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Column

2017.02.16

仕事を見続ける楽しみ 伊庭靖子「Paintings」展

文/花椿編集室

伊庭靖子さんの作品を初めて目にしたのは、もう20年くらい前になるだろうか。ゼリーをものすごく拡大し、そのぬめっとした質感と、ゼリーの表面に宿る光の粒子を描いた作品は、鮮烈な衝撃だった。それ以後、伊庭さんが描くモチーフはソファやクッション、陶器と時々に移っていったが、対象に接近して、その表面に宿る光を克明に描くというスタイルは一貫している。

Untitled 2017-01.(キャンバス、油彩 162 x 130 cm)

しかし今回、MISA SHIN GALLERYで発表された新作は、大きく変わっていた。陶器を直接描くのではなく、ガラス越しに(実際にはアクリルボックス越しに)描いているのである。そのため手前のガラス面に映った外部の風景も同時に描かれており、陶器の表面に宿る光と、ガラスに反射する外光というふたつの光点が共存する、とても複雑な、それでいて豊かな絵画空間が出来上がっていた。

Untitled 2017-03.(キャンバス、油彩 97 x 130 cm)

これは伊庭さんの関心が、ものの表面から、そのものを包む外部空間へと広がってきたことを示しているのだろうか。限りなく対象に接近する作風に辿り着く以前、伊庭さんは風景を描いていたことがある。ならばいずれ、伊庭さんが風景画に立ち返る日が来るのかもしれない。

同時代を生きる作家の仕事を見続ける楽しみはまさにここにある。その作家の転換点、ターニングポイントに出会えたとき、これまでの作歴を振り返り、そしてこれから進む道を想像し、心躍らすことができる。鑑賞者冥利に尽きるといえよう。今回の伊庭さんの個展は、そんな至福の時であった。

(花椿編集長 樋口昌樹)