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Column

2021.11.20

【shiseido art egg 連動企画】 アートの新しい目 Vol.3 中島 伽耶子

文/住吉智恵

資生堂ギャラリーが、新進アーティストによる「新しい美の発見と創造」を応援する公募プログラムとして2006年にスタートしたshiseido art egg(シセイドウアートエッグ) 。第15回となる本年度は、石原 海(いしはら うみ)さん、菅 実花(かん みか)さん、中島 伽耶子(なかしま かやこ)さんの3名が選出され、2021年9月14日(火)~12月19日(日)にかけて個展が開催されます。現代を生きるアーティストたちが不確実・不安定と言われるこの時代にアートを通じてメッセージすることとはーー。3名それぞれの活動と今回の展示について、そしていま考えることについて、アートジャーナリストの住吉智恵さんがお話を聞きました。Vol.3は中島 伽耶子さんです。

 

Vol.3 中島 伽耶子

「場所」「関係性」を問い直す

 中島伽耶子は、場所との関わりを出発点に、物事を隔てる壁や境界線をモチーフとする作品を制作している。主に光や水などの素材により、意図的に作品に変化を取り入れることで、空間と作品が一体となる緊張感のある場をつくり上げてきた。

 本年秋に開催された奥能登国際芸術祭では、珪藻土工場の事務所だった小さな空き家の壁や屋根に無数の穴が開けられ、そのひとつひとつに円筒形のアクリル樹脂が挿し込まれたインスタレーション『あかるい家 Bright house』を発表した。日中は仄暗い室内に太陽光が射し込み、人工の星空に覆われたかのようになる。夜間は室内の人工照明の光が穴から漏れ出て、夜空に向かって発光する。
 リリカルで美しい作品だが、いっぽうで銃撃痕にも見えなくはない荒っぽく穿たれた穴を、硬い樹脂の棒が貫くさまは凄まじくもある。その背後には、希望や豊かさだけでなく現代の欲望をも象徴する「光」や「明るさ」を通して、「生活の『豊かさ』とは何かを静かに考える場所」という独自のコンセプトがあった。

 このように中島は、美しさと暴力性の間にある作品世界を通して、現代社会に潜む関係性をめぐる問題を問いかける創作活動を展開してきた。今回、art eggの展示でも、人と人との関係性における希求と暴力性をテーマに展示を構成する。
 まず鑑賞者は、地下へ向かう階段の踊り場で、玄関にあるような呼び鈴が取り付けられていることに気づくだろう。呼び鈴を押すと、階下の小展示室の中央に置かれた防災ベルがけたたましく鳴りはじめる。見下ろすとそこには防災ベルと自身の影のほかは何もない小部屋だ。奥に建てられた壁には扉がひとつ設置されていて、時折扉の上で明かりが灯る。初めて資生堂ギャラリーを訪れ、展示室全体の構造を知らない人が見たら、なおさら閉塞感のある不穏な光景に映るだろう。

 階下に下り大展示室に入ると、小展示室との間は巨大な壁でふさがれ、壁紙が施されている。無数の透明のアクリル板が壁を貫通してこちら側に侵入し、向こう側の照明を透過して発光する。床には同じようなアクリルの破片が散乱し、光を反射する。また大展示室に設置されたセンサーが鑑賞者に反応すると、小展示室の扉に明かりが灯る仕掛けとなっている。
 奥能登の作品と同じように、がらんとした薄暗い室内に侵入する光は冷たい美しさを帯び、ひょっとすると近未来的なディストピアの夢想さえ喚起するかもしれない。鋭利なガラスを思わせる物体が壁を突き破る光景には凄みがあり、隣の部屋から前触れなく轟く非常ベルと共に、暴力的な侵入を連想させるはずだ。

 「空間構成のテーマは境界線や分断です。壁というと、ベルリンの壁のように障壁を超えることが自由を象徴することもあれば、適切な距離を隔てて生活を守るものでもあり、光や音だけが行き交うところでもある。防犯ベルを鳴らす呼び鈴は、地下でありながら上階と下階がある独特のギャラリー空間を生かしました。ちょっとしたコミュニケーションが思いもよらず相手をびっくりさせてしまうことがあるように、人との関係性を求める能動性には暴力性がつきまといます。ぼんやりとした光の中で鋭い板が刺さったまま動かない状況で、その静けさがベルの音で破られたとき、攻撃を受けたことが鑑賞者の記憶と結びつくような心の動きを想定しています」

『あかるい家 Bright house』Photo: 岡村喜知郎
資生堂ギャラリーでの展示のためのドローイング
資生堂ギャラリーでの展示のためのドローイング

社会に蔓延する「無自覚」への警鐘

 本展の展示タイトル「Hedgehogs」は、ドイツの哲学者ショーペンハウアーの寓話『ハリネズミのジレンマ』から引用されたという。鑑賞者の能動的あるいは受動的な行動によって、意図にかかわらず、何かしらのサインが壁を隔てた反対側へ送られるシステムは、実験動物の飼育箱のようでどこか不気味だ。まさにそれは、視野の限られた巨大な箱ともいえるSNSやチャットを温床に蔓延した、無自覚の差別やハラスメントが他者を傷つける社会構造をめぐる寓意を表している。

