。日本でこの映画を観てくれる人たちへの、エイミーからのメッセージで本稿を締めくくりたい。
「全くの無名でお金のなかった私でも、世界を変えることができました。必ずしもファッション業界だけの話ではありません。志さえあれば、あなた自身のフィールドでも世界は変えられる。まずは行動を起こしてみて!」

『ファッション・リイマジン』

出演:エイミー・パウニー(Mother of Pearlデザイナー)、クロエ・マークス、ペドロ・オテギ
監督:ベッキー・ハトナー
2022年/イギリス/英語/カラー/ビスタ/100分/日本語字幕:古田由紀子/原題:Fashion Reimagined
(C)2022 Fashion Reimagined Ltd 配給:フラッグ  
宣伝:フラニー&Co. 映倫区分:G
公式HP / X / Instagram

9月22日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー 上映中!

呉 佳子

ファッションディレクター

資生堂ファッションディレクター
ファッショントレンドの分析研究やトレンド予測を担当。
オンラインサロンcreative SHOWER でナビゲーターを始めました!
まるでシャワーを浴びるかのように、美意識や感性に刺激を与える時間を重ねようというコンセプトです。ご興味のある方はぜひこちらをのぞいてみてください。
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