日本を代表するアートブックフェア「TOKYO ART BOOK FAIR」(以下、TABF)が今年は「VIRTUAL ART BOOK FAIR」(以下、VABF)という名のもと、バーチャル空間にて開催されます。同フェアは2009年の立ち上げ時より、国内外の出版社・ギャラリー・アーティストが来場者と出会い、コミュニケーションを図れる魅力的な場であり続けてきました。今年は新型感染症の世界的な流行により、大規模なイベントは軒並みキャンセルという状況になり、TABFも初めてのバーチャル空間での開催を試みることになりました。本企画では、VABFに携わる方々に、3回に分けてお話をうかがいます。第1回はTABF ディレクター/ブックショップ「POST」代表の中島佑介さん、TABF プロジェクトマネージャー/編集者の東直子さん、TABF アートディレクター/グラフィックデザイナーの田中義久さんにご登場いただき、これまでのTABFでの試行錯誤と今回のバーチャルでの試みについてお話をうかがいました。
TOKYO ART BOOK FAIRを、DIY
——2020年のTABFは東京都現代美術館での開催が予定されていましたが、バーチャル空間での開催となりました。開催決定までの経緯や皆さんの想いについて教えてください。
中島佑介(以下、中島) ちょうど僕たちが動き始めた直後ぐらいに緊急事態宣言が出て、美術館の方から「この状況では開催できるかどうかわからない」と言われてしまったんです。その頃のミーティングは、結構暗澹とした雰囲気でしたね。
東直子(以下、東) 私たちもコロナに振り回されて、募集にストップをかけたり、延期するという話が出たり……でももう、振り回されるのが嫌になったんですよね。
中島 それで自分たちでできることをやろうという話になり、バーチャルの案が出てきたんです。TABFはこれまでに何度も会場を移し、毎回ターニングポイントを迎えてきたんですけれど、DIY精神と実験精神で何とか乗り切ってきたようなところがありました。なので、今年も今だからできることがあるんじゃないか、と。おそらく、皆それぞれにバーチャルの可能性に気づいていたんだと思います。
東 インディペンデント出版は、そもそもインターネットの普及と共に発展してきたところがあったと思うんですね。TABFを立ち上げた2009年は、世界的にインディペンデントパブリッシングが盛り上がっていた時期でした。なぜかというと、パソコン1台あれば誰でも本をつくり、どこにでも発信できるようになったからです。それで世界中に本をつくる人が増え、そうしたムーブメントに呼応する形で2006年にNEW YORK ART BOOK FAIRが始まり、今のTABFがあります。そして今回、VABFを開催することになり、いざ出展者の方にヒアリングを行ってみると「インスタライブをしたいです」とか「YouTubeで配信したいです」とか、いろんなアイデアが出てきて。意外と皆さん、もう準備はできていたんだと思いました。なので、半ば強制的にバーチャルのフェアを行うことになったわけですが、手探りながらも社会情勢に合うプラットフォームをつくっているのかな、という感じはあります。
TABFをバーチャルに置き換えるということ
——今、準備を進めているさなかだと思いますが、形にしていくにあたって、どのように考えを進められたのでしょうか?
田中義久(以下、田中) 皆さんが言われたように、もともとインターネットとつながりがあったインディペンデント出版のイベントが今の社会情勢を受けてバーチャルに行き着いたのは自然な流れだと思いますし、すごく腑に落ちました。そこでデザイン面からどのように形にするかを考えていくわけですけれども、もともと僕は身体性を伴うフィジカルなものを扱っている紙畑の人間で、バーチャルの技術はあまりもっていないんですよ。でも、「バーチャル=身体性を伴わない」というわけではなく、人が介在し、コミュニケーションがあるところには身体性が生まれる。そういう意味では、デザイナーとして考えられるところがあると思いました。具体的には、いつものTABFの雰囲気をどうやってつくるかと考えたときに、やっぱり入り口として昨年の会場となった東京都現代美術館の建物をつくり、そこから展開していくのがよいだろうと考えました。そこで、トップページに美術館を模した3D空間があり、そこにブースセクションや展示会場への入り口があり、各会場へ移動できるような基礎構造をつくりました。
中島 バーチャルで開催しようとなったときに最初に思ったのは、フィジカルなブックフェアで起きていることをバーチャルでも感じてもらいたいということでした。それで来場者や出展者の方たちが何を望んでいるかと考えたときに、やっぱりリアルなコミュニケーションというんですかね、そういうことが求められているのかな、と。それだけは必ず実現しようと思いました。ただ、僕たちは最初からずっと「バーチャル空間はリアルな空間の代替ではない」という話をしていました。現実の空間をそのまま3Dに置き換えるだけでは意味がないと思ったんです。
