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Now, Then!

見る猿、聞く猿、言う猿 Vol.4 尾崎世界観×諏訪綾子「記憶の珍味 Taste of Reminiscence Delicacies from Nature」

2020.08.20

写真/当山礼子 

文/上條桂子

ヘア&メイク/谷本 慧

資生堂ギャラリーは、2020年1月18日(土)から2月29日(土)まで開催し、3月1日(日)より臨時休館のため中断していた「記憶の珍味 諏訪綾子展」を8月25日(火)より再開します。展示内容は、withコロナ/afterコロナの新たな時代に向けて更新したものとなります。諏訪さんは、2月末に創作の拠点を山梨県の森林地帯へ移転しました。自然の中に身を置き生活することで、多くの出会いや新たな気づきがあったといいます。再開後の展示は、アトリエのある森での生活を反映させ、もともとのテーマでもあった「自然とかかわること、自然をあじわうこと」を、深化させることを試みます。
今回は、休館前の会場を訪れたクリープハイプの尾崎世界観さんと諏訪さんとの対談です。

──音楽制作と作品づくりにはさまざまな共通点があります。
食にまつわる体験をつくりだすフードアーティストの諏訪綾子さんによる、「記憶の珍味」をあじわい五感と自身の内面へとダイブする旅に向かいます。0.2秒で脳へ伝わるというにおいの感覚は、どんな風景を見せてくれるのでしょうか。
同じ体験をしても、一人ひとり感じることはまったく違い、見ている風景も異なる。そんなにおいと記憶の不思議について、そして記憶の珍味とはどんなものなのかについて語り合いました。

いくつかのにおいから 自らの記憶へダイブする

──今回の作品は、まず8種類の「ある記憶のにおい」を嗅いでいただき、その中から1種類を選んで、ギャラリー奥にあるスペースでより深くあじわうというものでした。体験はいかがでしたか?

尾崎 どれも記憶にあるにおいでした。単純に好きなにおいというよりも、こういうにおいのするところにはいい思い出があると思ってひとつを選びました。

諏訪 それはどんな思い出ですか?

尾崎 子どもの頃に住んでいた場所は町工場がいっぱいあって、こういうにおいがしていました。あと、もう閉店してしまったんですけど、銀座のブックファーストがすごく好きで、そのビルに入ったときのにおいに似ていました。ふたつともすごく印象的な場所です。あまり頻繁に嗅いだことのあるにおいではなかったのですが、記憶が鮮明に表れてきて、回数ではないんだなと思いました。すごく不思議な体験でしたね。面白かったです。

諏訪 今回は記憶をあじわうという体験をつくりたいと思ったんです。記憶とは言っても、普通の記憶ではなく“珍味”のような記憶で。展示室はある意味私の脳の中なんです。ここにある8つのにおいは、どれも私の個人的な「記憶の珍味」のにおいです。個人的な記憶なのですが、尾崎さんが全部記憶にあるにおいだとおっしゃったように、同じ時代を生きている私たちはそれぞれの個人的な記憶と結びつく断片があるような気がしていて。

尾崎 においが好きなんです。目が悪いので、目で見るというよりは、においで判断することが多いかもしれません。文章を書くときもにおいについての記述は自然と多くなっているような気がします。においの好き嫌いもすごくあります。包装紙のインクのにおいが好きで、いただきものをすると必ず嗅いでしまいます。人のにおいも気になりますね。この人のにおいはいいと思うことはよくあるし、性格が合わないと思う人はその人のにおいまで嫌いになってしまったりします。だから、今回の体験はすごく興味深かったです。嗅ぐだけじゃなくて、口に入れるというのがすごいと思いました。ただ嗅ぐだけだったらそんなに意識せずとも嗅げてしまうけれど、口に入れるのはすごく覚悟がいりますね。口に入れた時のにおいの感じ方は、鼻で嗅ぐのとは全然違いました。

諏訪 そうなんです。鼻の奥から抜けるようなにおいもある。鼻から嗅ぐのと口からにおうのとでは、脳の反応する部分が違うと考えています。

尾崎 しかも、「食べる」というのが普通の体験じゃない。真っ暗な空間でヘッドホンをして。どんなものがやってくるのかと待っている間、頭の中で妄想が広がってしまいました。そういう普段とは違う、「食べる」という体験をして、何かを食べるということは危険なことでもあるんだなと痛感しました。昔の人はきっとそうですよね。初めてのものを食べるのは命懸けだったと思います。海老を初めて食べた人ってすごいなと思いました(笑)。刺激的な体験になりました。

