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Heart of Fashion

2024.06.26

TOGAデザイナー・古田泰子のこれまでとこれから(前編)

文/呉 佳子(資生堂ファッションディレクター)

ポートレート写真/kaho kikuchi

古田泰子によるファッションブランド、TOGAは1997年の設立以来、モードの最前線をひた走り、私たちを魅了し続けている。今年3月には東京・青山に新たなコンセプトの旗艦店をオープン。ブランド設立30周年の節目まであと数年という今、TOGAのこれまでの軌跡を振り返るとともに、クリエイションの背景にある思想や信念にスポットを当て、TOGAの魅力の秘密を前編・後編に分け紐解いていく。

ドラマティックな何かではなく、日々の積み重ね

――ブランド立ち上げから四半世紀を超えました。今までのターニングポイントについてお聞かせいただけますか?
この27年間、状況がガラリと変わるような何かドラマティックなことが起こるのでは?と期待もしながら続けてきましたが、そういうことは起きないのだ、というのが大きな気づきですね。シンデレラみたいに誰かに見出され、助け出してくれて、大逆転できる、なんてことは起きない。
いや、何も期待しちゃいけませんよ、とかそういうことではなくて。
振り返ってみると、本当に日々の積み重ねなんです。天からチャンスが降ってくるわけではない。試練やトラブルに向き合って、面白がってやってみて、自分たちを変えていく。その小さな一つひとつの喜びがターニングポイントになっています。

――ファッションデザイナーとして27年間いつも注目を浴び続け、第一線にいらっしゃる古田さんからの発言としては、少し意外な印象を持ちました。
期待したり待ったりするのではなく、自分から動くことが大切だと思っています。
周りをうらやましいなって感じたとしても、自分がそのために何かしたっけ?と振り返り、じゃあ自分でやってみようよと。そんな気構えを持ちたい。
四半世紀以上続けていると、浮き沈みは必ずあります。私自身、ポジティブなタイプでなく、どちらかというと心配性。悪いシナリオを考えがちなんですが、その性格を理解し前向きにしていく作業って、今思えば価値あることだったなと。頭の切り替えやチームの雰囲気づくりは私たちの歩みに欠かせないものでした。どういう機会が巡ってきたかという起こった物事よりも、自分たちがそれをどう捉え、次なるステップの糧にしていくか、が重要だと思っています。

こんな私もいい、と思える服

――色あせない力を持ったクリエイションで私たちを魅了する、それも四半世紀以上、というのは並大抵のことではないと思います。発想が尽きないコツはありますか?
日常で目にする気になることを、洋服に置き変えたらどうなるかな、って常に考えています。街を歩いているとき、お風呂に入っているとき、四六時中ぐるぐる考え続けていると、突然、はっとひらめくときがある。よし、こうしよう、と思って次の日、机に戻ると、あれ、ちょっと違うかもしれないと。そしてまた考える。その繰り返しです。

TOGAを見続けてくださるお客さまがいる一方で、新しく出会うお客さまもいます。双方に満足してもらうためには、TOGAらしさとともに、新しさが必須。ワードローブに加えたときにワクワクして楽しくなる服、「こんな私もいいな」と新しい自分に出会える服、が立ち上げ以来変わらない服づくりの信条です。
TOGAの服は、無難で着やすいというよりは“難しい服”ですよね。それでも着てみたいと思った人はぜひトライしてほしい。まずは家で鏡の前で着てみる、なぜこのスタイルに惹かれるんだろう、と自分と向き合う時間を増やすと自分自身の理解に繋がります。自分をより理解すればきっと、気分良く家の外へ足を踏み出すことができると思うんです。

――服づくりの信条について、古田さんご自身のファッションの原体験は影響していますか?
私自身がティーンエイジャーの頃、服に支えてもらったんですよね。
当時は、姉や学校の友人たちとの比較から脱出したかった。皆が同じ制服を着る没個性の学生時代、私のアイデンティティって何だ?となったとき、手っ取り早い手段がファッションでした。服やメイクでオリジナリティを表現することによって、皆と一緒くたにされてしまわない私自身がちゃんとここにいる、と確認していたのです。

