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Column

2021.10.21

EUGENE STUDIOがアートを媒介に考える、 これからの世界と社会。【前編】

文/倉田佳子

来月、11月20日(土)から東京都現代美術館にて、EUGENE STUDIO(ユージーン・スタジオ)の個展『ユージーン・スタジオ 新しい海 EUGENE STUDIO After the rainbow』が開催されます。2017年にも資生堂ギャラリーにて個展『THE EUGENE Studio 1/2 Century Later.』を開催したユージーン・スタジオは、日本を拠点とする寒川裕人のアーティストスタジオで、今回の展覧会は草間彌生さんやオノ・ヨーコさんが個展を行ってきた東京都現代美術館で、過去最年少、そして平成以降に生まれた作家として初となる個展です。

固定観念にとらわれずに作品を発表し続ける寒川裕人が考えるアートとは? 今回の個展についてなど、アトリエで制作に励む寒川さんとオンラインでつなぎ、インタビューを行いました。前編、後編にてお届けします。

スタジオビジット YouTube動画

「作品は100年後、1000年後まで成立します。僕よりも長く、作品には作品の人生があります。そのときに生きているだれかにとって、それらが豊かな未来への広がりになればと思います。」(寒川さん)

 ZOOM越しに見えるこれから東京都現代美術館へ運ばれる作品群とともに、ユージーン・スタジオ 寒川裕人は、未来を想像する。
これまでに金沢21世紀美術館や資生堂ギャラリー、サーペンタイン・ギャラリーなど国内外で平面作品から大型インスタレーション、映像作品、彫刻作品など自由な表現で展示を発表し、2021年にアメリカで監督をつとめた短編映画は、ヒューストン国際映画祭やブルックリン国際映画祭などをはじめ、アカデミー賞公認を含む10以上の国際映画祭での受賞やオフィシャルセレクションへの選出が続くなど幅広い活躍に世界から注目が集まっている。

 本展開催が決定してから、ここ1年半ほどで新作制作を同時進行し、作品点数を精査しながら最終構成を考えていくという。
今回、最新作のほか代表作として、資生堂ギャラリーでも展示された真っ白なキャンバスに世界のさまざまな国で100人ほど、あるいはひと家族という単位の接吻が刻印されたペインティングのシリーズ〈ホワイトペインティング〉(2017年-)や、スタンリー・キューブリック監督の映画『2001年 宇宙の旅』のラストシーンを彷彿とさせる大型の彫刻作品《善悪の荒野》(2017年)なども一堂に会し、それらが会場空間ならではの視点や哲学を響かせていく。

ユージーン・スタジオ 《ゴールドレイン》 2019年 作家蔵 ©Eugene Kangawa
ユージーン・スタジオ 〈ホワイトペインティング〉より 2017年 作家蔵 ©Eugene Kangawa

 いまや現代美術の世界の中にいる寒川だが、その世界に魅了されたのは高校生の頃。数々の巨匠の作品や思想に強い刺激を受け、好奇心とともに体系を学んでいった。そして、ある日を境に価値観が180度変わる。
「大学1年生のときに母親を亡くし、そこから数ヶ月たってから、ある瞬間に、ものの見方が大きく変わったということに気付きました。それまで理解できなかったあるひとつの作品が、この世でもっともいい作品に思えたのです。驚きでした。作品自体は変わらずにそこにあるからこそ、自分自身の人生の変化によって捉え方が変わった。現代美術の本質のひとつを、そこで実感したように思います。」(寒川さん)

 ネット普及以降、さまざまな社会の変化に即時に私たちはリアクションできるようになった。その反面、長い時間をかけてものごとを理解し、愛でる余白は少なくなってしまったかもしれない。パンデミックが起きてから、さらに過剰な情報摂取と対話が求められるいま、寒川はその原体験を胸に、本展で「共生」がコンセプトのひとつにあると言う。

ユージーン・スタジオ スタジオ風景 2021年  ©Eugene Kangawa 

「これはロサンゼルスで制作していたときに気づいたことなのですが、多様さの本質は、違いや、いますぐには理解できないことが”必ず”ともに存在しているということを、ごく自然に捉えられているか、にあると思います。まるで、息をすることと同じぐらい当たり前のこととして。視点や考えは無限で、グラデーションである。それを尊ぶ。自分の中にですら矛盾することがあってもいい。」(寒川さん)

