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Column

2023.11.22

「椿会」があたらしい世界に残していく深遠な宿題

文/住吉智恵

写真/加藤健

資生堂ギャラリーで展覧会「第八次椿会 ツバキカイ 8 このあたらしい世界 “ただ、いま、ここ”」が開催されている。
「椿会」とは、1947年に第二次世界大戦の戦禍で中断していた資生堂ギャラリーの活動を再開するにあたって立ち上げられた、長い歴史をもつグループ展だ。
本展は、同じメンバーで複数年展覧会を開催していき 、参加作家たちのクリエイションを定点で追っていくという中期的な視野をもつ。時代とともにメンバーを入れ替えながら、70年以上にわたり継続的に開催されてきた。

第八次椿会のメンバーは、杉戸洋、中村竜治、Nerhol (ネルホル)、ミヤギフトシ、宮永愛子、目[mé]の6組。いずれも鋭敏な感覚と知性で同時代の空気を読み解いてきた、現代日本の美術を代表するアーティストたちである。
本展では、2021年から2023年までの3年間を、「2021 触発/Impetus」、「2022 探求/Quest」、「2023 昇華/Culmination」と位置づけてきた。

2021年展示風景
2022年展示風景

2021年は「触発/Impetus」というテーマの下、資生堂がこれまでの椿会展で蒐集してきた美術収蔵品から、メンバーが「あたらしい世界」について触発される作品を選び、それに応えるかたちで自身の作品や概念を提示した。世代の違う新旧のメンバーの作品が集うこの展覧会は、個々の作家性を尊重しながら、過去と現在の「椿会」を結びつけた。

2022年は「探求/Quest」をテーマに、それぞれがアトリエから持ち寄った作品や大切にする品を素材として、展示室自体が作品として緩やかに繋がるコレクティブな空間をつくり上げた。完成された作品を世に送り出すことよりも、コロナ禍の生活環境や心境の表現に焦点を当てた本展は、作家たちが落ち着いて自身の足もとを確かめ合う手がかりになっていたことが印象深い。

最終回となる2023年。「昇華/Culmination」というテーマの下、メンバーはこれまで目指してきた調和から一歩踏み出し、「放置」と「無関心」をキーワードに準備を進めた。そっけなく響くこのことばには、自ら決断するのではなく自然のままに「放置」することや、「無関心」に関心を向けることから生まれ得る、新しい価値への期待が込められている。
またコロナ禍を経て、常識や経験から解放されて自由になることへの挑戦や、コントロールや意思が及ばないことを受け入れる諦めや潔さという意味も含んでいるという。

これまでと同様、6組のメンバーの出展作品はいずれも場所を取らず控えめだ。だが過去2回と違ったのは、他の作家との関係性や展覧会全体の中で、たがいにバランスを取ろうとする姿勢をほとんど感じさせないことだった。

中村竜治 《無関係》 2023 紙、ステンレス、木

例えば象徴的なのが、建築家の中村竜治がつくるオブジェクトだ。これまでの2回は展示構成にかなり積極的に介入したが、今回の柱や家具のような物体は、ただそこにある。スケルトンのグリッド構造ということもあり、ギャラリー空間と半ば連続した設えのようにも見える。そのような作品の存在の仕方自体が、かえって観る者の「無関心への関心」を喚起していた。

目[mé] 《景体 2#2》 2023 ミクストメディア

目[mé]による、海の波を三角に切り取った彫刻やフロアに落ちている(ように見える)切手状の作品にもそれはいえる。これまでのハイパーコンセプチュアルな創作活動からつい意味深な狙いを探ってしまうが、これらはやはり、ただここにあることで、彼らの眼差しやスケール感の行方を暗示し、新たな文明の始まりをも想起させる。

ミヤギフトシ 《Banner (from Ondine) #1》 2023 
和紙にインクジェット、糸
宮永愛子 《深い眠り/あさい目覚め 》 2023 
花椿通りの砂から作ったガラスとレンガ

