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見る猿、聞く猿、言う猿

2019.11.29

見る猿、聞く猿、言う猿 Vol.3 尾崎世界観がみる、ジェイ・チュン&キュウ・タケキ・マエダ 「Surface and Custom」

写真/当山礼子

文/上條桂子

ヘア&メイク/谷本慧

メロディに乗せてメッセージがダイレクトに届く音楽と、テキストを味わううち、じわじわと言葉がしみ込んでくる小説。その両方を活動の軸にするクリープハイプの尾崎世界観さんが見る現代美術。第3回は、ドイツ・ベルリンを拠点に活動するアートデュオ、ジェイ・チュン&キュウ・タケキ・マエダ(以下J&Q)による「Surface and Custom」を鑑賞した。資生堂ギャラリー100周年を記念した展覧会であり、本展は資生堂のヴィジュアルイメージの変遷を扱ったJ&Qの作品《Moulting》と彼らがセレクトした5名のアーティストによる作品で構成されている。メディアや表現手法もさまざまで感覚的に楽しめる作品もあるが、資生堂ギャラリー100年の歴史やその背景を想像しながらじっくり見ていると、一見関連がなさそうな作品同士が徐々に共鳴し始める。

Jay Chung & Q Takeki Maeda《Moulting》2019

この展覧会の契機になったのはJ&Qの作品《Moulting》だ。Moultingとは脱皮や羽化という意味を表す。彼らは美術史や美術批評、その周囲にまつわる活動や言説を扱いながら、常にアートの権威性について批評的であり、ユーモアとアイロニーをもってアートそのものに疑問を投げ掛けるような作品をつくり続けている。本作品では、近代の日本文化において西洋の美学がどう影響してきたかを語るにあたり、資生堂が創業時より積極的に西洋のモダンアートやファッション、カルチャーを紹介してきたことに着目。膨大なアーカイブから包装紙やパッケージ、新聞広告やポスター、現在の『花椿』の前身である『資生堂月報』等のヴィジュアルを構成し、スライドショーを作成した。リストを見ると1920年代から1950年代までのものが取り上げられている。

Jay Chung & Q Takeki Maeda《Moulting》2019
「Surface and Custom」展 ポスター

最初のイメージは、本展メインヴィジュアルにも起用されている資生堂のデザイナーだった矢部 季デザインによる包装紙だ。これは、イギリスのイラストレーター、オーブリー・ビアズリーが手掛けた『Volpone(1898年版)』という本の装丁デザインをアレンジしたものである。その後、写真や広告ヴィジュアルが続くが、初期のデザインは植物的な流麗な曲線がエレガントな印象のアール・ヌーボー形式、その後アール・ヌーボーに幾何学的なモダンさが加わったアール・デコを採り入れたデザインとなり、西洋の文化を意識した“資生堂調”のデザインが確立していく。私たち日本人は資生堂が発信するヴィジュアルから、西洋のスタイルを最先端のものとして憧れを持って受け入れたのだろう。それは、女性の化粧やファッションという生活に近い文化のなかで広まり、やがて定着していく。ヴィジュアルはポスターや広告などのグラフィックだけではなく、陳列台の設計図やショーウィンドウ、家具や空間の写真など多岐に及んでいるのも面白い。

「既にあるイメージから新しい作品をつくる、音楽で考えるとヒップホップなどにおけるサンプリングの手法に近いのと感じました。僕らが普段聴いている音楽も必ずなにかの影響を受けてつくられていると思います。当時は日本に西洋文化が一気に入ってきた時代なので、西洋の美術史を知るとさらに流れがよくわかるのかもしれないですね」と尾崎さん。

この作品はドイツ・ケルンのクンストフェラインで今年4~6月に開催されたJ&Qの個展「The Auratic Narrative」で最初に発表されたという。海外の来場者は、この作品をどう見たのだろうか。

Klara Lidén《ライトボックス》2019 / Pierre Leguillon《Mérida》2018

階段を下りたギャラリーの中央で展開されるのが、クララ・リーデンによる新作インスタレーションだ。彼女はスウェーデン・ストックホルム生まれで、現在、ドイツ・ベルリンを拠点に活動するアーティスト。都市の環境や社会構造というフレームに対し、自身の身体を用いて反応しながら、街にある素材を用いて彫刻やインスタレーション、パフォーマンスを発表している。リーデンはこの展覧会に参加するにあたり、東京・浅草に10日間滞在し、路上でフィールドワークを行い、収集したもので新たな作品を制作した。

リーデンは街を見るときに、自らの身体にルールを課すのだという。今回の制作では、街を歩くにあたり「常に右側を意識すること」「街で見つけたものの役割を一つひとつ確認すること」を試みた。そうして、バリケードや椅子、標識をピックアップし、段ボールでライトボックスを制作した。

