先日公開されたフランス映画『MISS ミス・フランスになりたい』。SHISEIDOファッションディレクターの呉佳子がファッションジャーナリストのマスイユウさんをお招きして、映画をめぐってアフター・トーク。ファッションを自由に楽しみ、世界を駆け巡るマスイさんが語る自身のアイデンティティや、ファッションとデジタル上をめぐるコミュニティ、そして夢について。放談の果てに見えてきたのは……???
取材は3月中旬、東京コレクション期間中に行われました。
二人の再会は久しぶりとのことで……。
呉佳子(以下、呉):ユウくん元気でしたか? こうして話すのも久しぶりだよね。
マスイユウ(以下、マスイ):元気、元気。東コレでみんなに会うのが楽しくて、やっぱり顔を合わせるのっていいよね。ずっとコロナ自粛で、会ってない人はもう一年も会ってなかったから。
呉:前はイベントの度に会ってたもんね。今回たしかに同窓会みたいだったね(笑)。
アレックスのセクシャリティ、私のセクシャリティ
呉:ところで映画ですが、私としてはここ最近の中での大ヒット! 鑑賞後はふわっとやさしい気持ちに包まれた作品でした。主人公を務めたアレクサンドル・ヴェテールは本作がはじめての主演映画で、本業はモデルなんだよね。彼をランウェイで見たことある?
マスイ:たしかジャンポール・ゴルチエのショーに彼女が参加してたと思う。「彼女」と呼んでいいのか、それとも「彼」でいいのか。不思議なところだよね。アレクサンドルはNetflixの『エミリー、パリへ行く』では男性として俳優で出てたでしょう。
呉:彼であり彼女であるってことだよね。その彼が言ってたのは、どんな人であれ心の中に違う性の自分がいるからそれを素直に表してるだけで、別に女になりたいというわけでもなくて。基本的には男としての自分に問題ないんだけど、自分の中の女性性みたいなものを表現するときも心地よいみたいな、そんな感じなんだそうだよ。年初に発表されたディオールのオートクチュールでも、アイデンティティを探す主人公が最後のシーンで自分の中の男と女が結ばれるみたいな描写もあった。融合することによって真の自分になるみたいな意味かな。
マスイ:そうだったね。まあわからなくもない。
呉:ユウくんは自分の中に女性性はあると思う?
マスイ:あるんじゃない? 普段あまり自分のセクシュアリティの話はしないんだけど、ぶっちゃけワシ、男性も女性も大丈夫なのよ。そういう風に考えると、やっぱり自分の中の男性の部分と女性の部分っていうのがあるってことかなと思ってる。
呉:自分の中で男性になったり女性になったりしているということ?
マスイ:ううん、意識としてはいつでも男。女性になりたいと思ったことはないかも。だからLGBTQの中で自分が何に当たるのかわからなくて。しいて言えばバイ・セクシャル、かな。
呉:バイ・セクシャルは男性や女性ということではなく、人間性に惹かれてその個人を好きになるって聞いたけど、そうなの?
マスイ:いや、ワシは違う。からだを求める時は男性。疲れて癒やされたいのは女性。
呉:なるほど。母性と父性ということかな。
マスイ:ワシの場合はそうなんだと思う。まー、もう10年以上そういうことがなくて、周りからはファッション・モンク(僧侶)とか呼ばれてますよ(笑)。普段レディース・メンズ分け隔てなく着てるけど例外がひとつあって、ドレスやワンピース、スカートの類は全然着たいと思わないんだよね。最近初めて本場のスコティッシュキルトを買ったんだけど、これ、厳密にはスカートではないんですね。ワシは男なので、やっぱりスカートを履くことに抵抗がある。そこに自分の「男」の性がしのぎを削っているわけですよ。
MY OWN STYLEのつくりかた
呉:男性としてのユウくんは、毎日のスタイリングで目指すところは”かっこいい”なの? それとも”美しい”?
マスイ:”オモロイか”(即答)。
呉:ははははは。
マスイ:ユーモアです。かっこよさとかきれいさっていうのは基本的に求めてないんですよ。ワシ、普段からすごい格好してるじゃないですか。それで道で笑われても全然嫌じゃないんですよ。中には本当に侮辱的に笑う人もいるけど、「やーん、なにそれ、面白いじゃーん」って外国だと声かけてくる人もいるわけですよ。そういうちょっとした笑いが日常にあるのはすごくいいのかなって。みんながワシのファッションで少しでも喜んでくれたり楽しくなってくれたりするなら、それでいい。だからブランドで言うとダブレットって好きなんですよ。何かしら笑いがあるんですよね。だからよく着てる。
呉:そうだね、そういえば出会った頃から”面白さ”はブレてない。
マスイ:“クール”って言葉が一番嫌い。クールなんてのは誰にでも出来る事。コレクションスナップをあさってそー呼ばれている人達の真似をしたり、お金があればクールと呼ばれているブランドをHead to Toeで買えばいい、もともと容姿端麗ならTシャツにジーパンでもクールと呼ばれる。大体クールと呼ばれる人たちのソーシャルメディアに面白いモノがあったか?否。
呉:それはわかる。
マスイ:で、服を選ぶ時はまずテーマを決めます。例えばファッションウィークだったら、今日はこのブランドのショーがあるからそのブランドの服を着ていくとか、今日はひな祭りだからひな祭りっぽくしようかなとか。自分の中に何かテーマをもつとうまくまとまる。
呉:そこにユーモアがあるのね。ちょっと劇場みたい。
マスイ:ほんと劇場、毎日が劇場!
