「これまでとは全く違うフェーズに突入した」と選考委員に言わしめた、今年の毎日ファッション大賞新人賞受賞の川崎和也さん。スペキュラティヴデザインラボ、シンフラックスを率いる彼の受賞を境に、それ以前と以後の時代に分けて語られる未来もあながち大げさではないかもしれない。川崎さんが切り拓くファッションの新しい地平とは?浅草・田原町のアトリエを訪ねた。
――シンフラックスとは何をする会社なのですか。
スペキュラティブなファッションをつくるラボと名乗っています。スペキュラティブとは英語で「思索の」とか「思弁的な」という意味。問いを投げかけ、思考するきっかけをつくる。今現在の世界とは別の可能性を考えたいという思いを込めました。洋服をつくるだけでなく、洋服をつくるためのテクノロジーをつくることを生業としています。
――典型的なファッションデザイナーではない方の受賞は、本賞では珍しいことでした。
受賞のご連絡をいただいたときには、率直にめちゃめちゃびっくりしました。10名ほどのシンフラックスのメンバーはプログラミングエンジニアやファッション研究者など、僕も含め、いわゆる従来のファッションデザイナーのような職業の人はいません。並み居る候補者の中から僕たちが選ばれるなんて思ってもみなかったのです。それだけファッション産業が抱える課題を打ち破る新しいことを期待されているのかなと感じ、身が引き締まる思いです。今注力しているのは、AIをはじめとしたデジタル技術を使った洋服づくりの実装。ファッション産業で問題となっている環境の持続可能性に貢献すべく活動しています。
――今回、大きく評価されたアルゴリズミッククチュール(AC)という技術はどういったものですか。
ACは、洋服のパターンメイキングの過程で出る布の廃棄をできるだけ少なくする技術です。コンピュータが、衣服の3Dデータを分析し、裁断時に出るゴミが最小限になる設計を提案してくれるもの。通常は約3割の布が捨てられるところ、ACによるパターンでは、その廃棄率を約3分の1にまで削減できます。大学院時代から研究を重ね、昨年11月にアパレルメーカーのゴールドウインとの協業プロジェクト「シングリッド」で、ACを用いた量産製品のローンチを実現しました。環境配慮素材や機能性素材など高品質で高価格なテキスタイルのニーズが高まる中、廃棄率を下げることの経済的インパクトはあなどれません。コストを削減しつつ環境負荷も減らす、つまり経済と環境の両面からメリットを提示できるものです。
――ファッションの道に進もうと思ったきっかけは?
高校生の頃からファッションが好きでした。新潟から大学進学のため上京するとき、「一番初めに降りたつ東京の駅は、絶対、原宿にしよう!」って決めていたくらいで。
研究や開発の視点でファッションの面白さや課題を知ったのは大学に入ってからです。デザイナーの思考プロセスはロジカルでありながら、論理が時々ジャンプする。建築やエンジニアリングとは違って、ファッション特有の創造性だと思いました。
さらに環境問題とファッションの関係性も特有だと感じたのです。環境問題への責任が追及されるとき、決まってファッション産業が矢面に立たされる。必ずしもファッション産業だけではなく、建築、食料、それこそ戦争も環境に多大な悪影響を与えています。それにもかかわらず、象徴的に問題提起のメディアになるのはファッション。それはつまり、広く一般の人にとって、複雑な社会問題を自分ごとにするきっかけとしてファッションが機能できるからだと思うのです。
――環境問題とファッションの結びつきに注目した、と?
そもそも環境問題は巨大で複雑です。一つの問題を解決すればすべてよし、というわけでもない。非常に複雑に要素が絡み合っているから、それを個々人が自分の問題として捉えるのがすごく難しい。
でも、たとえば、「ファッション産業で排出される大量のCO2の9割は、テキスタイルを作るときに排出される」、「そんな布を大量生産している」、と聞くと途端に自分ごとになりますよね。問題を自分に引き付けるきっかけをつくるのがファッション。それならば、環境問題対策にファッションを組み合わせることで、みんなを巻き込むことができると考えています。
さらにファッションにかかわる“感情と欲望の力”も重視しています。ファッションを舞台に活動するとしたら、人が何を感じ、何を求めるかを考えることなしには前に進むことは難しい。データやテクノロジーのみを伝えたとしても、心に響かないんですよ。表現の背景にある感情や欲望、ものづくりに関わっている人たちの手仕事や努力までを伝えていかない限り、テクノロジーだけでは全く響きません。そのようなファッションの力を自覚して、表現や問題提起をしたいと思っています。
――環境問題について何か行動を起こしたいという思いはいつごろから?
