私たちが日々を送るこの現代生活における「豊かさ」とは何か、さまざまなフィールドで活動する方々へのインタビューを通して考える短期連載企画「現代生活の考察」。9月に発行した『花椿』最新号との連動企画でお送りしています。第三回目の今回は、資生堂の肌研究に携わる山田みなみさんと松田崇志さんのお話をご紹介します。資生堂の根幹をなす肌研究、その中でも最先端のテクノロジーを用いた技術開発に携わるおふたり。最新の肌研究から見えてくる現代生活の豊かさとは。本誌では一部しか触れていないインタビューを全文掲載でお届けいたします。
――山田さんが携わっている、物理刺激エネルギーと真皮幹細胞の研究について教えてください。
山田みなみ(以下、山田)
肌の表面からだいぶ奥にある真皮幹細胞は、自分と同じ細胞だけでなく、コラーゲンやヒアルロン酸など肌に重要な成分をつくる線維芽細胞も生み出す特徴があります。ただ、この真皮幹細胞は加齢などとともに減少してしまうんです。
私たちの研究では、物理刺激を与えることによって、真皮幹細胞にとって居心地の良い場所である毛細血管や、真皮幹細胞と毛細血管をつなぎ留めておくような因子を増やすことができ、真皮幹細胞の減少を緩やかにできることが分かりました。その結果、線維芽細胞も頑張ってくれて、肌のハリやたるみ改善につながる重要な因子を高められるんです。
――お二人は、研究の知見にもとづいたテクノロジーを用いたデバイスと、化粧品を融合させるという新しい試みに取り組んでいるそうですが、この組み合わせを自社で考えるという発想は、どういう経緯で生まれたのでしょうか。
松田崇志(以下、松田)
資生堂ではPBP(パーソナルビューティーパートナー)がお客さまの肌を診断し、乾燥肌やオイリー肌などお客さまの肌状態に合わせた商品を提供してきました。ただ、お客さまのニーズのすべてに応えていくには、新たな方向性があるのではと感じていました。現在は「人と人」から「人とデジタル」を利用した価値提供へと徐々に変化しています。具体的にはデバイスを使った肌解析や、自宅で手軽に美容施術ができるデバイスにシフトしています。
――肌解析のようにひとりひとりのユーザーに適したかたちでパーソナライズされているのが近年のテクノロジーの特徴だと思います。テクノロジーのこうした背景には何があると感じていますか?
山田
多様な価値観がだんだんと受け入れられるようになり、いろいろな自己表現や人それぞれの「美しさ」がたくさん生まれましたよね。その状況に対応するために、人の情報を収集するかたちで技術開発のパーソナライズが進んだと思います。
松田
加えて、ここ10年の特徴はビッグデータやIoTです。それらによる肌や行動習慣の情報を活用し、細かくセグメント化することで、それぞれの価値観に合わせたプロダクトを提供するという、新しいかたちのパーソナル化が生まれています。
山田
現状では、ある程度のバリエーションのなかからその人に合うブランドを提供していますが、今後はそれぞれの人を見据えた開発やブランドの提供になっていくでしょうね。
松田
例えば、それぞれの趣向やリクエストに沿ってカスタマイズしながら、個人の肌状態に合わせた「その人だけのためにあるもの」や、「その人の“気になる部分”に効果のあるもの」のように、より個々に着眼していくのではないでしょうか。ただしその際、整形手術のような人が本来持っていない外の力ではなく、人が生きるために本来もっている力を最大限に生かす方向性が、今後のテクノロジーには重要だと思います。
――山田さんの研究のように、人間にもともとある力をサポートするというスタンスですね。ただ、パーソナライズ化が進むほどテクノロジーへの依存度が増すのではないかと感じています。テクノロジーと適切に付き合っていくためには、どうしたらいいでしょうか?
松田
テクノロジーを除外すると不便に感じるいま、テクノロジーは人間にとって、より良い選択肢を与えてくれる手段であると私は感じています。そして、どう共存するかがポイント。楽をしてダメになる方向ではなく、身の回りにあふれている情報のなかから、自分にとって必要なテクノロジーやデバイスを取捨選択するかたちになると思います。
――自分に必要なものを見つけるためにはどうしたらいいでしょうか?
松田
すごく難しいですが、企業としてはお客さまが求めている情報に対して企業が正しい情報をお客さまにちゃんと提供するのが一番だと思います。それによってお客さま自身が情報を取捨選択できる環境が整うのではないでしょうか。
山田
例えば、美容機器の中には肌へ熱を与えることができるものがあります。ただ、過剰に使い過ぎると熱を与え過ぎてしまい、肌への効果がうまく発揮しにくくなることがあるんです。テクノロジーには良いところもあれば悪いところもあります。良いところばかりを提示するのではなく、悪いところも把握しつつ、テクノロジーの使い方や向き合い方をどうしたらいいかというところまで含めて研究や提案をするのが、研究者としての使命だと思います。
――テクノロジー自体はあくまで手段であって、いい方向に行くか悪い方向に行くかは使う人次第。使う側それぞれがテクノロジーについて勉強し、あらゆる選択肢のなかから自分にとって必要なもの/合うものを選んでいくことから始まるのだと、お話を聞いて感じました。どうもありがとうございました。
PROFILE
山田 みなみ
株式会社資生堂 みらい開発研究所
20年博士後期課程修了(医科学博士)。同年、株式会社資生堂入社。現在、みらい開発研究所シーズ開発センターにて皮膚科学研究員として従事し、美容機器等物理エネルギーにおける皮膚内のメカニズムについて研究を進めている。
松田崇志
株式会社資生堂 ブランド価値開発研究所
2011年株式会社資生堂入社。スキンケア・サンケア商品開発、基剤特許戦略およびOptuneなどのブランド開発に従事。現在はEFFECTIM、SIDEKICKなどのブランド価値開発を行う。