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Column

2020.11.19

VIRTUAL ART BOOK FAIR 2020 Vol.3 オランダのアートブックが注目され続ける理由。

文/深井佐和子

11月16日(月)からスタートした「VIRTUAL ART BOOK FAIR」(以下、VABF)では、「Guest Country」としてオランダが特集されています。『花椿』でも2013年からヴィヴィアン・サッセンをはじめ、オランダ出身のアーティストの方々とコラボレーションを行ってきました。オランダでの在住経験があり、オランダのフォトグラファー、アートブックに深くかかわる、インディペンデント・キュレーターで編集者、ライターとして活躍する深井佐和子さんが、なぜこれほどまでにオランダのフォトグラファーやアートブックが世界で注目され続け、そして愛されるのか考察してくださいました。

 

世界で活躍するアーティストたち

 2009年に始まったTokyo Art Book Fair。昨年は東京都現代美術館で開催され、2万人以上の来場者を迎えるなど現在ではアジア最大の国際アートブック・フェアとして注目されているが、今年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止の観点から、2020年11月16日(月)〜23日(月・祝)にバーチャル空間でVABFとして開催されている。メイン企画の一つである、毎年ひとつの国やエリアの出版文化に焦点を当てる連続企画「Guest Country」の5回目となる今年の特集は、オランダ。ヨーロッパの中でもとりわけ盛んなアートブック事情、そして賑やかなフォトグラファー市場で知られるオランダのシーンを紐解く企画展が複数開催中だ。

 北ヨーロッパに位置する小さな国オランダは、日本ではチューリップや風車で知られているが、実はアーティスト大国でもある。レンブラント、フェルメール、そしてゴッホら国立美術館の常連たちも皆オランダ出身であり、その流れはしっかりと現代まで受け継がれている。とりわけ2000年以降、現代写真が興隆してからはますますアート界でのオランダの存在感は大きくなっている。カルチャー指数の高い人ならば、オランダは自国発のハイ・ファッションには乏しいものの、ファッション誌のアートディレクターやファッション・フォトグラファーを多く輩出していることをご存知かもしれない。アートディレクター、ヨップ・ヴァン・ベネコム(Jop van Bennekom)とゲルト・ユンカース(Gert Jonkers)が手がける『Fantastic Man』や『The Gentlewoman』はファッション誌界に革命を起こしたし、古くは80年代からNYの『Vogue』などで活躍し続ける写真家デュオ、イネス&ヴィノード(Inez & Vinoodh) に始まり、ルイ・ヴィトン、アクネ、ディオール、ボッテガ・ヴェネタ、フィリップ・リムなど世界の名だたるブランドのキャンペーンを手がけるヴィヴィアン・サッセン(Viviane Sassen)は今や世界トップのファッション・フォトグラファーとして知られる。今年東京2020オリンピック公式アートポスターの一つに選出されたことでも注目を集めた他、花椿でも2013年から14年にかけて1年間の表紙撮影を務め、2015年4月号ではカバーストーリーにてコラボレーションを行った。

『花椿』2013年1月号(12の顔シリーズ)
Photo by Viviane Sassen
『花椿』2013年10月号(12の顔シリーズ)
Photo by Viviane Sassen
『花椿』2015年4月号は、光をテーマに京都で撮影した。
Photo by Viviane Sassen

 他にもバレンシアガやマルタン・マルジェラから熱いオファーを受けるシェルテンス&アベネス(Scheltens & Abbenes)や、若い世代ではエルメスなどをクライアントに持つサラ・ヴァン・ライ(Sarah van Rij)など、まさに国際的スターの宝庫。ファッション以外では、2020年1月刊行『花椿』春号(No.826)での撮り下ろしも記憶に新しい写真家シャルロット・デュマ(Charlotte Dumas)は、動物のポートレートを通して現代社会を見つめ続ける作品が評価され、世界各国で大規模展覧会を開催し、日本でも現在銀座メゾンエルメス フォーラムで「ベゾアール(結石)」展が開催中など活躍している。

他にもオランダを代表する写真家リネケ・ダイクストラ(Rineke Dijkstra)は2017年には写真界最大の賞の一つ、ハッセル・ブラッド賞を受賞するなど現代アートの中で写真を語る際、オランダは外せない国なのである。