Pierre Leguillon《Mérida》2018

ベルギー・ブリュッセル在住のピエール・ルギヨンは、「The Museum of Mistakes(間違い美術館)」を自ら運営しており、アートが社会に受け入れられていく仕組みそのものを再考するアーティストだ。彼が展示したのは5枚の“絵画”である。《メリダ絵画(メートル毎の切り売り)》と名付けられた作品は、福岡県の八女で絣(かすり)職人の下川強臓とともに制作したものだ。その柄は、2017年にメキシコのメリダで訪れたバーの壁の柄がモチーフになっている。壁に描かれた多様な色とかたちが躍るイメージをどうしても忘れられず、織物で再現したという。また、ルギヨンは1メートルごとに異なる多彩な表情を見せる絣(かすり)を“絵画”作品として解釈。さらに、作家が定めたルールに基づき、メートル単位で作品を販売する。この販売の仕組みも含めて作品なのだ。
額に入れられた絣の織物は、普通に見ても美しい。確かに並んだ5枚をよく見ると微妙に表情は異なる。だが、これは絵画と呼べるのか。では絵画とは何を指すのだろうか。はたまた工芸と美術の違いは何なのか……、次々に疑問が湧いてくる作品である。

【販売についてのお問合せ:merida.order@gmail.com

竹岡雄二《七つの台座》2011

ドイツ・デュッセルドルフを拠点に活動する竹岡雄二は、彫刻を学んでいくうちに彫刻を見せるための「台座」に着目し、「台座彫刻」という形式に取り組む。その後、ガラスケースやショーケースなどの“作品を見せる空間”に意識を向けた「空間の呈示」、さらには「空間ディスポジション(転移・転換)」という概念で活動を続ける。本展では、1986年にデュッセルドルフのコンラッドフィッシャー・ギャラリーの初個展で初めて発表した、オーギュスト・ロダン、アルベルト・ジャコメッティ、ウンベルト・ボッチョーニ、マルセル・デュシャンの台座彫刻のドローイングを展示した。

台座を考察するおり、彫刻的、物体的、形態的に考えて制作していくと同時に、哲学的、観念的、美術史的に台座を考察していきました。当然他の作家の作品を目にしたり、目録等で自分なりに考察していきました。その時にこれらの作家の作品を考えていく時、冒険的でしたが彫刻やレディメイド(客体)を置いている台、台座、椅子のみをドローイングしてみたのです。その状況設定の中で、一つの「もの」として見せるには、パラドックス的に影を付ける必要性があったのです。(展覧会「ハンドアウト」より 竹岡雄二)
Sara Deraedt《ケルン大聖堂》2019

会場にぽつんぽつんと点在するA4サイズのドローイング。決して大きくはないが、重厚感があり存在感のあるイメージの作品を制作したのは、本展の参加作家で一番若い1984年生まれ、ベルギー・ブリュッセル在住のサーラ・ドゥラートだ。ケルンの大聖堂を描いたという3点のイメージだが、それ以外の情報は一切書かれていない。アーティストトークの際にも、作家は多くを語らなかった。

本展の作家をセレクトしたJ&Qが、作家たちを招待する際に伝えたのは、「資生堂ギャラリー100周年の展示であること」「参加作家全員の名前」、「可能な限りオープニングに来ること」、「新旧作問わない」のみだったという。作品のチョイスは、各自に委ねられた。J&Qが、会ったこともなく、仕事だけを知っていた作家もいた。全員揃ってインスタレーションすることを想定していたが、台風19号の到来で全員での共同作業は実現しなかったという。J&Qが作家と基本個別にやりとりをし、事前にプランを提示した作家もいたというが、ドゥラートの作品は最後まで分からず、設営するときに作家が手で運んで持ち込んだのだという。展示空間のなかで、一番ミステリアスな存在であるが、描かれているのは誰もが知っている世界最大のゴシック様式の建築で世界遺産にも認定されているケルン大聖堂だ。ケルン大聖堂で、入手した日本語パンフレットも会場には置かれていた。シンプルな紙に鉛筆で緻密に描かれた、荘厳な建築物が示す意味は何なのだろうか。何を思いながら、ケルン大聖堂を描いたのだろうか。作家は慣習的な作品の説明を省き、見る人に委ねる形の方が、作品の佇まいとして寛大だという。

Carissa Rodrigues《The Maid》 2018

奥のギャラリーで流れている映像はニューヨークを拠点に活動する作家、カリッサ・ロドリゲスの作品《The Maid》だ。画面に大きく映し出されているのは、シェリー・レヴィーンによる彫刻作品《ニューボーン》というシリーズ。透明と黒のガラスで制作された作品は、コンスタンティン・ブランクーシが1915年から1920年にかけて発表した彫刻シリーズをもとにしたアプロプリエイション(盗用)作品である。アプロプリエイションは1970年代後半に登場した表現手法であり、レヴィーンは代表的な作家。そのテーマはウォーカー・エヴァンスやエリオット・ポーターの写真やマルセル・デュシャンの《泉》を模したブロンズ彫刻、そしてブランクーシの一連の作品が有名だ。
ロドリゲスは、レヴィーンの作品が所蔵されている個人宅や展示される文化機関に赴き、映画的な手法で撮影を試みる。それを編集し一本の映像を作り上げた。ひとりの作家から生み出された作品が、アプロプリエイションによってさらなる作品を生み、コレクターや美術館へと旅立っていく(それをまたロドリゲスは作品化する)。その連綿と続く繋がりを「家族関係」的だとロドリゲスは言及する。