意識するきっかけになったのは2011年の東日本大震災。ちょうど上京の直前でした。それまでは美味しいものを食べ、着たいものを着て、楽しく生きられることが普通だと思っていましたが、震災で抗いがたい自然の力を体験した。突然、その”普通”が普通じゃなかったことに気づきました。テレビではずっと津波のニュース。都市の灯りが消え暗かったし、大学の入学式もなかった。そんな驚異的な力を持つ自然と一緒に生きていくには僕たちはどうすべきか、ということを常に考えるようになりました。
――どんな少年時代でしたか?
小中時代は文学少年。友達もあまりいなくて、外で遊ぶよりは、図書館でファンタジー小説やSFに夢中になっていました。司書の方が「面白い本があるよ!」と差し出してくれたのが、トールキンの『指輪物語』。そこから一層、神話的な世界へといざなわれました。「もし別の可能性があったら?」と考える妄想癖も、ファンタジーがきっかけ。そういう意味では、この司書の方が自分の世界を広げてくれた。現状に囚われずに発想を広げていく今の活動につながる原体験ですね。
会社をはじめてからは時間がなかなかとれませんが、小説は心がけて読むようにしています。小説は即効的な効果はないかもしれないけれど、凝り固まった頭をほぐしてくれるし、あるときふと、ひらめきを与えてくれる。最近では三島由紀夫の『豊饒の海』を読みました。
――ファッションの原体験は?
高校生になって友達と活発にコミュニケーションをとるようになり、ファッションへの意識も開花しました。制服は学ランで校則もありましたが、それをかいくぐって丈を調整してみたり、ボタンを変えてみたり。カスタマイズすることが僕のファッションの原体験です。新潟の古町にある、「バロン」という仕立て屋さんへはよく通いました。ボタンや刺繍のバリエーション、職人さんのプロの技や道具の扱いに「かっこいい!」と思っていました。校則という制限の中で、自分が楽しんで形を変えていける、そのための技術が身近にあることが素敵だと思ったんです。もっとみんな楽しんだらいいのになと思いましたね。
――目指すビジョンについて聞かせてください。
あらゆる洋服をつくる過程において、廃棄をゼロにしたいと思っています。ある程度大きな規模で動かないと実現できないので、仕組みをアップデートし、多くのファッション企業に働きかけていきます。
さらに、AIとデザイナーが一緒になってファッションをつくることも深掘りしたい。サステナビリティへの貢献だけでなく、デザイナーのインスピレーションに寄与したいと考えています。たとえば木から葉がはらはらと落ちるみたいな自然現象からひらめきを得ているデザイナーにとって、単純に生成AIが作ったルック画像だけではつまらない。デザイナーとテクノロジーが拮抗するような、革新的なツールやシステムを提案していきたいです。
――社会にどんな影響を与えたいですか。
ファッション産業でサステナビリティを突き詰めていくと、「明日から洋服を一切つくらない」という極論も出てきますが、僕はそうあるべきではないと思っています。どんな世代もファッションを楽しむ権利はあるし、楽しみ方を変えれば良いと考えています。ファッションの楽しさを次の世代へも引き継いでいきたい。そのためにもファッションにおけるサステナビリティを支えるテクノロジー、インフラ、システムを作っていきたいし、対策を打つのは今だと思っています。
廃棄が〇割削減できるという解決策ももちろん提供していきますが、同時に、考え方や思想を伝えていく役割も大事にしたい。シンフラックスと協業したことで「会社のメンバーの意識が変わった」というお声をいただき、僕たちのプロジェクトはメディアという性質も持っているのかと気づきました。人々に問題を考えるきっかけを提供し、時にはびっくりさせたり、触発するような活動をこれからも続けていきたいです。
コピーライター:堤 瑛里子
フォトグラファー:金澤 正人
メイク:贄田 愛
ヘア:新城 輝昌
スタイリスト:須貝 朗子
プロデューサー:石井 美加
モデル:SEN Zhao