今日は少し雰囲気を変えて、美ではなく都市の話をしよう。といっても、都市そのものではなく、都市から取り戻そうとする試みについてだ。
現代美術界でもっとも重要な賞のひとつと言われる、イギリスのターナー賞を2015年に受賞した「アセンブル」という15人組の建築ユニットの展示が、表参道のEYE OF GYREで行われている。その評価対象となったのは、イギリスのリバプールやグランビーといったエリアで行われた、地域再生プロジェクトだ。
イギリスではサッチャー政権以降、全面的に推進された新自由主義とグローバル化によって、貧富の差は拡大し、地方は孤立した。アセンブルがプロジェクトを行ったエリアでは、自治体による住宅の強制買収が進んだことで、かえってコミュニティが離散して街はゴーストタウンとなり、治安が悪化してしまったという。イギリスに限らず、ここ日本も、世界中のどこも、似たような状況だ。
アセンブルは地域に暮らす人々とともに街の再生に取り組んだ。例えばインテリアプロダクトをつくる工房を設立することで住民への雇用を創出し、商品の販売利益を地域再生活動に還元する。また別のエリアでは、古くから残る住宅を保存・修復し、廃材は暖炉の装飾に再利用した。廃屋を屋内庭園と、住民やアーティストのための集会場へ改修するプロジェクトも進んでいるという。これらは巨大な企業や行政に頼らず、自分たちの手によって、偶発性や即興性を楽しみながらつくられており、また彼らの建築、アート、デザインのノウハウによって、美しく仕上げられている。
こうした試みは、個人やNPOのレベルでは先例がある。例えば、アメリカ北西部の街、ポートランドで活動するNPO法人「シティリペア」。同名のプロジェクトでは、交通事故の多発する地域の交差点の地面に、街の有志たちがゲリラ的にペンキで絵を描き、交差点を市民の集まる場所に変えたことから始まった。当初は行政から違法行為との勧告を受けたが、実際に地域の治安や交通の安全性が改善されたため、ついには合法化し、現在では行政が推進しているという。彼らはこれ以外にも、交差点でお茶を無料配布したり、ブックスタンドのような小さな図書館を道に設置したりして、住民同士の会話を促している(ちなみにNPOの設立メンバーのひとりは、大学で建築を学んでいたという)。
「タクティカル・アーバニズム」は、主にアメリカから始まって、現在では日本にも普及している動きだ(2014年にはMoMAでこのテーマを扱った展覧会『Uneven Growth』が開催されている)。例えば、街路樹が植えてある、土が露出した場所のように、誰も関心を持たないような街の一角に、人知れず野菜や果樹の種を撒いて育てるゲリラ・ガーデニング。ストリート・アートのように道路にステンシルやスプレーでサインを施して、勝手につくった自転車レーン。空いた駐車場を利用したオープン・カフェや野外映画館。いずれも都市の構造そのものを破壊するまでには至らないが、自分たちで既存のインフラをアレンジしながら、長期的な視点にもとづいて、街という空間に潜んでいたさまざまなアクセスの回路を解放している。
共通点が見えてきただろうか。行政だけでなく、巨大な資本が行政を動かすことによって、都市はつくられ、促されてきた。ただ、確かに、都市はある種の豊かさをもたらしはしたが、街の片隅に生まれた小さなひずみは、時が経つにつれて、危機的なまでに大きく広がっていった。そしていま、都市は新たな局面に移っている。自分たちの日常を、消費経済の大きな構造から取り戻す試みが、各地でもう、始まっているのだ。
大事なのは、なにからブレイクアウェイ(注・離脱)するのか、ということ。まず民主的に選ばれたはずの政府よりも、金儲けを目的とした利益集団のほうが大きな権力をもって、私たちにより大きな影響を与えるという仕組みから、私たちはブレイクアウェイしなければいけない。
――ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ『いよいよローカルの時代』(辻信一との共著/大月書店)