『ぼくの好きな先生』や『パリ・ルーヴル美術館の秘密』などで知られ、フレデリック・ワイズマンらと並ぶドキュメンタリー映画作家の最高峰のひとりである、ニコラ・フィリベール監督。これまでも、さまざまな社会で生きる人たちに近づき、監督自身も悩み、間違え、共に学びながら映画を作る、というスタンスでドキュメンタリーを生み続けてきました。そんな彼が新作ドキュメンタリーで追ったのは、パリ郊外の看護学校で学ぶ、年齢、性別、出身も異なる多様な40人の生徒たち。「看護学生の映画を撮った」ではなく、「看護学生と映画をつくった」と表現するニコラ監督が、人間関係において欠かせない程よい距離と、本作に込めた願いについて語ってくれました。
ー病院で働く看護師たちは、患者にできる限りのことをしながらも、同時にあまり感情移入をし過ぎないようなちょうどいい距離感を持っている印象があります。
まさにそれは看護師であり、医者であり、私たち市民の問題でもあるんだけれど、一番大切なのは程よい距離なんです。患者との距離をどういうふうに見つけていくのかということが、看護学校の生徒たちに与えられる最初の課題かもしれませんね。感情移入をしてセンチメンタルになりすぎるのもよくないし、かと言って、よそよそしく接しすぎるのもよくない。それぞれの人間が自分にとっての程よい距離を見つけなきゃいけない。その距離は人によって違うんですよね。ひとつの正しい距離があるのではなくて、それぞれが自分のなかで見つけていくということなんです。
ー程よい距離感は、医療の場だけでなく世界中のどこでも求められていることですよね。
そう。生きている我々誰にとっても、無関係な話ではない。たとえば、アパート内のご近所付き合いも距離感は大事だし、人間関係において欠かせないですよね。でもとりわけドキュメンタリー作家にとって、非常に重要な問題だと私は思っています。そういう意味で、看護学校の生徒たちとドキュメンタリー作家としてするべきことはすごく似通っているんじゃないかなって。
ー共に、程よい距離感がすごく重要であると?
その通り。保健や医療の面では、距離を保つことがとても大事なんです。それはまさに私がドキュメンタリー監督としてすべきことなんです。近づきすぎると見えないし、理解できない。少し距離を保って客観的にグローバルに見ないといけない部分もある。優秀と言われるお医者さんの場合、やもすると技術面や病理について集中してしまい、患者との距離が少し離れて、あまり患者の声に耳を傾けなくなることもあります。医者であり看護師であり、ケアをする立場の人間には、もちろん技術的かつ論理的な知識も必要ですが、やっぱり患者の話に耳を傾ける度量というか、絶妙なバランスが求められますよね。
ー現在、世界は医療問題だけじゃなくさまざまな問題を抱えていて、ときどき絶望したりもしますが、このドキュメンタリーで“誰かのために働くこと”を選んだ若者たちを見て、自分にもこれから学べること、できることがまだまだあると希望が持てました。監督は、いまの世の中にどんな世界であってほしいと考えていますか?
壮大な質問すぎて、全部答えるのには2時間くらいかかるかな(笑)。ただ、言えるのは、保健医療の現場でも、教育の現場、あるいは芸術の現場でも、資本主義の法則あるいは経済的な圧力は必ず付きまといます。現代の保健医療の世界を支配しているのは、マネージメントというか経営が支配している社会なんです。経済優先で、本当の意味での医療がなされていない。誰が不利益を被っているかというと患者です。看護師も医者も同じで、ケアをする時間が足りない、耳を傾ける時間がない。時間がどんどん削られて、効率の良さだけが優先されていく。この映画を通して、そういう医療の現場の状況を少し感じ取ってもらえるかなと思ったんです。
ー特に研修の現場の様子から、それは伝わってきました。
学生たちは看護学校で技術を学びながら、患者の話も聞かなきゃいけない。授業でも、そうするべきだと教えられます。でも、研修で現場に出ると、教えられたことを実現するのはかなり難しい。という現実に突き当たる。病院は利益や効率を重視するところがありますからね。「早くして」と急かされるし、病室から病室へと駆け回らなければいけないし、膨大な行政文書も処理をしなきゃいけないし、全然時間が足りない。だから、「あんなに耳を傾けろと教えられたのに、なんだこれは!」となる。この映画には、手段や条件を満たすことで医療に携わる人々が自分の仕事に対してちゃんと誇りを持てる、そういう現場になってほしい、という私の願いが込められているのです。
二コラ・フィリベール
1951年フランス・ナンシー生まれ。78年「指導者の声」でデビュー。その後、自然や人物を題材にした作品を次々に発表。1990年『パリ・ルーヴル美術館の秘密』、92年『音のない世界で』が公開。2002年『ぼくの好きな先生』はフランス国内で異例の200万人動員の大ヒットを記録。08年には日本でも大々的に特集上映が開催された。本作は07年『かつて、ノルマンディーで』以来11年ぶりの日本公開作品。
≪詳細≫
『人生、ただいま修行中』
2019年11月1日(金)公開
監督・撮影・編集:ニコラ・フィリベール
配給:ロングライド
制作国:フランス(2018)
上映時間:106分
新宿武蔵野館ほか全国にて順次公開
https://longride.jp/tadaima/
©️Archipel 35, France 3 Cinéma, Longride -2018