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Column

2016.11.01

柳 幸典「ワンダリング・ポジション」

文//花椿編集室

柳 幸典さんは日本人には珍しい、社会的なメッセージを強く打ち出すタイプのアーティストだ。彼の代名詞ともいえる「The World Flag Ant Farm」(1990~)は、色とりどりの砂で各国の国旗をかたどった「Ant Farm(蟻の飼育器)」をそれぞれチューブで繋ぎ、国旗間を蟻が行き来することで次第に国旗の形が崩れていくという作品だ。国家と国境、そこを超えて行き来する人間の姿など、様ざまなことを考えさせられる。決して作者の考えを押し付けるのではなく、見るものの多義的な解釈を引き出してくれるところが、柳作品の持ち味だ。

Photo:Tatsuhiko Nakagawa

「The World Flag Ant Farm」と並ぶ柳さんの代表作といえば、瀬戸内海の犬島に残る精錬所の遺構を用いた「精錬所美術館」(2008)であろう。この作品は「イカロス・セル」「ソーラー・ロック」など、複数の作品の集合体なのだが、なかでも「イカロス・セル」が凄いらしい。らしい、などと曖昧な言い回しをしたのは、実はまだ犬島に行ったことがないからなのである。

Photo:Tatsuhiko Nakagawa

見たこともないのに書くな、と叱られそうだが、一度は犬島へと思いつつ、写真や映像を眺めるだけで、今日まで思いを果たせぬ日々を過ごしてきた。そんな私が、このたび「イカロス・セル」を疑似体験することができた。横浜のBankART Studio NYKで開催中の「ワンダリング・ポジション」展で、「イカロス・セル」のプロトタイプが展示されているのだ。精錬所内の複雑な通路を模して組み立てられた、迷路のような坑道の一方の口では燃え盛る太陽の映像が流れ、もう一方は建物の天窓に通じていて外光が入る。すべての曲がり角に綿密に計算された角度で鏡が取り付けられていて、坑道のどの場所に立っていても天窓から入ってくる光を、そして振り返れば紅蓮の炎を眺めることができるのである。

Photo:Tatsuhiko Nakagawa

これは実に強烈な視覚体験だった。私が行ったときは既に日が落ちていたので外光は弱々しかったが、晴れた日中であれば眩い光が差し込むという。作品のスケールは犬島の半分ほどだが、柳さんが言うには、コンセプト的にはこちらの方がやりたかったことに近いそうだ。犬島を体験した人もまだの人も、誰もが圧倒されることだろう。
そして「The World Flag Ant Farm」をはじめとするこれまでの代表作も見逃せない。常に一カ所に留まらず、世界を彷徨い=ワンダリングし続けてきた柳芸術の全貌を知ることのできる、またとない好機だ。

 
柳 幸典「ワンダリング・ポジション」  
http://bankart1929.com/archives/1079

 
(花椿編集長 樋口昌樹)