次の記事 前の記事

Column

2024.04.22

【第17回 shiseido art egg 連動企画】 アートの新しい目 Vol.3 岩崎 宏俊

文/住吉智恵

写真/加藤健

資生堂ギャラリーが、新進アーティストによる「新しい美の発見と創造」を応援する公募プログラムとして2006年にスタートしたshiseido art egg(シセイドウアートエッグ)。第17回となる本年度は、林田 真季さん、野村 在さん、岩崎 宏俊さんの3名が選出され、2024年1月30日(火)~5月26日(日)にかけて個展が開催されています。グローバルでの活動経験を経てこれから活動の幅を広げていくアーティストたちのメッセージとは――。
3名それぞれの活動と今回の展示について、そして今考えることについて、アートジャーナリストの住吉智恵さんがお話を聞きました。Vol.3は、第3期展の岩崎 宏俊さんです。

Vol.3 岩崎 宏俊

岩崎宏俊は、実写映像をトレースしてアニメーションを制作する「ロトスコープ」という手法に着目し取り組んでいる。
東京藝術大学大学院で博士課程を修了するかたわら多数の展覧会に参加し、2015年にはオランダ国際アニメーション映画祭でグランプリを受賞するなど、美術と映画の分野を越境する創作活動を着実に積み重ねてきた。一方で、報道媒体や広告、ドキュメンタリーフィルムなどコミッションワークも多数手がけ、国際的に高く評価されている。既に「egg」とは言いがたい十分にキャリアを重ねたアーティストだ。だが彼はそのキャリアを基盤に、新たな創作への挑戦を続ける「進化系のegg」である。

「商業面ではなく芸術表現のひとつの可能性として、アニメーションの制作研究を行ってきました。映画や美術といった領域を超えて活動していますが、棲み分けをすることはもったいないと思っています。ルールやコンテクストの違いや既存の価値基準を突破したい」と岩崎は応える。

アニメーションには多種多様な技法があるが、岩崎が着目するロトスコープとはどのようなものか。1915 年にマックス ・フライシャーによって発明されたロトスコープは、実写映像をベースに主にトレースすることでアニメーションを制作する技法である。

「アニメーションの伝統として、動きをゼロから描き出すことにこそ価値があるという作家至上の考えがあるなかで、ロトスコープは既にある動きをなぞることでアニメーションをつくるため批判の対象にもなってきました。ですが、このなぞるという行為で生成される、実写映像の運動と絵画的なイメージを同時に見る体験に私は可能性を見出しています」

岩崎の作品からは、ウィリアム・ケントリッジによるモノクロのドローイングを繰り返し消しては描きなおすことで緊張感を表現した作品や、佐藤雅晴によるくっきりと鮮やかなアニメーションが日常に潜む無常感や切なさを表出する作品を思い出す人も多いだろう。リアルな映像をもとにしていながら、微妙にぎこちなく訥々(とつとつ)とした動きを見せるロトスコープの技法からは、端的に言えば「エモい」(感情や情緒を揺さぶる)映像表現という印象を受ける。

「同じロトスコープの技法を使っていても、何をなぞるのか、どのようになぞるのか、作家によって表現のベクトルが違ってきます」と岩崎は語る。

「僕の場合、描き慣れた画材であった木炭や鉛筆を使ってアニメーションをつくり始めました。その後、さまざまな画材の組み合わせの実験を経て、現在の半透明の紙に木炭で描くスタイルに行きつきました。現在もアナログで描いています。作画方法は、通常のアニメーションのように一枚一枚描く場合と、1枚の紙のみを使用し絵を描いて消すプロセスを撮影してアニメーションにする場合があります。後者は筆跡が残るのが特徴です。いつも複数の作品を同時進行しているので、今回の個展で発表する新作は2年以上時間がかかってしまいましたが、長時間かけて制作することの面白さを感じています。記憶を考えたり、絵が動いたとき、それがわかるんです」

本展では、ロトスコープにおける運動をトレースする行為を「追憶」と捉え、“記憶の在り方” をテーマにしたアニメーション映像とその場面をもとにしたインスタレーションを展示する。
なかでも、大展示室の壁面にプロジェクションされるメインの映像作品《ブタデスの娘》は大きな見どころとなる。本作は、コロナ禍で会うことが叶わないまま亡くなったという作家の祖母の記憶をもとに、残された記録映像をトレースしたアニメーションである。

タイトルの「ブタデスの娘」とは、大プリニウス(古代ローマの博物学者、政治家、軍人)が『博物誌』に記した、絵画の起源と伝えられる神話に由来したものだ。離別する恋人の影の輪郭を壁になぞり、描き残したといわれるブタデスの娘の行為に、岩崎はドローイングという制作過程を通した「追憶」を見出し、さらにロトスコープのプロセスを重ね合わせる。

本編では、作家自身の体験をベースにした存在でありながら、三人称で「彼」と呼ばれる人物によって、手許に残された映像をなぞる“追憶のドローイング”をもとにアニメーションを制作する経緯が語られる。遠大なドラマとは対極にあるこの短編の魅力はその絶妙な匙加減の抽象性である。動き出したイメージは語り手の思念を躊躇いがちに追いかけ、消されてはよみがえる記憶の断片をなぞり続ける。その筆跡の動きはいつしか観ている自分自身の意識の動きとシンクロし始めるのだ。

「記憶をなぞると、その度に朧げながら違う印象の記憶が現れます。過去を思い出すごとに人は記憶を新しく生成しているんじゃないかと思うことがあるんです。三人称で語る形にしたのは、親密だけど個人的ではない、他人事だが自分事でもあるところまで作品を突き放したかったから。セルフドキュメンタリーから逸脱することで、特定はしないけれど誰にでもあり得る日常風景の痕跡として描きたかった。センチメンタルに陥らないよう曖昧さで抑制しながら、言語化すれば解像度が低くなってしまう、ことばを超えた部分を大事にしたいと思っています」

このようにドキュメンタリーともナラティブとも異なる岩崎の作品は、無意識の領域に働きかけるシュルレアリスム的構造をもつと共に、上質の随想や散文詩を味わった後のような読後感をもたらす独特の詩性を湛えている。
過去の前衛芸術や映画史を深く読み込むことで独自のロトスコープ論を構築しつつ、一方で、記憶をトレースする行為を繰り返さずには生きられない人の心の動きを鋭敏に感じとる感受性が、岩崎の作品世界をふくよかなものにしていると感じた。

 

岩崎 宏俊(いわさき ひろとし)
映像作家。ロトスコープに着目し、シュルレアリスムなどの20世紀の前衛芸術運動と比較し体系化した研究を行う。美術や映画、広告など領域を越境しながら国内外で作品を発表しており、Calvin Klein、The New York Timesとのコラボレーションを手がけるほか、広告電通賞審議会「walk, walk,」では、THE ONE SHOW、NY ADC、東京ADC賞で受賞。英国アカデミー賞にノミネートされた『ビヨンド・ユートピア 脱北』ではアニメーションパートを担当している。

https://hirotoshiiwasaki.com/
Instagram: @hirotoshi.iwasaki

住吉智恵

アートプロデューサー/ライター

東京生まれ。アートや舞台についてのコラムやインタビューを執筆の傍らアートオフィスTRAUMARIS主宰。各所で領域を超えた多彩な展示やパフォーマンスを企画。子育て世代のアーティストと観客を応援する「ダンス保育園!!」代表。バイリンガルのカルチャーレビューサイト「RealTokyo」ディレクター。
http://www.realtokyo.co.jp/