ユーモアの効用
マスイ:ゲイの映画でムードが重い作品ってあるじゃない。ジェンダーの話は重くしようと思えば全然重くなるものなんだけど、それをこの映画ではアレックスの周りにドラァグ・クイーンのローラや下宿先の家主のヨランダや、フランス語もわからないインド人がいて、そういうコミカル要素を入れることで……、
呉:笑いやヌケ感が出るよね。
マスイ:そうそう。軽くすることでみんなが感情移入しやすくなる。たぶんそこには制作側の主義主張もあるんだろうけど、うまくまとまってた映画だなって思う。
呉:アレックス本人がシリアスな性格だから、むしろ周りが愉快な感じでよかったよね。
マスイ:もともとワシ、自分のセクシャリティを深刻に考えたことが全然ないんですよね。自分は自分だってずっと思っていて、”人間マスイユウ”で生きてきてるからむしろ悩むほうがよく理解できないかな。単純に「これが好き」という感じで、女性も男性も好き。洋服も女性服とか男性服とか関係なく着てる。そんな深く考える必要があるのかな。好きなら別にそれでいいじゃんと思ってる。
呉:映画でもアレックスは最後に、なにものにも縛られない自分であることを暗に示していました。それともつながるね。
マスイ:洋服に関してつなげると、今日のワシのスタイリングのテーマ、ちょっとアーマー(鎧・甲冑)っぽい感じがしない?
呉:ああ、たしかに。シルエットが。
マスイ:なんでこんな感じかというと、ジャンヌ・ダルクじゃないけど、ワシにとって服というのはアーマーなのかなって思ってる。「服は鎧」って一般的にも言われてるけどね。
呉:仕事のときはとくにそういう意識が働く?
マスイ:そうだね。自発的に戦いに行くときもそうだし、プロテクションとしての意味もあるのかなと思って。やっぱり自分の弱い部分を隠す意味があるのかもしれない。ワシ、服着替えたらひょろひょろ……と言うか、中年太りのメタボ体型のおっさんが出てくるんですよ、中から(笑)。
呉:それは大変(笑)。鎧を脱いだ素のままのマスイユウになるときはある?
マスイ:Tシャツにジーンズみたいなときもあるけど、それでもやっぱり鎧は鎧なのかなと思います。Tシャツも普通の白じゃなくてなにか描いてあったりするわけでしょう。だから完全に鎧を脱ぐことはないですね。服を着ることは目立ちたいわけじゃなくて、自分を守りたいんだと思う。または威圧とか、攻撃したいんだと思う。そのアーマー感が、アイデンティティを問うこの映画のメッセージにぴったりだと思って今日はこの服を着てきたという次第。
呉:たしかにアイデンティティとファッションはつながるよね。昔からそういう感じだったの?
マスイ:昔のほうが気持ちはもっと強かったですね。ファッションに目覚めた高校生ぐらいからファッションをステートメントとして思っていたから。
呉:なるほど。アレックスも途中ミスコンを目指すところから磨き始めるというか。
マスイ:変わってくるね。たぶんそれはアレックスだけじゃなくてローラも、ウィッグつけて服を着て路上に出る時には戦いに出ていくようなきもちのはず。ファッションは鎧なんだと思います。しかもワシのは笑いが取れる鎧。このヒラヒラなんてぱっと見サンバ隊よね?(笑)。
呉:(笑)。鎧っていうと、人を遠ざける感じがするけど、笑える鎧っていうのはコミュニケーションのフックになるよね。
マスイ:まさにごっちゃんの言うとおりで、ダブレットの服を着てるとみんなに声かけられるのよ。例えば先日持ってたバッグにちっちゃいUber Eatsっぽいマークがあったんだけど、必ず「ソレなんですか?」って言われる。もともとはワシ、すごい閉鎖的な人間なんですよ。と言いながら今回は自分の話ばっかりしちゃってますけど(笑)、もともと閉鎖的な人間だから、なにかコミュニケーションツールを導入する必要があるんですよね。
呉:ユーモアは最大のコミュニケーションツールだもんね。
マスイ:そうそう。映画ではアレックスの繊細なきもちのほかにも面白いおばちゃんの存在とか、共感できる部分がたくさんあった。
呉:「おばちゃん」は物語の中でも大事な要素だよね。
マスイ:そう思う。フランスやイギリスにヨランダみたいなエキセントリックなおばちゃんて絶対いるじゃない。ほかにもいい塩梅でいい加減なお兄ちゃんたちの感じも、自分が本当に適当でいい加減な人間だからよくわかったし(笑)、キャラクター全員が自分を投影しているような気分になりましたよね。
呉:同感。みんなでアレックスの夢を応援する感じもハッピーでした。
(後半につづく)
マスイユウ
静岡県浜松市出身。ヨーロッパからアジア、アフリカまで、世界を駆け回りファッションウィークをリポート。新人の発掘に長けており、LVMHプライズのスカウトも務める。自称浜松餃子親善大使。@yumasui
撮影:ATSUKI ITO
ヘアメイク:中山大輔(SHISEIDO BEAUTY SQUARE SALON)
撮影協力:SHISEIDO BEAUTY SQUARE