元体操選手の田中理恵さんと、先日とある会でご一緒した。
競技の際の立ち居振る舞いについて話が及んだとき、実は演技の開始前から勝負は始まっている、という興味深いお話があった。
「『今日のワタシはとっても調子が良い!』ということを目線や振る舞い方など、とにかく全身で審判にアピールします。たとえどこか痛い場所があったとしても、余裕の表情を浮かべる。緊張感で押しつぶされそうだったとしても、しっかりと視線を合わせ落ち着いた態度をとる。試合のときだけでなく、普段の練習や日常生活でも心がけています。そんな意識がプレッシャーを力へと転換してくれるんです」
心の持ちようと身体のつながり。
世界の舞台でしのぎを削った元選手の心構えを耳にしたとき、マリア・グラツィア・キウリが9月に披露した新生ディオールのことを思い出した。
つい昨シーズンまではヴァレンティノのディレクターを務めていたマリア・グラツィアだが、パリを代表する老舗メゾン、ディオール史上初の女性アーティスティックディレクターに抜擢されたのだ。
就任後初めて発表した2017春夏コレクションのキーモチーフのひとつはフェンシング。彼女によれば「フェンシングは思考と行動のバランス、知性と気持ちのハーモニーが重要となるスポーツ」。その要素を取り入れることで、心と身体の結びつきをファッションに投影しようとしたわけだ。
甲冑風ブルゾンに合わせたのはチュールレースのロングスカート。胴衣のようなコルセットドレスにはイラストタッチの刺繍がほどこされる。
繊細でロマンチックな中に、フレッシュな官能性を潜ませた彼女の持ち味は健在だ。
そして、軽やかではあるが、印象は強い。
単に透け感素材やTシャツなどカジュアルアイテムが取り入れられているから軽やか、というわけではない。
“スポーティーとはかくあるべき”、“クチュールメゾンとはかくあるべき”、“女性とは……”“モードとは……”"スタイルとは……"。そんな凝り固まった様々なステレオタイプに絡め取られることなく、軽やかに飛び越えた精神の自由さが、彼女のディオールには見え隠れするのだ。
さて、田中さんがもう一つ語っていたのは、選手として大切なのは自分と対話することができるか、ということ。
オリンピックなど大きな大会の“場”の雰囲気に飲み込まれないためには、自分が今何を感じ、どんな状態でいるかを日ごろから意識し観察する訓練が必要なのだという。
マリア・グラツィアは今回のコレクション発表にあたって、期待と重圧、応援と嫉妬など、様々な人からの思惑に囲まれていたはずだ。それらプレッシャーを見事、力に変えることができたのも、身体と心、そして情熱のバランスをとり、自分自身と対話することができたからなのかもしれない。
そんなわけで、私の来年の目標は「スポーツを始める」か、「自分と対話できるようになる」のどちらにしようか、あるいは二つとも掲げてしまおうか、目下頭を悩ませているところです。