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Column

2019.11.22

自由と平和をうたう音楽 ― 映画『NO SMOKING』

ベルリンの壁が崩壊して今年で30年。日本は昭和から平成へと移行する年だった1989年のそのとき、ベルリンではコンサートが開かれた。指揮者はユダヤ系アメリカ人のレナード・バーンスタイン。選ばれた演目はベートーヴェンによる最後の交響曲、いわゆる「第九」で、第四楽章「歓喜の歌」は原曲中「歓喜」の箇所が「自由」に置き換えられた。ほほえむバーンスタイン、鳴りやまない拍手。その場に居合わせた人々の気持ちを想像してみると、その喜びはいかばかりかと思う。「自由」を謳える幸せ、ともに分かち合う幸せ。それこそ「平和」の光景である。そのような「平和」を讃える音楽として、東西冷戦後のベルリンにはバーンスタインの姿があったが、日本の、それも東京の戦後には笠津シヅ子や美空ひばりに坂本九もいたけれど、いまはこの方を挙げたい。
細野晴臣さんである。

細野さんNY公演のようす

今年活動50周年を迎えた音楽家、細野晴臣さんの日常を追ったドキュメンタリー映画が公開中だ。愛煙家の細野さんにちなんだタイトル『NO SMOKING』は、禁煙法が世界のスタンダードになりつつある昨今の情勢を受け、しかし「20世紀の文化を支援してきた紫煙に、突然愛想をつかすわけにはいかない」と、携帯灰皿を日々携え「人に迷惑がかからないことを念頭に」(パンフレットより抜粋)配慮ある喫煙を心がける細野さんの意向によるもの。劇中でも細野さんはたばこをよく吸う。たばこを吸いながら沈思黙考、ニューヨークやロンドン、そして東京の街を歩き(というより散歩し)、たまに踊り、ステージに上っては仲間と演奏する細野さんの日々である。

そのなかで、細野さんは昔日に想いを巡らす。レコードから流れるブギウギに心躍らせた幼少期のこと。モダンガールだったお母さん、ギャグを教えてくれたお父さんの存在。アメリカンロックに開眼、大瀧詠一さんと松本隆さんとの出会いと「はっぴいえんど」。アメリカで、ヴァン・ダイク・パークスとの奇跡のレコーディングがもたらしたもの。「HOSONO HOUSE」でソロデビュー、トロピカル三部作の誕生。ちょっと落ちてたときに横尾忠則さんにすがり、訪れたインド“浄化”の旅のこと。コンピューター、イノセント、YMO。演出家として歌謡曲をプロデュース。サウンドトラックと環境音楽、宇宙や自然とつながって。コントも楽しいバラエティ番組と星野源くん「あとは、よろしく」。美意延年。楽しく生きよう。細野さんの生き方を見ていると、そんなメッセージが伝わってくる。

散歩をする細野さん@LA

細野さんの生き方、作ってきたものを改めて眺めると、それは戦後日本の軌跡と重なる。創作の喜びや自由であることの解放感と高揚感、新しいテクノロジーへの憧れ、宇宙や神秘、見えないものへの畏怖、自然を受け入れる寛容さなど、細野さんの世界にはこの国が経てきた進歩の過程と潜在的な美意識が息づいている。89年のドイツ・ベルリンでバーンスタインが国境を超えて、それぞれ異なる国籍・信条をもつ音楽家を集めて自由と平和の音楽を奏でたように、細野さんは世界に自身を開放し、私たちをめぐる世界のさまざまな音を紡いで、自由と平和をあらわしてきた。劇中では、今年行われたワールドツアーのようすも描かれており、「ハッピーだよ」「彼の音楽はアドレナリンのボタン」といった若い観客の声も聞こえる。細野さんの音楽はいまも広く世界の人たちに届いているのだ。

細野さんロンドン公演より。高橋幸宏さんと坂本龍一さん、YMOのメンバーがそろった

本作の冒頭で、「戦後に生まれてほんとうによかった」と細野さんは感慨深くおっしゃる。そんな細野さんの音楽を享受できることは、私たちにとってもほんとうに幸せなことである。生きているといろいろな問題があるけれど、まずはしばしの間、この平和と自由をうたうこの音楽をじっくりと噛みしめたい、細野さん50年目の節目である。

『NO SMOKING』細野晴臣 デビュー50周年記念ドキュメンタリー
出演:細野晴臣、ヴァン・ダイク・パークス、坂本龍一、高橋幸宏、星野源、マック・デマルコ、水原希子、水原佑果、宮沢りえ(五十音順)
監督:佐渡岳利
プロデューサー:飯田雅裕
シネスイッチ銀座ほか公開中! http://hosono-50thmovie.jp/
*六本木ヒルズで行われていた展覧会『細野観光』は終了してしまいましたが、11月30日(土)「50周年記念特別公演」、12月1日(日)には「イエローマジックショー3」が予定されています。詳しくはこちらからどうぞ!https://haruomihosono50.com/