 「時代と共に価値観が開かれることで、私たちはより多くの人と交流し理解し合うチャンスを得ると共に、より無自覚に暴力的に他者を傷つける場面が増えた気がします。自分は普通だと思っている悪意のない人の心理に、何らかの差別意識が潜んでいることがある。また、抑圧されてきたマイノリティがより少数のマイノリティを攻撃するという構造もある。社会に多様性を認めようとすればするほど出てくる歪みから、これまでの”普通”は多数派の強要であったのだと感じます。」

 ところで中島は大学院の博士論文で、前衛美術家・田中敦子(1932-2005)の研究をテーマに選んでいる。田中敦子は1955年から1965年まで、前衛芸術グループ「具体美術協会」の一員として活動したアーティストだ。約40mの電気コードに連ねた20個のベルが順に鳴り響く《作品(ベル)》(1955)や、無数のカラフルな電球からなる《電気服》(1956)で知られ、その後《電気服》から着想を得た絵画シリーズを生涯描き続けた。

 「光を素材にする作家というと、陰翳礼讃的なスピリチュアル系やポップアートのコンテクストが多いですが、田中敦子の作品には前衛芸術全盛時代ならではの強いインパクトがありました。この人なんなん?ってくらいのわからなさ、とりあえずこっちを見なさいよ!っていう強さが新鮮で。何かを発信しようとする光の攻撃的な要素が自分の作品性に影響していると思います。シンプルさと複雑さが共存する雰囲気にもインスパイアされました。当時、女性性を前面に出さなかった力みのない制作態度はかっこいい」
 
 田中敦子はフェミニストを標榜することはなかったが、男性の価値観が中心的だった前衛美術界で、独立した立ち位置を生涯維持し続けた。あくまで毅然とした、それでいて柔軟な制作態度はきわめて聡明で怜悧だ。中島もまたジェンダーやフェミニズムを視野に入れて創作するが、単純なアプローチではなく、より普遍的な地平にある関係性の複雑さをテーマに選んだ。
 「〈個人的なことは政治的なこと〉※という言葉の通り、まずは個人の実体験を出発点に語りたい。自分自身の生活でも最近人とのわかり合えなさを感じることは多いし、関係性は確かに複雑ですが、壁はひとつではないし扉もある。壁を突破しようとするのがよいかどうかは別として、光も透過するのだから、壁越しの可能性を信じたい」

 氷のような美しさと冷徹さを併せもつ 中島の作品世界は、無防備に観る人を迎え入れ、やがて置かれた状況に震撼させるだろう。「多様性」の旗印のもとで、直接体感することのないことばという鋭利な刃物が飛び交うヴァーチャル世界からここに来て、ホラーな現実を実感する体験は、他者との関係性に無自覚な人にこそ有効な荒療治となるかもしれない。

※「個人的なことは政治的なこと」は、1960年代以降のアメリカにおける学生運動および第2波フェミニズム運動におけるスローガンで、個人的な経験とそれより大きな社会および政治構造との関係を明らかにしようとすることばである。

『light dress』 2019
『風穴について』 2019 PHOTO: 飯川雄大

 

中島 伽耶子(なかしま・かやこ)
1990年京都生まれ。2020年東京藝術大学大学院美術研究科美術専攻博士後期課程修了。秋田県在住。
主な活動に「FREMANTLE BIENNALE 2019」(2019 オーストラリア)「Fault line art festival」(2019台湾)共にグループ展、「奥能登国際芸術祭2020+」など多数。物事を隔てる壁や境界線をモチーフにしながら、場所との関わりを出発点に作品を制作し、壁や境界線を越え、変化することで認識する「場所」という感覚を鑑賞者に投げかけている。

https://www.kayakonakashima.com/
Instagram:@kayakonakashima
Twitter:@KayakoNakashima

 

中島 伽耶子さんを知るための Question 6

■お気に入りのことばは?
大丈夫

■嫌いなことばは?
無視

■1日のうちで好きな時間、大切にしている時間は?
ご飯の時間

■いま好きな、本、映画、音楽は?なぜ?
好きな本は『切りとれ、あの祈る手をー〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話』(佐々木中、河出書房新社、2010)、『ことばの食卓』の中でも「枇杷」(武田百合子、筑摩書房、1991)、最近はチェーホフの『かもめ』(アントン・チェーホフ、神西清訳、新潮社、1967)を読み返しています。他者との本質的なわかり合えなさと、その中での共感や交流に興味があります。
 
■コロナがおさまったら、まずはどこに行きたい?
クルミッ子カフェ

■生まれ変わったら何になりたい?
会話をするいきもの

 

住吉智恵

アートプロデューサー/ライター

東京生まれ。アートや舞台についてのコラムやインタビューを執筆の傍らアートオフィスTRAUMARIS主宰。各所で領域を超えた多彩な展示やパフォーマンスを企画。子育て世代のアーティストと観客を応援する「ダンス保育園!!」代表。バイリンガルのカルチャーレビューサイト「RealTokyo」ディレクター。
http://www.realtokyo.co.jp/