資生堂ギャラリーが、新進アーティストによる「新しい美の発見と創造」を応援する公募プログラムとして2006年にスタートしたshiseido art egg(シセイドウアートエッグ)。第16回となる本年度は、岡 ともみ(おか ともみ)さん、YU SORA(ユ ソラ)さん、佐藤 壮馬(さとう そうま)さんの3名が選出され、2023年1月24日(火)~5月21日(日)にかけて個展が開催されています。現代を生きるアーティストたちが不確実・不安定と言われるこの時代にアートを通じてメッセージすることとは――。
3名それぞれの活動と今回の展示について、そして今考えることについて、アートジャーナリストの住吉智恵さんがお話を聞きました。Vol.3は佐藤 壮馬さんです。
Vol.3 佐藤 壮馬
森羅万象との距離感から探るアイデンティティの拠り所。
佐藤壮馬の展示プランは当初、最新作と複数の過去作で展覧会を形づくるものだったが、最終プランでは最新作で掲げているあるひとつのテーマに集約され、ほぼ一本化されていったようだ。
それは、2020年7月11日午後10時30分頃、豪雨の夜に岐阜県瑞浪市大湫町・神明神社の御神木が倒れた、という出来事だ。
樹齢670年と推定されるこの大杉は、幾度となく風雨や落雷に見舞われながらも生き延び、太古から伝わる神籬(ひもろぎ)信仰の対象として住民たちの畏怖を集めてきた。これだけの巨木でありながら、ひとりの負傷者も出すことなく、近くの民家を避けるようにして樹体を大地に横たえたことも、あらたかな奇跡として受け取られたことだろう。
佐藤自身は、旧中山道宿場であるこの町にも御神木にもまったくゆかりはなかったが、本件を新聞記事で知ってインスピレーションを受け、その数ヶ月後から現地を度々訪れるようになった。
「2020年、それまで拠点にしていたロンドンから帰国したところで、この御神木についてリサーチすることに運命的な繋がりを感じました。自分はよそ者なので、まずは土地の方々の許可を得ることが必要でした。あるとき現場に行くと、倒れた御神木の上に立っている人がいます。その方は地域に住む彫刻家で、私のリサーチについて神社の境内で説明を聞いてくれました。それを機に、地域のさまざまな方々と出会いました。
大湫町は江戸時代の旅行記などにも記された由緒ある土地であったにもかかわらず、この御神木についての記録がほとんどなくて、その歴史を知ることができなかった。倒れてから初めて大学の研究者などによる炭素調査で樹齢が判明しました。根元の地中に泉が湧き出ていて、根の張りが弱かったことも専門家の調査でわかりました。
この出来事によって樹木信仰が改めて注目され、土地の文化的象徴としての価値が見直されるようになります。何かしなきゃいけないんじゃないか、というモチベーションが町づくりの中枢となって、ひとつの世界観を形成していきました。その後、町の人たちのあいだで、切り株のモニュメント化や木材でのヴァイオリン制作といった、さまざまなプロジェクト案が出てきました。
「おもかげのうつろひ」と題された本展では、こうした経緯を含めた御神木をめぐるリサーチプロジェクトのプロセス展示を、植物のスキャンデータを元にした抽象彫刻、歌川広重が描いた中山道のイメージなどの歴史資料と共に、ギャラリー空間全体に展開する。
なかでも、当時の倒木現場の状況をデジタルアーカイブ化するため、3Dスキャンした数値データから生成した立体 作品は、佐藤の創作活動の主幹となる。物体の表面にレーザー光線を照射して対象を捉える3Dスキャンによって、倒木を点座標として詳細に記録することで、土地の風土や伝承、集合的な記憶や原風景を、デジタルデータという新たな形でとどめようとしたものだ。
木の内部を空洞化・透明化したイメージで再現するスキャンという行為は、そこに内在する時空の追体験であり、「永遠に葬る儀礼」(佐藤)のようにも感じられたという。神木にまつわる歴史や状態をリサーチする過程で、自然信仰とその象徴性という自身の追い求めるテーマに対峙し、それを独自に深化させる目的そのものが作家にとって内面化していった表れともいえるだろう。