田中 たとえばブックフェアの醍醐味として、実際に行ったからこそ出会えた本や、人とのコミュニケーションというものがあるじゃないですか。目的をもって出かけたけれど、帰りには目的以外のものをたくさん買ってきちゃった、みたいな。でも実は、そういった偶然の出会いが人生の面白さだったり、豊かさだったりする。そういった体験をウェブ上に想定するのであれば、バーチャルならではの出会い方があると考えました。そこで建築家やウェブディレクター、モデラーなどといったスペシャリストに入ってもらって、現実の要素をひとつひとつ変換しながら空間をつくっています。新しいメンバーが一気に加わり、今までとはまったく違った空気感ができていて、何か新しいものが生まれる予感がしています。
東 素晴らしいスペシャリストの集団ができました。もう、新しいメンバーに頼りっぱなしです(笑)。やっぱり、つくり手とお客さんが一堂に集まっているという感じをつくりたい。偶然性を誘発する仕組みも考えています。バーチャルでも偶然の出会いが起きるといいですね。トークイベントやブックサイニング、展覧会も開催します。また、実際にご来場いただけるリアルな会場として、東京都現代美術館と有楽町「Micro FOOD&IDEA MARKET」での企画も進めています。VABFを体験できるコーナーやクラウドファンディング「VABF KIOSK」のブースを設置する予定です。
——訪問者はつくり手とダイレクトに話したりすることもできるのですか?
中島 出展者のブースにはGoogle MeetやZoomなどオンラインミーティングアプリへのリンクが貼られており、つくり手とリアルタイムで話すことができます。また、Facebook Messengerや電話など、出展者が任意で指定したコンタクト方法でもコミュニケーションをとれます。
——展示企画はどのようなものが見られますか?
中島 2015年から実施している企画展「ゲストカントリー」では、今年はオランダを迎え、「Best Dutch Book Designs」の受賞作品を紹介する展示や、イルマ・ボーム、カレル・マルテンスをはじめとするデザイナー、アーティストたちが影響を受けた本と印刷物を紹介する展示を行います。また、インターネットアートで知られるアーティスト、ラファエル・ローゼンダールに作品をご提供いただけることになり、美術館の庭を模したバーチャル空間で彼の作品が見られるようになります。
TABFを支えるもの
——2009年にブックショップ「Utrecht」の元代表・江口宏志さんの呼びかけから始まったTABFは、この10年でアジア最大規模のアートブックフェアへと成長しました。それでいて今でもインディペンデントを貫き、アットホームな雰囲気も併せもつ、類い稀なフェアだと思います。東さんは立ち上げ時から関わっていらっしゃいますが、なぜここまで急成長したのだと思われますか?
東 TABFを立ち上げた2009年は、雑誌の休刊が続き、紙媒体の存続が危ぶまれている一方で、インディペンデント出版が盛り上がり始めていた頃でした。そんな中で始まったフェアには、ギャラリーや書店、アーティストたちが共感してくれて、お客さんも入場制限をするほど来てくださいました。企画は当初から出展者の方と意見交換しながらつくっていて、たとえば「マガ喫」というある時代・ある文化を象徴してきた雑誌が読めるカフェをつくったりしました。そうやって常に出展者と密な関係を築き、必要とされていることを受けとれてきたおかげで、その時々の社会情勢に合わせ、柔軟に変化してこられたのかもしれません。アートブックフェアの面白さは、国内外のアーティストやリトルプレスからハイエンドな出版社やギャラリーまでが一堂に集まりミックスされているところだと思います。初期の頃は海外の出版社やアーティストに東京まで来てもらうのが難しかったのですが、2015年に江口さんが運営を退き、中島さん、「twelvebooks」代表の濱中敦史さん、田中さんに加わっていただいた頃からお祭りっぽい雰囲気を残しながら、より国際的なフェアになっていったと思います。
中島 僕はちょうどその頃、日本でも海外の出版文化に触れられるような、何か新しいことができないかなと思っていたんです。そんなときに東さんからお声掛けいただき、田中さん、濱中さんと共に参画させてもらいました。その年から、ひとつの国/地域に焦点をあてて出版文化を紹介する「ゲストカントリー」という企画を始め、海外からのゲストも積極的に招くようになりました。
田中 当初のTABFは海外のフェアに比べ、日本の個人の出展者が格段に多かったので、そこをもう少し規模の大きい国際的なフェアに変えていこうと、僕たちが尽力した部分はありました。でもいざ始めてみると、TABFがもともともっている“楽しみ方”みたいなものは、大事な個性だということがわかって。そういった個性を残しつつ、海外の人たちも参加しやすい空気感をつくり、東京らしさと国際性を共存させていくのが一番望ましいだろうという方向性に変わっていきました。
東 海外の方からは、よく「東京のアートブックフェアはアットホームだね」って言われます(笑)。
——毎年熱狂的な盛り上がりを見せますが、参加者も企画も多く、運営は本当に大変なのではないでしょうか?