『花椿』2020年春号
Photo by Charlotte Dumas
『花椿』2020年春号
Photo by Charlotte Dumas
『花椿』2020年春号
Photo by Charlotte Dumas

クリエイティブを生み出す風土

 ではなぜオランダがそれほど注目されるのか、その魅力は一体どのようなところにあるのだろうか。長身で知られるオランダの人々はその合理性追求主義でも知られるが、とにかく自然体で生産的。どんな著名なアーティストでもスターでもふらりと運河沿いを歩き、地に足がついた暮らしぶりに驚かされる。何よりもアーティストたちの豊かな創造性は尽きることなく、しかもそれが社会的に特異とみなされず、「職能」としてフェアに扱われていることが印象的。だからアーティストは自分の「表現」を「職業」と捉え、日々より良い仕事をしていくことに集中することができる。また、一貫してリベラルな視点と、既存の観念にハマることを嫌がる国民性が、常に作品に対してクリエイティブな姿勢を生み出している。

『花椿』2019年春号
Photo by Scheltens&Abbenes
『花椿』2019年春号
Photo by Scheltens&Abbenes

 デザイン大国であるがゆえにアートとデザインの距離も非常に近く、その多くは常にオーバーラップしながらもしっかりとお互いが自律している。そのため写真表現もグラフィカルな要素が強く、対象がモデルでも服でも、そこに既存の「色」「シェイプ」「期待されるアウトプット」への固定観念は見当たらず、形状をグラフィカルに捉えて新しい表現に持ち込んでいく柔軟さがある。それゆえに表現は多くの場合ジェンダーニュートラルで、そのことが早くから21世紀的とみなされていた理由なのかもしれない。この「自律性」と「ニュートラル」が社会においても、ファッション表現においても、アートにおいても広く共通する要素で、要はオランダの魅力は一貫して、その「態度」ということになる。「態度」は「ポーズ」でも「表層」でもなく、もっともっと深いところから生まれてくるものなのかもしれない。そして何より、「自由」である。その風通しの良さも、人々を引きつける理由なのだろう。「表現」で「自由」になる。それは人間としてとても根源的で、そして理想的なライフスタイルなのではないだろうか。

 早くから企業ブランディングにデザイナーも参画するなど、デザインの社会的存在感が強いオランダではアーティストとアートブックの関係性も密で、他諸国のようにアーティストの作品をまとめる「総集編」としてのアートブックではなく、アーティストがデザイナーと協同し、本というメディアを使って表現することも伝統的に行われてきた。アーティストやデザイナーのプロジェクトに対しての公的支援も手厚く、そのため小さな国ながら世界トップレベルのアートブックが毎年生まれてくる、とてもワクワクする場所でもある。
 世界で唯一、日本と国交400年を誇るオランダ人は親日家でもあり、日本のアートブック界との交流も盛んで、フォトグラファーやブックデザイナーが日本を訪れることも多くある。オランダとは異なるが、世界でも類を見ないほど豊かな伝統と技術を持つ日本の出版文化は世界各国からリスペクトされており、それぞれ違う美的感覚と技術を持つ二つの国のアーティストたちが表現を通じてコミュニティを築いていることは、とても豊かなことである。今回のVABFでは、オランダを代表するパブリッシャー達もこぞって参加。またオランダのアートブックの歴史を紐解き、現在を垣間見れる企画展も複数用意されており、最新のオランダのアートブックや、デザイナーのインタビュー映像などを数多く見ることができる。ピンとくる本との出会いや、アーティストの作品やインタビューを通して、オランダという地球の裏側にある小さな国が持つクリエイティブなエネルギーをぜひ感じてほしい。

*記事内でご紹介した2019年春号、2020年春号はVABF KIOSKで販売予定です。ウェブサイトをチェックしてください。

深井佐和子

ライター/編集者/キュレーター

東京生まれ。上智大学文学部卒業。現代写真ギャラリー、アートブックの出版社にて10年勤務した後独立。2014年から4年に渡るロンドン、アムステルダムでの生活を経て現在は東京を拠点にアートプロジェクト・マネジメントを行う他、翻訳、編集などを行う。
https://www.swtokyo.jp/