展覧会をひと通り見終えて、尾崎さんは言う。
「いままでここで見た展覧会のなかで一番難しかったです(笑)。いまでも、すべてをわからない作品もあります。でも、難しいから嫌だという感じはありません。作家から問題用紙をつきつけられているような、考え甲斐のある展示でした。まだまだわからないことはいっぱいあるんですけど、わからないことがあることへの安心感が得られたという感覚です。また、この展覧会に向けて、それぞれの作家の気持ちが通じ合っているという印象を受けました。これからも、こういう展示がもっとたくさん見られるといいですね」

これらの作品を見て、再度J&Qのスライドショーを見ると、単に資生堂の歴史の断片を見せているだけでないことがわかる。会場のハンドアウトの言葉を読みながら見ると、少し作品に近づけるような気もする。作品を見ながら、美術史の文脈にアプローチしてみてもいいし、違うジャンルから読み解いてみるのも一興だ。一人で考えながら見るのが難しかったら、数人で話をしながら見ればいい。連想ゲームのように思考がだんだん広がっていき、別々の作家の作品がひとつの空間で共鳴し合うだろう。解釈に正解はない。展覧会を自由にとらえて、思考の飛躍と連鎖を楽しみたい。

「「Surface and Custom」 ジェイ・チュン&キュウ・タケキ・マエダ、サーラ・ドゥラート、ピエール・ルギヨン、クララ・リーデン、カリッサ・ロドリゲス、竹岡雄二」展
会期:~2019年12月22日(日) 入場無料
開館時間:平日11:00~19:00、日・祝11:00~18:00
定休日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合も休み)
住所:東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビルB1
TEL:03-3572-3901
詳しくはこちら→資生堂ギャラリー公式サイト

尾崎世界観

ミュージシャン

バンド「クリープハイプ」のボーカル、ギター。独自の観察眼と言語感覚による表現は歌詞だけでなくエッセイや小説でも注目を集める。著書にエッセイ集『苦汁100%』『苦汁200%』、小説『祐介』(すべて文藝春秋)、エッセイ集『泣きたくなるほど嬉しい日々に』(KADOKAWA)などがある。2021年1月に発表された小説『母影』(新潮社)は、芥川賞にもノミネートされ話題となった。同年12月8日にはニューアルバム『夜にしがみついて、朝で溶かして』が発売。2022年4月に歌詞集『私語と』(河出書房新社)を刊行した。
2023年3月には幕張メッセ国際展示場・大阪城ホールというキャリア史上最大規模の会場にて、アリーナツアー 2023「本当なんてぶっ飛ばしてよ」を開催する。
http://www.creephyp.com

ジェイ・チュン&キュウ・タケキ・マエダ

アーティスト

ジェイ・チュン 1976年、米国マディソン生まれ。キュウ・タケキ・マエダ 1977年、名古屋生まれ。共にベルリン在住。近年の個展に「The Auratic Narrative」(ケルン・クンストフェライン、2019年)、「New Images」(House of Gaga、メキシコシティ、2018年)、「Jay Chung and Q Takeki Maeda」(statements、東京、2017年)、「Jay Chung and Q Takeki Maeda」(Essex Street、ニューヨーク、2016年)、「Dull and Bathos」Galerie Francesca Pia、チューリッヒ、2015年)など。

谷本 慧

ヘア&メイクアップ アーティスト

1986年生まれ。大阪出身。大阪の店舗を経て、上京後、原宿BRIDGEに7年間所属。2019年CITY LIGHTS A.I.R.に参加。サロンワークを軸に、広告、雑誌、TV、MV、CDジャケット等、音楽を中心としたヘアメイクを担当。
https://www.instagram.com/3104tanimoto/
https://satoshitanimoto.tumblr.com/

当山礼子

写真家

沖縄県出身。2014年から雑誌、webなどで活動中。
https://www.instagram.com/reiko_toyama/
https://www.instagram.com/reikotouyama/

上條桂子

ライター/編集者

雑誌でカルチャー、デザイン、アートについて編集執筆。展覧会の図録や書籍の編集も多く手がける。武蔵野美術大学非常勤講師。著書に『玩具とデザイン』(青幻舎)。2022年10月には編集を手がけた『「北欧デザイン」の考え方』(渡部千春著、誠文堂新光社)が発売。
https://twitter.com/keeeeeeei
https://www.instagram.com/keique/?hl=ja