東 準備をしているときは、純粋にどうしたら皆さんに楽しんでいただけて、どうしたら本の魅力をもっとわかってもらえるかな、というところに集中していますね。今年は定例会が3つもあって、毎日のようにミーティングをしています。ミーティングではいろいろなことを話すのですが、雑談の中から面白いアイデアが生まれてきたり。それでいつも、企画がてんこ盛りになってしまうんです。ほとんどカオスのような状態の中で、ただ目の前のことに集中している間にできていくという感じがあります。
中島 それでいざふたを開けてみると、毎年僕たちが予測もしていなかったような反響が返ってくる。特に東京都現代美術館で開催された昨年は「TABFがこんなに広がっているんだ」と体感でき、大きな成果があったと思いました。僕たちとしては、ただひたすら「いかに楽しんでもらうか」というところに集中していて——何というか、皆の良心でできているところは大きいかもしれません。出展者も好意的に関わってくださっていると思いますし、関わっている方、全員の力によってあの空気ができているという気がします。僕たちがコントロールしているというわけではないですね。
田中 デザイナー目線から見ると、TABFは主体性を参加者に預ける構造になっているんです。「本」という枠だけをつくり、あとは参加する方々がどう楽しめるかを、あれやこれや言って、さまざまな角度から検討し、一年かけてコンテンツをつくっている。集まった人たちに楽しんでもらって、最終的にいい気持ちで帰ってもらう——そういう構造でしかないんです。なので、採算は全然とれていません(一同笑)。だからこそ、参加する方たちにとっては、めちゃめちゃ面白いんです。
——立ち上げ時から出展している参加者がいる一方で、新たに加わる若い参加者も多いですね。新旧の担い手たちが関わることによって好循環が生まれ、息の長い発展につながっているような気がします。田中さんは、TABFの仕事を通して若い人たちの教育にも取り組まれているそうですね。
田中 TABFの出展者を見ると、圧倒的に学生や若手の比率が高いんですよ。それに比例して、来場者も学生が多くなります。それならば若い人たちに一番近い感覚をもった学生がデザインを手がけるのが望ましいと思ったんです。それで僕が加わった当初は、講師を務めている東京藝術大学デザイン科の学生たちにデザインを担当してもらっていました。
東 とても優秀な方が多くて、私たちにとっても学びになりましたね。
田中 その頃学生だった山田悠太朗君は現在私の事務所でデザイナーとして働いており、今回のVABFのデザインも、当時学生だったメンバーが手がけています。そういうことが、またできたらいいんですけどね。
——開催まで1か月を切りました。忙しい時期が始まりますね。
東 ブックフェアの準備をしているときの気持ちが何に近いんだろうと考えたら、クリスマスや誕生会の準備をしている感覚に近いんですよ。直前まで細かい調整を行っていて、いざブースの壁と机を用意してオープンすると、世界中からとんでもなく自由なゲストたちがやってきて、思い思いに彩ってくださり、すごく楽しい空間に変わる。それからお祭りのような時間が過ぎて、終わった後になんか楽しかった、と思うんです(笑)。
中島 今年も出展ブースの壁紙や机は出展者のカラーを生かせるようになっています。出展者の皆さんには、僕たちが考えもつかなかったような楽しみ方をしてもらえたらいいなと思っています。
中島 佑介
1981年、長野県生まれ。早稲田大学商学部卒業。2002年に古書&インテリアショップ「limArt」をスタートし、2011年にはブックショップ「POST」をオープン。2015年、「TOKYO ART BOOK FAIR」のディレクターに就任。ブックセレクトや展覧会の企画、書籍の出版、ブックシェルフコーディネートも手がけている。
http://post-books.info/
東 直子
1981年生まれ。イギリス留学中に書店兼ギャラリーNogでマネージャーを務め、2005年に帰国。『TOKION』『PAPERBACK』『Someone’s Garden』などの雑誌に携わり、2012年から写真雑誌『IMA』編集に所属する。
田中 義久
静岡県生まれ。永続性の高い文化的価値創造を理念にデザインを実践している。近年の仕事に東京都写真美術館のVI計画、「Takeo Paper Show」、「第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館」がある。またアーティスト・デュオNerholとしても活動中。