諏訪 確かに、「食べる」ということは状況によっては怖さも伴いますよね。展示では体験者の方の口に無理矢理入れるようなことはしませんし、食べるかどうかもその方の判断に委ねられます。ですから、飲み込んで咀嚼して体の一部になるという可能性もあるし、食べなかったり、口に一度入れて吐き出すという選択肢もある。記憶の珍味が実際にあじわえるかどうかということも含めてその人次第というのが食の面白いところです。

尾崎 食べ物は、普段だとおいしいかそうでないか、好きか嫌いかというような表現しかないじゃないですか。でも、その「おいしい」も一人ひとりで全然違う。当たり前ですが、その面白さに気づきました。「食べる」ことはものすごくいろんな可能性があることなんですね。

諏訪 ここはギャラリーですけど、アートに興味がない人もみんな毎日何かしら食べて生きていますよね。食べるという行為は、誰もが日々繰り返している体験。そこがいいんです。

尾崎 さっき僕がした「食べる」という体験は、正直「おいしい」ものではなかった。でも、いいものを食べたと思いました。「食べる」ってどういうことなんだろうと深く考えたし、ヘッドホンをしながら食べるから自分の咀嚼音までもが聞こえてきて、改めて下品な音だとも思いました(笑)。「食べる」は毎日当たり前にしていることなのに、このように向き合ったことがなかった。それと暗闇には、どういう意味があるんですか?

諏訪 体験する人が記憶にフォーカスし、感覚を研ぎ澄ませるためです。私が内面に意識を向けるときのイメージは、夜のプールのような感じなんです。周りも見えず、広さも深さもわからないような水の中に息を止めて潜っていくような感じで、手探りで探していき、僅かな光が見えたらそれを辿っていくような。

尾崎 なるほど、そういうイメージなんですね。スタッフの方の対応も、実験室のようで、少し怖くて。皆さんはギャラリーの方なんですか?

諏訪 はい。スタッフも作品の一部なので、衣装や案内の声のトーンなども含めて体験をつくっています。

尾崎 「これから未知のものを食べるんだ」という感じがふつふつとしてきました(笑)。あのヘッドホンの声はどなたの声ですか? 音も体験の深みを増長しているような気がしました。

諏訪 私の呼吸です(笑)。また、この空間は私の脳の中なので、心音が響いています。週に一度、中央のテーブルで『「記憶の珍味」をあじわうリチュアル』を行います。テーブルのくぼみの部分には水が張られており、心音の振動に反応して水面が揺れる。すると空間全体の照明が呼応して揺らぎます。この水の中には私の記憶の珍味が入っていて、それをひとつずつすくい出してきて、みんなであじわうんです。奥の空間では、皆さん自身の個人的な記憶をあじわっていただくのですが、このテーブルでは初めて出会った見ず知らずの人同士がと私の記憶を通して、記憶の珍味を感覚的に共有するという体験をしていただきます。

思い返すことで変化し あじわいが増す記憶とは

尾崎 その体験はまた違う意味で緊張感のあるものになりそうですね。諏訪さんがにおいに興味をもたれたのはいつ頃からですか?

諏訪 本格的に取り組み始めたのは3年ほど前ですが、もともと食べ物を扱った作品をつくっているので匂いは切っても切り離せないんです。食べ物というのはにおいの影響がすごく大きい。舌の上で旅をするとか、インスピレーションを味わうといったような、概念的なものを食べてあじわう体験をつくろうとしていたときに、においの体験はすごく有効だなと思ったんです。
 「珍味」ってカラスミやこのわた、フォアグラなど、あじわい深くてうま味があって、匂いやクセが強いものが多い。子どもの頃は苦手だったけど、大人にななると、たまらないと言って病みつきになる。あじわえばあじわうほどうま味が増していきます。そんな風に、記憶にも珍味ってあるなと思ったんです。それはフラッシュバックみたいにふとよぎる記憶。すごく恥ずかしかったり、怒りが込み上げてきたりするような。でも、思い返すたびにその記憶は変容していく。本当に体験したときにはあんなに辛かったことが、思い返してみたら笑えるような、自分の記憶が愛おしく思えるようなときがあって。それが記憶の珍味なんです。
 私の記憶の珍味は、そんなにハッピーなものではありません。でも、そういう記憶が自分を構成するひとつで、珍味的な記憶が積み重なって発酵し、人間としてのうま味を重ねていくんだなと。「死ぬ前に何が食べたい?」っていう話がよくありますが、私は自分の最後の晩餐のときは、熟成してうま味に満ちた記憶の珍味をあじわいたいと思います。

