次の記事 前の記事

Column

無限の変容と高揚を鼓舞する、澤田知子のセルフポートレイト。

2021.03.26

文/住吉智恵

セルフポートレイトで表現を続ける写真家・澤田知子さんの個展が、恵比寿にある東京都写真美術館で開催されています。本展の見どころと澤田さんの作品について、アートジャーナリストの住吉智恵さんがご紹介します。

《BLOOM》部分 2017-2020年 インクジェット・プリント(22点組)作家蔵 ⓒTomoko Sawada

 写真家・澤田知子の公立美術館では初めての大規模な個展「澤田知子 狐の嫁いり」が開催されている。25年間にわたる制作活動を俯瞰し、新旧の代表作を作家自身の新たな視点で編み直したという本展は、展覧会全体を「狐の嫁いり」というひとつの新作と捉えている。
 澤田知子は1998年に、神戸の街なかにある自動証明写真機で撮影したおびただしい数のセルフポートレイトによる卒業制作作品《ID400》(1998)で注目を集め、国内外の数々の写真賞を受賞した。
「変わらないはずの内面と簡単に変わる外見」をコンセプトとしたこの作品で、400回変装して写真を撮り終えた後、最後に彼女はおもむろに髪を剃り、スキンヘッドでノーメイクの作品《SKINHEAD》を撮影。
 本展の展示空間でもっとも目を引きつけるのは、この坊主頭の大判のポートレイトである。澤田自身が「自分の全てのシリーズにつながる重要な作品」と記すように、ヘア・メイクという装飾をいっさい削ぎ落としたこの肖像は、「内面と外見の関係」という普遍的なテーマを問い続ける澤田の作品世界を貫いている。

《ID400》部分 1998年
自動証明写真機で撮影したオリジナルプリント/ゼラチン・シルバー・プリント(100枚組4点/4枚組1点)東京都写真美術館蔵 ⓒTomoko Sawada

 例えば、《Recruit》(2006)と《MASQUERADE》(2006)というシリーズがある。
履歴書に貼るリクルートスーツ姿の証明写真を作品化した前者と、キラキラに盛りまくったキャバ嬢の宣伝写真を仮面舞踏会になぞらえた後者は、一見対照的だが、「状況と相手に合わせて仮面をかぶった若い女性たち」と捉えればよく似ている。
 澤田は、本展「狐の嫁いり」のコンセプトは仮面とお面である、と記す。
「仮面は面をかぶって自分の正体を隠し、面を演じる必要はないのですが、お面はかぶった面を演じることが前提になります。」(本展作品リストより)
 人が仮面をかぶるとき、それは真の姿を隠すための変装であり、見る人を惑わそうとするときだ。就活中の学生も勤務中のキャバ嬢も、本当の自分でない何者かになりすますため、没個性的な黒髪や盛り髪、ナチュラルメイクや付けまつ毛で変装する。
 その何者かを積極的に「演じる」必要はない。ヘアとメイクでチョイチョイ変身するだけで、企業の人事課もキャバクラの客も心地よく化かされてくれるからだ。

《Recruit》部分 2006年 発色現像方式印画(100枚組3点)作家蔵 ⓒTomoko Sawada
《MASQUERADE》部分 2006年 発色現像方式印画(50点組)作家蔵 ⓒTomoko Sawada

 澤田のステイトメントはこのように続く。
「私の作品は仮面なのですが、作品をご覧になった多くの人はお面をかぶっていると思うようです。 私の作品を私と同じように感じたり理解してくれる人に出会ったことはありません。でもそれで良いのです。」
 ヘアスタイルを変えたり、アレンジすること。メイクを試したり、プチ整形を施すこと。
 女性が日常的に行うこれらの行為は、自分をより魅力的に感じよく見せたいと望む、自発的で健康的な意思によるものだ。そしてそれは生活や仕事のモチベーションに大いに影響するばかりか、脳や神経を刺激し、潜在的な生命力をも喚起するという。
 また澤田が提示するように、ヘア・メイクは状況や相手に相応しい人物に軽く変装したいときの便宜的なツールやテクニックにもなり得る。(たまにだが、女が女に変装するべき場面があるように)
 ヘア・メイクに象徴される「おしゃれ」を、豊かに自足・充実した仮面行為と捉えると、一気にいろいろなことが軽快になる。
自分に利する誰かのため、あるいは見えない規制のため、社会的理由で戦略的に「パフォーマンス」するのでもなければ、より努力や進化をして然るべきだと言われる筋合いもない。セルフィーや自撮りが流行り、声高に「多様性」が叫ばれるよりずっと前から、澤田知子のセルフポートレイトは観る人を「狐の嫁いり」のように惑わしてきた。

《glasses》部分 2006年 発色現像方式印画(10点組)作家蔵
《Decoration/Face》部分 2008年 発色現像方式印画(20点組)作家蔵 ⓒTomoko Sawada

 羨ましいほど楽しげな彼女の仮面行為は、フェミニズム的な思想背景やメンタルな治癒といった深読みを巧妙にかわしながら、装うことによる無限の変容を展開し、その高揚を鼓舞し続ける。
澤田の作品に触れるたび、誰もが内面と外面の関係に「定型」をもたないユートピアを思い描き、おのずと笑みがこぼれるのがわかるのだ。

《影法師》2018年
シングル・チャンネル・ヴィデオ、B&W、サイレント、ループ 東京都写真美術館蔵 ⓒTomoko Sawada
会場風景
Photo: Takeshi Asano
会場風景
Photo: Takeshi Asano

澤田知子|Tomoko Sawada
兵庫県神戸市生まれ、在住。成安造形大学造形学部デザイン科写真クラス研究生修了。 デビュー作《ID400》で2000年度キヤノン写真新世紀特別賞、2003年度木村伊兵衛写真賞、ニューヨーク国際写真センターのThe Twentieth Annual ICP Infinity Award for Young Photographer 受賞。2009年から文化庁新進芸術家海外研修制度により、2年間ニューヨークにて研修。世界各地で展覧会を開催するほか写真集や絵本を出版。 主なコレクションに、東京都写真美術館、京都国立近代美術館、兵庫県立美術館、The Museum of Modern Art(ニューヨーク)、International Center of Photography(ニューヨーク)、Brooklyn Museum, New York(ニューヨーク)、San Francisco Museum of Modern Art(サンフランシスコ)、National
Gallery of Art(ワシントン)、Maison Europeenne de la Photographie(パリ)など。 東京
都写真美術館では、「日本の新進作家 vol. 7 オン・ユア・ボディ」展 (2008)、「第9回恵比寿映像祭」(2017)等に出品。
公式インスタグラム @tomokosawada_artist
公式ホームぺージ http://tomokosawada.com/

「澤田知子 狐の嫁いり」
開催:東京都写真美術館 2階展示室
期間:2021年3月2日(火)~5月9日(日)
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-3848.html
もっとみる

この記事に関するタグ検索