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Column

今を生きる私たちが、未来の誰かの幸せのためにできること #Water

2021.11.09

Photography / Kentauros Yasunaga

Text / Shiori Fujii

この記事は、『花椿』2021年秋冬号(No.829)からの転載です。

今、世界はさまざまな問題に直面しています。なかでも、温暖化や環境破壊といった自然に関わるこれまでにない変化を実感している人も多いのではないでしょうか。
経済活動を営む私たちが、自然と共生するために必要なこととは? 
つぎの世代へつないでいくためにどう向き合うべきか、日々の暮らしを支える最も身近な自然―水、土、木という資源にフォーカスを当て、そのヒントを探ります。
まずはじめに、水文学(すいもんがく・水に関する総合的な学問)の専門家であり、気候変動や持続可能な社会の構築について研究する沖大幹さんにお話をうかがいました

守るためには、上手に使うことが大切

「日本では、水も食料もエネルギーも、お金を出せば買えるとみんなが思っていますよね。生きるのにないと困るものはすべて、自然も含めた社会的な共通の資本に支えられています。逆に、水が足りない国は、食料もガスや電気も十分に利用できない可能性が高いのです。

 実は、日本は水資源や自然条件に恵まれているから不安がないというわけではありません。雨が多い=水が豊か、ではないのです。水は潤沢に利用可能だと思われているかもしれませんが、日本は人口密度が高いので、一人あたりの水資源量は世界平均の半分程度。

 では、なぜ安定して水を利用できているのかといえば、貯水池や水路、浄水場や水道管などの整備を積み重ね、長年にわたって運用する仕組みを社会全体で構築した結果なのです。

 しかし、そのために豊かな自然環境を犠牲にしてダムを建造することで、快適な暮らしを支えています。そこに後ろめたさを感じますよね。

 私たちは生きているだけで、温室効果ガスを排出し、地球環境を悪化させている。そう考えると、『人間は生きているだけで罪』という極論になりがちです。ですが、例えば『たっぷりの湯船に浸かるといった小さな贅沢が、私の人生を豊かにする』と思うことも大切なのではないでしょうか。いつも水を使っているからこそ、これからも大事に使わなくては、と思えることでしょう。

 水が潤沢ではないといっても、常に極端な節約が必須なのではなく、水を上手にやりくり(マネージメント)し、それを持続可能にしていくことが重要です。素晴らしい国立自然公園だって、もし立ち入り禁止だったら誰も関心を持ちません。人が訪れるからこそ、いい自然環境を守ろうと思う。海の生態系だって、新鮮な海の幸の恩恵にあずかりたから、生物多様性を守らなくてはと思う。人は関わるものを守りたいと思うのです。

私たちの購買力が世界を変える

「国や企業などの組織に比べて、一般人としてできることは限られていますが、一人ひとりの行動が社会の変革につながることもあります。
 
 それは購買力。自分がどういうものを買うか、どんなサービスを利用するか、私たちの消費行動が社会を変えていくのです。
 
 例えば、『社会を裏切るようなことをした企業のモノは、安くても欲しくても買わない』など、できることはいっぱいあります。企業だって、『コストは上がるけれど、環境に配慮した素材しか使いません』という決断はできますが、購買層への訴求力がなければ実行しづらい。
 
 ですから、私たちはもっと、生活者として最大の力である購買力を生かしましょう。そうすれば社会は変わります。
 
 多くの人は、自分の人生をよりよくしたい、よい生き方だと思いたい、と心の底では考えているのではないでしょうか。よい人生とはなにかと言えば、身なりはパリッとしていて、心地よい暮らしをしているイメージがありますよね。ですが、もっと追求すると、環境に悪影響を及ぼさず、自分が社会によい影響を与えている、ということも価値判断に入るでしょう。お金持ちになればなるほど、財団をつくって社会的によい影響を与える事業に投資したりもしますよね(笑)。
 
 ただ、『私は環境のために高くてもいいものを買っているのに、みんなはそこにお金を払っていない』と受け止めると、自分だけが損をしているように感じてしまいます。『環境によいことをすることが得だ』というように意識が変わるには、どうしたらよいでしょうか。そんな雰囲気づくりを企業がしてくれたら、もっといい社会になると思います。

 購買者は一般的に、価格やブランドネームに惹かれがちです。ならば、企業側は、あの会社のモノやサービスならば、社会的な配慮をしている、暴利をむさぼっていない、持続可能な未来につながっている、だから応援したい、と思われることが大切です。『うちのものは安心して選んでくださいね』と言えることはブランドイメージの向上そのものです。

 それでも購買力がついてこなければ、企業としても『うちだけが温暖化対策のために温室効果ガスの排出を減らす努力をしている』などと思ってしまうかもしれません。そんな不公平感を消すためには、各業界で『ちゃんとしたモノしか市場に出さない』というように、自主的にしっかりした取り決めを設けることが必要かもしれません。日本をはじめ世界をリードする企業の率先した行動が求められています」

よりよい社会のために 自主ルールも必要

「いろいろ抵抗はあっても、最終的には社会は必ず良い方向に変わります。例えば約20年前までは、飛行機で喫煙可能でしたが、今では考えられませんよね。シートベルトだってゴミの分別だって、今の子どもたちにとっては当たり前になっています。昔の当たり前が今の非常識になっていることもたくさんありますよね。もちろん法律があれば強制力はありますが、社会通念も大切。私たち大人がちょっとやせ我慢をしてでも、態度として見せていくことで、次世代ではそれが当たり前になっていくのです
 
 一方で、社会も試行錯誤するので、常識が正しいとは限りません。少し前まで、割り箸でも木材を使うのは環境破壊につながると思われていましたが、今は、間伐材を使ったものならば使う方がよい、という意見もあります。紙袋を減らしての森を守るためにもビニール袋が一般的になったのに、今はプラスチック問題で紙のほうが持続可能なのでは、と考えられています。

 『ビニール袋をもらわない』というような、できることから始めるのも大事です。ただなにかアクションを起こしたら、それさえしていればよいわけではありません。考え続けることは辛く、思考停止はラクですが、常に『本当にこれでよいのかな』と考え続けなくてはならないのです。それはそれでとても大変かもしれませんが」

自然環境保全は目的ではなく、人の幸福のための手段

「私たちが自然環境を保全し、経済を発展させ、健全な社会を目指すのは、私たちとつぎにつづいていく世代がより幸福な暮らしを実現するためです。つまり自然環境保全は目的ではなく、私たちが豊かに生きるための手段ということ。

 2030年に実現したいのはどんな社会かと考えてみてください。生き物が多様で、エネルギー負荷が少なく、自然と共生したよき環境で、私たちの暮らし方も多様で可能性があり、自分の能力が生かされていると実感できる世界が望ましいと私は思います。

 自分の幸せは、周りの幸せとつながっています。何をすべきかと考えることは、何が幸せかと考えることと同じなのです」

沖 大幹(おき・たいかん)
東京大学総長特別参与、大学院工学系研究科社会基盤学専攻教授。気象予報士。国連大学上級副学長、国連事務次長補も務める。専門は水文学で、地球規模の水循環と世界の水資源の持続可能性の研究における第一人者。『水の未来│グローバルリスクと日本』(岩波新書)など著書多数。

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