ミヤギフトシと宮永愛子は、ともに「ツバキカイ」の文脈に寄り添った新作でありながら、自身が探求する作品世界に深く密着するリアリティに溢れた作品を発表した。
ミヤギが自身の小説をもとに、フランスの詩人アロイジウス・ベルトランの詩「夜のガスパール」の一節を写真に刺繍した作品の佇まいは、詩の中で高笑いを残して去る水の精オンディーヌの孤高性と強かさを帯びている。
宮永による、銀座の道路から掘り返された土壌をもとに制作された作品や香水の気体をガラスに閉じ込めた作品は、彼女のライフワークともいえる物質を超えたスピリットの永劫性に想いを馳せさせる。

Nerhol 《Amaranthus retroflexus》 2023 紙にインクジェット

Nerholの2人はメンバーひとりひとりに会いに行き、取材したフィールドワークをもとに新作を制作した。作家たちのポートレートと思いきや、作家たちのアトリエ訪問で触れた環境から抽出された帰化植物のポートレートを作品化している。それらの多くは「無関心」に「放置」された雑草のようだが、閉塞した状況下で営まれた彼らの安全な生活や豊かな創作活動の背景に生息してきた自然であり、生の証である。

杉戸洋《海と芋》 2023 FRP樹脂、石膏、マスキングテープ、LEDライト、
フルーツキャップ、ガラス、透明アクリル、ハニカムボード、木

杉戸洋は、まるで古代のじゃがいもやさつまいもの化石をディスコライトでX線透視しようとするかのような作品を展示している。これらはコーナー照明とシャンデリアとしても、展示空間に散らばった小さな煌めきをまとめ上げる働きをしていた。

杉戸は本展のためのインタビューの中で、「無関心」と「放置」をクリスマスのプレゼント交換に見立てている。直感的に湧いてきたことばを形にして放置し、それらを受け取った他者との関係性によって仕上げられる、というルールは成立するか? この展覧会シリーズの立て付け自体がそんな問いかけに対するひとつの回答になっているのかもしれない。
本展では、「無関心」と「放置」は他者からの愛のある介入として肯定されている。その一方で、過剰で有害な介入や管理、支配が厳然と存在するのが私たちの生きる世界である。

ここで改めて、「椿会」の活動が、戦争、災害、不況など世の中が閉塞的な状況にあるときも、芸術が人々に希望を与え、勇気をもたらすという信念に基づき、再興への願いを込めて開催されてきたことを振り返る。
2021年にスタートした第八次椿会はパンデミックの中で結成され、3年間をかけて、アフターコロナの「あたらしい世界」の「豊かさ」について考えてきた。ようやくその災禍が落ち着きを見せた頃、世界は新たな戦争とジェノサイドの時代に突入した。
全3回の会期は終了するが、現在進行形の世界では、私たちはこれからも “ただ、いま、ここ”に向き合いながら、異質な他者に関係し介入していく。本展はそのことについて底知れない宿題を残していく展覧会だった。

「第八次椿会 ツバキカイ 8 このあたらしい世界 “ただ、いま、ここ”」
会期:2023年10月31日(火)~12月24日(日)
会場:資生堂ギャラリー
東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビル地下1階
電話番号:03-3572-3901 
開館時間:11:00~19:00(日祝〜18:00) 
休館日:月(月曜日が休日にあたる場合も休館)
入館料:無料
https://gallery.shiseido.com/jp/tsubaki-kai/

住吉智恵

アートプロデューサー/ライター

東京生まれ。アートや舞台についてのコラムやインタビューを執筆の傍らアートオフィスTRAUMARIS主宰。各所で領域を超えた多彩な展示やパフォーマンスを企画。子育て世代のアーティストと観客を応援する「ダンス保育園!!」代表。バイリンガルのカルチャーレビューサイト「RealTokyo」ディレクター。
http://www.realtokyo.co.jp/