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花椿アンビエント

2021.10.15

花椿アンビエント - Music for Peace of Your Mind

『花椿』より、環境の音楽をお届けします。
10月15日発行の『花椿』のテーマは“Living on this beautiful planet”。地球との共生の在り方を模索した今号では、特集の一部で宮沢賢治の思想を特集しています。童話作家として知られ、その幻想的な世界観で今なお多くの人々を魅了する宮沢賢治ですが、彼の世界観の根底には四次元*へのまなざしがあったといいます。その意味については諸説ありますが、賢治が「第四次元」という感覚をとおして伝えたかったことは、私たちを取り巻く神羅万象に対して“想像力をもつこと”だったのではないかと思います。
*一般的には私たちが生きる三次元の世界に時間軸を足した空間のことを指します。

今回はそんな宮沢賢治の世界に着想を得て、“四次元の音楽”をテーマに3組の音楽家に楽曲を制作いただきました。それぞれ、ご自身によるライナーノーツもご紹介いただいております。宇宙の彼方に意識が立ち昇り、まるで世界と身体がひとつになるような音楽体験をお楽しみください。

心地よい音につつまれ、鎮まる心。あなたの日々の生活のひとときが、美しい時間になりますように。

  1. 透明な揺籠 - 上原 菜々恵
  2. 薤露青 / Kairosei - 冥丁
  3. The Universe in Ore - UNKNOWN ME

透明な揺籠 - 上原 菜々恵

この楽曲が、一人ひとりの''架空の理想郷''に繋がる橋渡しのような曲になれたら嬉しいです。眠る前や、落ち着きたいときに聴いてください。

〈歌詞〉

what do you see when you close your eyes?
目を閉じたとき、何が見える?

memories from the past apear from the darkness
暗闇からのぞく思い出たちが、

and may they become a warm light that will shine on you.
あなたを温かく照らす光になりますように。

夢幻(むげん)の橋
海の向こう側

what do you not see when you open your eyes?
目を開けたとき、何が見えない?

even the shadow that is born from the light
光から生まれる影も

is an unchangeble piece of you.
あなたの大事なカケラ。

and you will gather them to light your path.
拾い集められますように。

心の体温
あなたの世界

〈 間奏 〉

泡沫(うたかた)の夜明け
揺り籠の中で目を覚ます。

上原 菜々恵 Nanae Uehara
1999年生まれ。アンビエント・ミュージックをとおして音楽から放出されるエネルギーそのものを表現する音楽家。2021年、「生命に内存する自然治癒力を促進する物質」というコンセプトのもとに1stアルバム『fibrlin』を発表。世界を舞台に活躍するアーティストを目指して活動中。https://nanaeuehara.bandcamp.com

薤露青/ Kairosei - 冥丁

宮沢賢治作品の中でも「薤露青」は僕の印象に残り続けている作品の一つになります。もともと「薤露青」は音楽用五線譜のノートの裏面に書かれていたようですが、消しゴムで消されてしまっていたようです。その後1972年に『ユリイカ』8月号で復元され、世に発表されることになりました。こういった経緯も含めて、不思議ないわくの付いた作品に謎めいた魅力を感じています。興味深いことに、この詩の中には「銀河鉄道の夜」にあらわれるモチーフも登場しています。未だ不明点も多く残っていますが、儚く美しい日本像を感じることができる作品だと思います。

音楽家の立場から少しお話をさせて頂きますと、「薤露青」には未発表音源のような部類に入る小作品、といった趣を感じています。制作が始まり、着想し、想像を積み重ねた後、目の当たりにする音楽(作品)の原型。ですが、何故か制作中の音楽と自分との間に感覚的なズレを感じることがあります。自分の精神とは異なる部分から、不意打ちのように訪れる音楽もあれば、そうではないものもあります。実際は自分自身でそこに何らかの意味付けをして完成と未完成のタグを付け分けているだけかもしれません。このように考える僕だからか、この「薤露青」には作者の匿名的な感情が秘められているようにも感じてしまいます。