物事の裏に潜む美しさに光を当てたい

――実際、洋服づくりの世界に足を踏み入れて、気づいたことは?
ブランドを始めたときは、世間に広がるべき服だ!なんて変な自信があって。
でも最初の展示会に来てくれたバイヤーさんはたった3名でした。
多くの人に知ってもらうには、TOGAがどんな服か、しっかりとブランドの世界観をビジュアルで伝えなければならない。服が良いだけでなく、世界観によってブランドが成立するんだと学んだのは、やりながらですね。ショーを始めたのも世界観を伝えるためのビジュアル強化の一環でした。

――古田さんが思い描く女性像を伝えようとしたのですか?
女性というか、人間像みたいなものはありましたね。
最初のショーではレオス・カラックス監督の映画『ポンヌフの恋人』に影響を受け、逆境のような世界を表現しました。男性デザイナーが考えるような美の理想像というよりは、歪んでいたり、汚れていたり。物事の裏側に潜む美しさに光を当てたかったのです。

――毒っぽさはTOGAらしさの一つですよね。古田さんのそういった美意識に影響を与えた人物や事柄はありますか。
パリに留学していたころ、ピナ・バウシュのバレエを観て衝撃を受けました。今まで知っていたクラシックバレエと全く違う。彼女の大胆でコンテンポラリーな作品から、きれいなものだけに縛られる必要はないことを学びました。
きらびやかで華やかに装うとか、お金持ちに見せたいとか、私がつくりたい服はそうではない。自分らしさを表現できる服がつくりたい、と確信させてくれたのはピナ・バウシュの影響が大きいです。

自分が着たい服で自分がなりたい自分になる

――2017年に東京で行った20周年記念のショーでも、男女を問わず着せるスタイリングが話題になるなど、ダイバーシティ的なアプローチも先んじて行っていました。それは「自分がどうありたいか」、つまり「自分が着たいものを着る」という表現の一環ですか?
私は人と付き合うときも、男性だから女性だからとか、年上だから年下だからという違いの認識が弱いんです。人間として好きか嫌いか。おそらく幼いころの母の教育のためか、自分の中でカテゴリー分けする感覚があまりない。
なので、性別を問わず着せるというのはごく自然なアプローチでしたが、それを継続していると、すべてがダイバーシティとか、ジェンダーマイノリティのサポートのため、とある意味カテゴライズされるようになってしまいました。
でも、もともとやりたかったのは、個々の個性を認め合うという当たり前のこと。ジェンダーマイノリティの誰か、ではなくて、すべての人々が自分らしくいられて、自分が着たい服で自分がなりたい自分になる、ということをサポートしたい。
隣の人が困っていたら助けましょう、というくらい当たり前のことなんです。そんな当たり前を堂々と言えずに、「ジェンダーマイノリティ」というカテゴリー限定でとまとめたくなる雰囲気も、今の社会にはあるのかもしれない。当たり前のことを当たり前に言える環境を整えていく、という意味では、空気を読む、読まないではなく、空気を壊すようなメッセージを服で伝えていきたいと思っています。

厳格な形式化を理想とした新古典主義にアンチを掲げる「ロマンティシズム(ロマン主義)」に着想を得た24-25年秋冬シーズン。フォーマルな装いを大胆に再解釈した。

(後編につづく)

呉 佳子

ファッションディレクター

資生堂ファッションディレクター
ファッショントレンドの分析研究やトレンド予測を担当。
オンラインサロンcreative SHOWER でナビゲーターを始めました!
まるでシャワーを浴びるかのように、美意識や感性に刺激を与える時間を重ねようというコンセプトです。ご興味のある方はぜひこちらをのぞいてみてください。
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