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Column

2022.10.21

あなたと化粧品の物語 第3回

先日からスタートしたあなたと化粧品の物語、
第3回は百日紅さんの「物語」です。

 

 

高校生の頃、電車の中でだけ見かけるお洒落で美しい先輩がいた。ベリーショートの髪は赤寄りの茶髪。小さな顔の中に堂々とした存在感を見せる大きな瞳。薄く小さなくちびるには赤い口紅が塗られている。華奢な身体に纏われた、赤いチェックのワンピース。 どんなに憧れても、あの頃の私はあのひとのようにはなれなかった。
家から 1 時間半かけて電車に乗って高校に向かう。そのひとを見つめられるのは、そのうちのたった10 分。それでも、私にとってはその時間が日常の中でいちばんときめく時間だった。
高校生の私は誰にも見つからないように生きていた。誰にも理解されないまま生きていきたいと思っていた。そうしていたら傷つかなくて済む。だから、お化粧もお洒落も、何も興味のない振りをしていた。
だから、ある意味そのひとは私の矛盾だった。
あのひとのようになりたい。あのひとになりたい。
だけど、あんな派手な格好をしたらきっと、この田舎では目立って仕方ないだろう。
それでも、私は先輩になりたかった。高校を卒業して、宙ぶらりんな毎日を過ごしていた私は、薬局で MAJOLICA MAJORCA の口紅を見つけた。先輩が何をしているのか、どこにいるのか、もう何も分からないし、知る術も持っていなかった。元々、接点がない、同じ高校というだけの、一方通行の憧れなのだから当たり前だ。
その頃の私もまた、誰にも見つからないように、ひっそり眠るように生きていた。 MAJOLICA MAJORCA の口紅を手に取り、いちばん、派手な赤の見本をそっと手に塗った。
そのとき、何かが私の中で弾けた。この色が、私は欲しかったんだ。
私は当時、確か 800 円前後だったはずの、その口紅をレジに持って行き、購入した。ここにいることを誰かに否定されても、されなくても、構わない。
私は、私の好きな色を身に付けたい。そう思った。

テキスト/百日紅
写真/伊藤明日香