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Column

2018.05.31

ひとのくらしとかご。「にほんくらし籠」展が開催中

文・写真/牧羽 貴彦

籠(かご)のバッグといえば、初夏のピクニックや海辺に持参する、どちらかといえば気分的なアイテムだと思っていたが、いやいや、日本の伝統工芸である本物の籠は、質実剛健で、使う人のことを第一に考えられた、まるで機能美のかたまりといえる道具だった。

京都・美山の重要伝統的建造物群保存地区にて、手仕事と工藝を組み合わせた作品を中心に制作するコズミックワンダー。籠に焦点をあてる「にほんくらし籠」展は今年で3回目を迎えた。コズミックワンダーの現在の制作過程において、里山で暮らし制作を続ける方々との出会いが自然と生まれ、発表の場所である東京・南青山のCenter for COSMIC WONDERで工藝の展覧会を企画し開催している。会場で展示販売している秋田から沖縄までの籠の数々は、一軒一軒職人の元を訪ね歩き、一年をかけて制作してもらい、集めた籠たちだという。

「にほんくらし籠」展初日に、会場で制作実演を行っていた、あけび蔓(つる)籠職人の中川原(なかがわら)信一さんにお話を伺った。中川原さんは秋田県横手市在住で、あけびの蔓を編んで籠を作っており、注文から納品まで2〜3年待ちという人気ぶりだ。年に一度、伝統的な技術を継承する、手仕事の個人作家の品を全国から公募する「日本民藝館」展。その平成27年度の優秀賞「日本民藝館賞」も受賞している。

中川原信一さん

籠といっても、竹や山葡萄などその素材は様々なものがある。中でもあけびの蔓は丈夫で、40〜50年使ってもびくともしない。使っていくうちに、良い色に変わっていく経年変化も楽しめるそうだ。「毎年9月に、あけび蔓を取りに山に入るのですが、一本の太さや長さなどを見ます。1m50cm以下の短いものは取りませんし、山の材料を大切に、とにかく無駄にしないように心掛けています」。中川原さんは山と会話をするという。「御前は何の籠になって、これからどんな人に使われるのだろうね?」と。山(材料であるあけびの蔓)と会話し、素材の量を見極め、使う人(購入者)と会話して、その人が必要とする形を作っていく。「そして、材料を取らせてもらう山に『ありがとうございました』と伝えています。材料、そして使ってくださる方や、籠を作り始めた先人にも感謝します」。必要な分だけ収穫して、無駄を作らない。環境に配慮しながら、使う人の事も考えて制作する。サステナビリティなオーダーメイドなのだ。

そうして収穫してから1〜2ヶ月乾燥させて、一つの道具につき、だいたい500本の蔓を使って、一日に一個のペースで編んでいく。太さも長さもバラバラの蔓をどこでどう使うか見極めるのが、熟練の職人技の一つといえるだろう。
 
一つの籠を手に取ってよく見ると、側面は幾何学模様のように編まれて多少のすき間が空いている。高温多湿な日本では、パンや野菜、果物などを入れるのに丁度良さそう。底面は格子状に編まれ、すき間なくびっしりと細かく、とても強度がありそうだ。側面とは真逆で、水すら通さないように見える。とはいえ、素材は植物。柔らかい食材を優しくしっかりと受け止めてくれそうだ。籠のふちは一方向に連続して編まれ、それと対をなすようにV字型に逆方向にも編まれている。見るからに一番強度がありそうで、ここだけ別の素材を使っているようにも思えるほど。どこかで見た事のある模様だなと考えていると、なるほどこれはヘリンボーンだ。強度を加えるには洋服も籠も同じだ。

日本全国の籠を見て他の職人を意識する事がありますか?と質問をした時に、「我々の地域内でも、作り手が違うと、同じ編み方でもやはり違ったものになります」。と前置きしたうえで、「あまり意識はしてはいませんね。目の前の作品(使うお客様)の事だけを考えています。上手に作ろうとは思っていないんですね。使っていただく方に、とにかく長く使っていただきたいなと。そう思って蔓の太さを選んだり、使う用途に合わせて籠の大きさを調整したりして、丁寧に作る事を心がけています」。目から鱗だった。競合だとか類似品だとか、どんな業界でもそんな事は当たり前だと思っていたが、「使う人のため」だけを考えて作られた道具は、そんな概念は必要ないようだ。

「にほんくらし籠」展の会場に並ぶ、各地から集められた様々な籠たち。その特徴はくるみや山ぶどう、欅など籠の元の素材が、それぞれの土地で自生している植物によって違うこと。全国の職人の元から集められたそれらの籠の素材の豊かさが、本展の魅力のひとつとなっている。籠はその素材によって大きく表情が異なる。素材自体が植物の面影を残すため、目を細めるとその植物の元の姿が思い浮かべられて愛らしいと思うのは私だけでないはずだ。植物から大きく離れてしまうので、例え話として相応しくないとも思うが、あえて書かせてもらう。映画「トランスフォーマー」といえば、車がロボットに変身するが、ロボットになった姿は、色や形など元の車の印象を残している。それを想像していただきたい。同じ素材ですら、十人十色でどれもとても個性的だ。

展示されている道具の中には、熊本のお米を研ぐための籠や、沖縄の舟底に溜まった水を掻き出す道具があった。素材はもちろん、気候や環境、仕事の違いによって、用途も違うわけで、各地の籠を眺めていると、そこに住む人びとの暮らしが垣間見えるようであった。ある土地では、昔は籠職人が集落から集落へ移動し、一件の家に住み込んで、その家に必要な籠を作っていたという。籠が家々の暮らしに欠かせない道具だったことがうかがえる。

最後に、「今、なぜ籠の提案なのでしょうか?」と主催のコズミックワンダーに伺うと、「籠は縄文時代にそのルーツがあります。太古から人びとの暮らしを見てきたため、籠自体にその記憶が宿っているのだと思います。それゆえ、私たちはどこか懐かしい感覚と共に籠に惹かれるのではないでしょうか」という言葉が返ってきた。長く使われる形には理由があるのだろう。何故ならそれが一番使いやすいからだ。古くから愛される籠道具の形は、くらしから生まれ、くらしに馴染んだ理想の形なのだ。これこそが機能美の極み。「第3回 にほんくらし籠」展は6月3日までCenter for COSMIC WONDERで開催中だ。

「にほんくらし籠」展
2018年6月3日まで
11:00~19:00
Center for COSMIC WONDER
東京都港区南青山5-18-10
03-5774-6866
Photo ©︎COSMIC WONDER

牧羽 貴彦

ライター

出版社を退社後、北半球を一周をし、フリーランスの商品及び広告企画とライターへ転身。主に担当していた美容は、コスメからヘアまで幅広いクライアントを対応。出版社時代に交換した名刺、約4,200枚のネットワークを武器に、精力的に活動中。