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Column

今を生きる私たちが、未来の誰かの幸せのためにできること #Soil - 土から地球を考える -

2021.11.15

Photography / Yurika Kono

Text / Noriko Kawakami

この記事は、『花椿』2021年秋冬号(No.829)からの転載です。

農作物をはじめすべての命の源であり、私たちの生活を彩る土という素材。いま、日本を代表するやきものの産地で、資源としての土の価値を見直し、その可能性を探る活動が始まっています。活動を牽引する人々のことばには、土への、地球への想いがあふれていました。

 「生命の歴史は、土の歴史と抜きがたく関わっている」「社会が土壌をどう扱うかは、社会の寿命を左右する」。地質学者のデイビッド・モントゴメリーは、『土の文明史』(築地書館)で記している。
 微生物や落ち葉、鉱物など多くの関係性によってつくられる肥沃な土壌。けれどそうした土壌は、意識しないと維持し続けることが難しい。ひとの経済的、社会的な活動が一方で、土壌の劣化にもつながっている事実に目を向け、土の存在を生態系として考えることの重要性をモントゴメリーは指摘する。

「土は、無限にあるものではないのです」
そう語るのは、世界有数のやきものの産地、岐阜県美濃地方でタイルの開発・販売を行う商社を経営をする笠井政志さん。また美濃の産業、文化の源流となる土そのものに立ち戻り、地域の可能性を考え発信するブランド「MINO SOIL」のファウンダーとしても活躍している。

 SOIL(ソイル)とはまさに「土壌」のこと。
「わたし自身が以前から持ち続けている信念は、”WITH THANKS FOR THE MOTER EARTH.”、母なる地球に感謝を込めるという考えです。地域の貴重な資源を素材とし、それを長く使えるものにすることを意識してきました」。
 笠井さんは陶磁器産業を担う美濃地方が運営するセラミックバレー協議会のチェアマンも務める。「土の価値を認識すること、身近にあたり前にあると思っていた土の存在に感謝をし、その価値や優位性を広めるために始動した協議会です」

 美濃の陶土層の歴史は800万年も前に遡る。この地の花崗岩がゆっくりと風化した後、一度海底に沈んだことで岩は粘土へと変質を遂げた。その後500万年前には同地域に出現した東海湖の湖底に蓄積し、300万年という長い月日を経て熟成されていった。
そうした土壌の恩恵を受け、美濃の地でやきもの産業が始まったのは今から1300年ほど前のこと。上質な白粘土である蛙目(がいろめ)粘土、グレーがかった木節(きぶし)粘土、もぐさ土など、種類も豊富な良質の土で陶磁器がつくられてきた。

 壮大な時間や水や草木、水中の微生物などの存在抜きにしては生まれなかった陶土であるが、ただ掘り続けていけばいつしか枯渇してしまう。「貴重な資源である土の価値に見合う適正な価格設定、技術を伝承する設備、デザイン面での取り組みなど、やきもの産地として循環していく環境を整えていかなくてはならない」と笠井さん。
「創造の営みを続けてきた多くの先人たちの熱意にも感謝をし、限られた資源を大事に用いなくてはなりません。今を生きる私たちには、未来の世代に向けその責任があります」

 

上質でバリエーション豊かな美濃の土ブロック 「Archeology of Mino」展示より

大地を、地球を、慈しむ

 今年6月、MINO SOILの第一回展示「Archeology of Mino」が表参道で開かれた。展示されたのは土そのもの。キュレーションを手がけたのは、インドで建築事務所スタジオ・ムンバイを主宰するビジョイ・ジェインさんだ。幼い頃から土に興味を持ち続けてきたという氏にとって、美濃の陶土層は創造力を大いに刺激するものだったという。
 「そのテクスチャーや匂い、人に与える効果など、土は大きな存在、宇宙とも言えるでしょう。MINO SOILの活動では美濃の土の考古学的な側面にも関心を抱きました。陶土を掘る行為とは、何層にも積み重なる土地の歴史を振り返ることですから」
豊かな土を育んできた大地、さらには地球との関係にもビジョイさんは心を向ける。

 「地球とは慈しむべき存在です。赤ちゃんに優しく接するように地球に接することが大切だと感じています。また、赤ちゃんが私たちに喜びを与えてくれる存在であるように、地球は私たちに光を与えてくれる。こういう大切なことを、私たちはいつしか見失ってしまっているのかもしれません」
風土に根ざし、自然の力をとり込んだ建築を現実のものとし、2009年にはフランス建築協会のサスティナブル建築賞も受賞しているビジョイさんの持論は示唆に富む。

 「私たちは地球に接し、地球と呼応するように生きています。互いのエネルギーを交換し、共鳴しあう関係なのです。求められるのは、感覚をとぎ澄ませながら、遠いところにあるかのようなできごともどこかでつながっているのだと意識すること。また、長いスパンのなかで考えることです」
 「自然との共生とは自分自身との調和を図ることだとも考えます。人間(ヒューマンネイチャー)には自然(ネイチャー)が内包されているのだという点も心に留めながら未来を探っていく姿勢が大切なのではないでしょうか。私たちを人間たらしめているのは、一人ひとりの内にある愛情であり、その部分が失われることはないと私は思っています。そして地球とは寛大な存在。人間の活動で傷んでしまったところがあったとしても、愛情をもって接していけば応えてくれる。そう信じています」
 水分を含み土壌生物が存在することで、さらなる生命を育んできた土。手にしたうつわが数百万年もの時を重ねた土でつくられていることに想いを巡らせながら、いま触れることのできる土が太古から未来へと大きな循環のなかにあることを考える。土は生きている。そう、私たちとともに。

 

笠井政志(かさい・まさし)
株式会社エクシィズ代表、ビスポーク・タイルのブランド「TAJIMI CUSTOM TILES」も主宰。2021年3月、井澤コーポレーションの井澤秀哉と「MINO SOIL」を設立、クリエイティブ・ディレクターのデヴィッド・グレットリを招き、2023年度の製品実現を目ざす。

ビジョイ・ジェイン
1965年 インド ムンバイ生まれ。ワシントン大学で建築を学んだ後、ロサンゼルスとロンドンで実務経験を積み1995年に帰国、建築家と熟練職人の協業で設計・施工を一貫して行うスタジオ・ムンバイ・アーキテクツを設立。2018年、インド国外では初の建築プロジェクトとなる宿泊施設「LOG」が広島県尾道市に完成。

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