「リサーチの過程でテクノロジーが背中を押してくれたことで、観察対象を新しいアプローチで捉えられたということがありました。神聖な御神木か、木の断片か。大杉の年輪に凝縮された情報データが物語として昇華されたとき、その生命体は精神性の宿る器となり、時間の観念をも包み込みます。最後の記録作業として、横たわる大杉に登らせてもらいましたが、そのときの無心で抱擁されるような感覚が忘れられません。それは神秘体験ではなく、たとえば登山や彫刻といった肉体を酷使する行為の後、身体性が研ぎ澄まされ、普段と異なる時間の流れ方を感じることに近いかもしれない。古代の原始的な感覚の名残なのでしょうか。石や木に何かが宿るとされる神籬信仰や磐座(いわくら)信仰といった自然信仰は、そういった偶然性が重なったときに生まれるのかもしれません」
現代美術の作家としては特異ともいえる佐藤の経歴はとてもユニークだ。
1985年北海道生まれ。祖母の両親は樺太に住んでいたこともあり、家族の歴史にはわからないことも多いという。育ったのは当時全国各地で建設された新興住宅地のひとつで、開拓地の風土として私たちが想像するものとはだいぶ違う画一的な家並みが原風景となった。
「京都の風景とか『サザエさん』の町とか、メディアで見るような日本固有の風土や景観というアイデンティティは元々奪われていました。むしろ自分の意識や概念に影響を与えたのは、赤ちゃんのほっぺのように柔らかいパウダースノーの雪景色という自然環境なんです。大湫町で御神木の起源を探っているうちに、その原体験にタイムスリップするような感覚を覚えました」
高校卒業後は、東京の写真スタジオに撮影アシスタントとして従事し、フィルムからデジタルへの過渡期を経験した。その後ロンドン大学へ留学。近代西洋文学や芸術史、人文地理学、批判理論を専攻した後、同大学で建築を学ぶ。
やがて、大学のエレベーターで貼り紙を見て参加したワークショップがきっかけで、歴史的建造物をデジタルアーカイブするなど、3Dスキャニング技術を用いた制作活動を行う「ScanLAB Projects」に参加するため、大学を中途退学することとなる。
「ミケランジェロが幽閉されていたとされるイタリアの大聖堂や、ナチスが建設したユダヤ人の強制収容所など、さまざまな建築をスキャンしてきました。空間を扱う領域に関心があって建築学科へ行きましたが、デジタルアーカイブはさらに興味深く、さまざまな場所を飛び回り、その土地の風土を肌身で感じられるのは自分の天職とも思える仕事でした」
2020年、ブレグジットやコロナ禍を機に帰国したが、世界各地で体験したことが意識の変化に繋がり、自身の生まれ育った北海道の都市計画の在り方を見直すようになったという。現在は札幌を拠点に、主にデジタルテクノロジーを使った映像や彫刻作品を中心に制作する。
このようにまさに紆余曲折を経て、御神木をめぐるリサーチプロジェクトを立ち上げ、新たなテーマにたどり着いた佐藤は、自身の意識改革のきっかけのひとつとなった体験についてこう語る。
「(ScanLAB Projectsの仕事で)夜通しでイスタンブールの要塞のスキャンデータを採集しているとき、疲れ果てて海の見える窓辺に座り込みました。その窓から満月を眺めながら、どんなにささやかなものでも、いにしえとの繋がりを大切にしたいと思いました。心の奥底から湧き出てくるその反応が、信仰なのか、自己暗示なのか、常に疑いながらジレンマと向き合っていきたい」
佐藤 壮馬は、体験的に身につけてきたテクノロジーを道具として、人間の知覚では捉えきれない深遠な世界を覗き込もうとしている。太古から現在まで、途方もない時空間の座標軸のなかで、観察対象と自身の距離感や位置関係を常に確かめるような作品制作を通して、佐藤が追い求めているものは何か。それは未だ正体のわからない森羅万象に心を揺さぶられ続ける、彼自身のアイデンティティの拠り所ではないのだろうか。
佐藤 壮馬(さとう そうま)
写真や映像、3Dスキャンなどによって記録されるアーカイブと、その背景にある、目に見えない文化や人々の記憶、慣習などに関心を寄せた作品をつくる。
1985年 北海道生まれ。北海道在住
2011-2012年 ロンドン大学 UCL 人文科学ファンデーションコース 近代西洋文学及び芸術史・人文地理学・批判理論 専攻
2012-2015ロンドン大学 UCL バートレット校建築学部建築学科 (中途退学)
2020年 第23回文化庁メディア芸術祭 アート部門審査委員会推薦作品
2022年 KYOTO STEAM 2022 (京都市京セラ美術館、京都)参加