 そしてその現代社会への示唆は、本展だからこそ投げかけられることだと続ける。
「今回は10シリーズ以上の作品が展示される予定です。6mや8mほどのペインティングから、小さなドローイングたち、巨大なインスタレーション、彫刻、白黒の映像作品など…。作品の内部自体に、多数の視点がキュビスムのように存在しているものもありますし、作品と作品の間にも、人と同じように共通することと相反する要素がある。それらが同じ場所にあるだけで、ひとつの共生の風景がある。さらにそれに人が出会い、様々な視点、想像が自由に起き得る、立体的で多重な風景が生まれる。」(寒川さん)

〈レインボーペインティング〉より 2021年 作家蔵 ©Eugene Kangawa
ユージーン・スタジオ 《善悪の荒野》2017年 作家蔵 ©Eugene Kangawa

 まさに本展で特別な形で展示される新作《想像》(英題:Image/Imagine)(2021)は、彫刻作品でありながらも、鑑賞者の想像力に大きく頼る作品である。 作家と彫像士の手によって“制作の最初から、あらゆる工程が真っ暗闇で”数ヶ月かけて制作された彫像は、つくった作家自身も当然、これからもだれひとり永遠に見ることはできない像として、完全な暗闇の中にしか存在しない。本展でそれにふれる、もしくはこの作品の存在を知った人は、それぞれの人生や社会との呼応によって、頭の中で像を描くことだろう。
「その像は、それぞれの人の人生やいまの状況によって、違う想像をされると思います。小さかったり大きかったり、仏像みたいだったり大理石だったり、土でできていたり...。展覧会において、暗闇でこの像に対峙する体験はとても強いものがあると思いますが、重要なのは、この像がたしかに存在しているということだと思います。知ろうとしても届かないことは、日常で頻繁に起きる。まったく知らない人、ものが、この世界にはともにある。この作品は、世界にこういうものも存在する、存在できる、それに想像を巡らせることができるとはどういうことなのか、という問いかけなのだとも思います。」(寒川さん)

 鑑賞者に考える余白を与えながら、ゆるやかに未来へと導くユージーン・スタジオの作品群。その鋭い未来予測は、日々どのような社会へのアンテナの張り方から生まれるのか聞くと、意外な答えが返ってきた。
 後編では、寒川が2年前から実践し始めたという社会との適度な距離の取り方を伺いつつ、そこから考えたいわたしたち人間が未来を更新するために必要なことについて話を掘り下げていく。

EUGENE STUDIO / 寒川裕人(ユージーン・スタジオ)

寒川裕人(かんがわ・ゆうじん 1989年アメリカ生まれ)の日本を拠点とするアーティストスタジオ。ペインティングやインスタレーション等を中心に、過去に資生堂ギャラリー(東京)個展「THE EUGENE Studio 1/2 Century Later.」(2017)、国立新美術館「漆黒能」(2019)、金沢21世紀美術館「de-sport」展(2020)ほか、サーペンタイン・ギャラリー(ロンドン)「89+」(2014)、資生堂ギャラリー100周年記念展でのイギリスの建築家集団アッセンブルとの展示、アメリカを代表する小説家ケン・リュウとの共同制作(2017)など。
2021年よりアメリカで発表された2つの短編映画は、ブルックリン国際映画祭、ヒューストン国際映画祭、パンアフリカン映画祭ほか、アカデミー賞公認を含む10以上の国際映画祭で受賞、オフィシャルセレクションの選出が続く。
https://the-eugene-studio.com/

『ユージーン・スタジオ 新しい海 
EUGENE STUDIO After the rainbow』
会期:2021年11月20日(土)-2022年2月23日(水・祝)
休館日:月曜日 (2022年1月10日、2月21日は開館 )、年末年始 (12月28日-1月1日 )、1月11日
開館時間:10:00-18:00(展示室入場は閉館の 30 分前まで)
観覧料:一般 1,300円 / 大学生・専門学校生・65歳以上 900円 / 中高生 500円 / 小学生以下無料
会場:東京都現代美術館 企画展示室 地下2F
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/the-eugene-studio/
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館
協賛:株式会社ゴールドウイン、株式会社資生堂

倉田 佳子

ライター/編集者

1991年生まれ。国内外のファッションデザイナー、フォトグラファー、アーティストなどを幅広い分野で特集・取材。これまでの寄稿媒体に、Fashionsnap.com、HOMMEgirls、i-D JAPAN、SPUR、STUDIO VOICE、SSENSE、TOKION、VOGUE JAPANなどがある。2019年3月にはアダチプレス出版による書籍『“複雑なタイトルをここに” 』の共同翻訳・編集を行う。CALM & PUNK GALLERYのキュレーションにも関わっている。

Photo by Mayuko Sato
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