数々の記憶の断片が象られて世界に色が生まれるように、さまざまな感情が溢れ始める。

「薤露青」には完成することのない未完の美が表現されているように思います。それが”生きる”という生の概念であるということにも気づかされます。繰り返される終わりの始まりに、そして完成前の姿に、自然がもつ生命の結晶が隠れている。それこそが僕が目指したこの音楽の終点であり、「薤露青」で垣間見た世界でした。

是非この機会に文庫本『宮沢賢治詩集』をお手に取って頂き、この楽曲に触れて頂けたら嬉しく思います。

有難うございます。

作曲時に音の色調/印象を連想するために参考にした15の要素を以下に。*僕自身の言葉に変換されているものも含まれています。

1. 南十字へ流れる水
2. 銀の粒子
3. 霧のような燐光 
4. プリオシンコースト 
5. 水晶のような砂 
6. マゼラン星雲 
7. 夜空を這う蠍 
8. 血紅の瑪瑙 
9. 水銀色の水 
10. 渚に咲くリンドウの花
11. 清らかな月影 
12. 天の川の流れ 
13. 命の儚さ
14. 青銅の孤独 
15. 天球に降る流星

冥丁 Meitei
広島在住の音楽プロデューサー。現代的技巧と日本への深い敬意を融合させた三部作、『怪談』、『小町』、『古風』で国内外の好評を博す。日本古来の音楽と豊かな歴史、文化の多様性を世界へ伝える、近年のアンビエント・ミュージックの先駆者の一人。https://meitei.bandcamp.com/

The Universe in Ore - UNKNOWN ME

宮沢賢治は、ある種蒼く、禁欲志向が強く、不器用で、自然を愛し、経済発展よりも心の豊かさを願い、プロレタリアート的な農民芸術概論をぶち上げ、世界的視野をもちエスペラント語を学び、時に都市に憧れを抱き、時に田園を信仰するなど、多分に極端で非現実的、理想主義的な側面があり、さまざまな矛盾を抱え、また矛盾に引き裂かれながら、万物の深遠に目を凝らし、創作を続け、そして志半ばに生涯を終えた人物だったように思います。

個人的には、流布する聖人賢治像には違和感もあるのですが、賢治の残した作品は、多面的でさまざまな解釈ができる抗うことができない磁力、フィロソフィーを有しており、桃源郷とも彼岸とも取れる賢治ワールド、救済のヴィジョンは、永遠の未完成、未確定だからこそ、より強い求心力をもち、信奉者達は必然的に、キリスト死後の伝道者パウロのように聖人伝説をつくり上げるのでしょう。

そういったことを念頭に、今回は賢治が愛した鉱石をテーマに曲をつくりました。子供のときから「石っこ賢さん」と呼ばれ、東京で人造宝石のビジネスをしようと試みたこともある賢治ですが、鉱石を生涯愛でたということは、賢治にとって何か本質的で根源的資質に纏わる事象だと感じたからです。曲のタイトルは「鉱石の中の宇宙」で、賢治は鉱石の中に無限の宇宙を見たのではないかという見立てのもと、曲中でスピーチされるのは、全て賢治の作中に登場した鉱石の名前です。更に、賢治が抱えた仏教とキリスト教の混在感、四次元=イーハトーブ=理想郷的イマジネイティブな音世界なども織り込みました。作曲メンバー3人で音を重ね、私がアレンジとミックスをしました。楽しんでいただけたら幸いです。

やけのはら(UNKNOWN ME)

UNKNOWN ME
やけのはら、P-RUFF、H.TAKAHASHI、大澤悠大によって構成される4人組アンビエント・ユニット。2021年4月、米LAの老舗インディー・レーベル「Not Not Fun」より、都市生活者のための環境音楽であり、心と体の未知の美しさをテーマにした待望の1st LP『BISHINTAI』をリリース。https://unknownme.bandcamp.com/

Music produced by Nanae Uehara, Meitei, and UNKNOWN ME.
Mastered by Chihei Hatakeyama.
Artwork by Katsura Marubashi (SHISEIDO).
Presented by Hanatsubaki Magazine, Shiseido.
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