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Column

2017.05.10

イナ・ジャン「ダロウェイ夫人」

文/花椿編集室

何度も月刊時代の『花椿』の誌面を飾ってくれた写真家、イナ・ジャンさんの個展が恵比寿のG/Pギャラリーで開かれている。カラフルでポップなところが彼女の作品の一番の魅力だが、今回はそれが最大限に発揮された感じだ。しかしひとつひとつの作品は、写真というより版画のように見える。カラフルでポップな版画。イナ・ジャンという作家を知らなければ、これが写真とは思わないだろう。

mrs.dalloway-in her own room- 2017

そのように見えるのは、彼女の独特な制作方法による。もともと、自分で撮影した写真を切り抜いて再撮するなど、「複写」の技法を多用してきたイナさんだが、今回は自身がルーブル美術館などで撮影したピカソやマティスをはじめとするマスターピースのネガフィルムを切り抜き、それらをスキャナーに直置きしてスキャンし拡大してプリントする、という制作方法をとっている。版画のように見えたのは、オールドマスターたちの作品の断片が写しとられているからであろう。

an-afternoon 2016

この手法は、かつてマン・レイが試みたレイヨグラフ(印画紙の上にいろいろな立体を直接置いて感光させる技法)を思い起こさせる。またコラージュという技法も、ピカソやブラックが生み出したものだ。そう考えると、オールドマスターの作品を素材に用いていることといい、今回の作品は、偉大な先人たちへのある種のオマージュなのかもしれない。さらに深読みをするならば、写真の登場によって印象派以降の独創的な絵画が生まれたという、美術の歴史も下敷きになっているのかもしれない。

しかしそんな小難しいことを考えず、素直にイナ・ジャンさんのカラフルでポップでガーリーな作品を楽しみたい。現代美術のなかには、見ているだけではさっぱりわけが分からず、コンセプトを聞いてようやく得心するような作品もある。一目見ただけで心がうきうきしてくるイナさんの作品は、それだけで稀有な存在なのだから。

mrs.dalloway-a blue bottle in a red room- 2017
mrs.dalloway-i sigh bye- 2016

G/Pギャラリー :http://gptokyo.jp/

(樋口昌樹/花椿編集長)