尾崎 確かにそうですね。僕の記憶の珍味も、ネガティブなものばかりです。普段からそれを、無意識のうちに表現に出している気がします。作品にすると、過去の恥ずかしい自分が報われるような気がするというのもわかります。例えば道路でつまずいたとして、そのときはすごく嫌な気分だけど、後でラジオで喋ろうと思うと報われる。何か表現にするというのは大事なんだと思います。あと、さっき暗闇で集中して食べるという体験をしたように、他の刺激を遮断して何かに集中する時間は大切にしないといけないと思いました。

諏訪 ある意味自分を食べているんですよね。今現在の自分の意識も思考も記憶の断片でできていますから。記憶をあじわうというのは自分を食べることなんです。

尾崎 なるほど。友達同士で来て、においを交換し合ったりしても面白そうですね。お互いに感覚を共有し合おうとしても、絶対に同じ感覚を共有できない。でもそこがいいですよね。記憶や味覚、においは、どうやっても100%伝わらないところがいいと思いました。

資生堂ギャラリー「記憶の珍味 諏訪綾子展 Taste of Reminiscence Delicacies from Nature」at Shiseido Gallery|資生堂

本展では新型コロナウィルス感染防止の観点から、事前予約制──ArtSticker 記憶の珍味 諏訪綾子展 Taste of Reminiscence Delicacies from Nature──にして入場者数を制限、展示物やスタッフと接触しないような鑑賞方法へ改変しています。

「記憶の珍味 諏訪綾子展 Taste of Reminiscence Delicacies from Nature」
会期:2020年8月25日(火)~2020年9月26日(土)
入場料:無料 事前予約制
入場にはArtSickerでの予約が必要になります。下記よりご予約ください
ArtSticker 記憶の珍味 諏訪綾子展 Taste of Reminiscence Delicacies from Nature
開館時間:平日11:00~19:00、日・祝11:00~18:00
定休日:毎週月曜日(月曜が祝日の場合も休館)
住所:東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビルB1
TEL:03-3572-3901
詳しくはこちら→資生堂ギャラリー公式サイト

クリエイターの紹介

尾崎世界観

ミュージシャン

1984年生まれ。東京都出身。クリープハイプのボーカル、ギター。2012年にアルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でメジャーデビュー。2016年に半自伝的な内容を綴った初小説『祐介』(文藝春秋)、その後エッセイ集『苦汁100%』『苦汁200%』(文藝春秋)、文庫本『祐介・字慰』、エッセイ『泣きたくなるほど嬉しい日々に』(KADOKAWA)を刊行。独自の観察眼と言語感覚による表現は歌詞だけでなくエッセイや小説でも注目を集める。2020年6月に初の対談集『身のある話と、歯に詰まるワタシ』(朝日新聞出版)を刊行。
http://www.creephyp.com

谷本 慧

ヘア&メイクアップ アーティスト

1986年生まれ。大阪出身。大阪の店舗を経て、上京後、原宿BRIDGEに7年間所属。2019年CITY LIGHTS A.I.R.に参加。サロンワークを軸に、広告、雑誌、TV、MV、CDジャケット等、音楽を中心としたヘアメイクを担当。
https://www.instagram.com/3104tanimoto/
https://satoshitanimoto.tumblr.com/

当山礼子

写真家

沖縄県出身。2014年から雑誌、webなどで活動中。
https://www.instagram.com/reiko_toyama/
https://www.instagram.com/reikotouyama/

上條桂子

ライター/編集者

雑誌でカルチャー、デザイン、アートについて編集執筆。展覧会の図録や書籍の編集も多く手がける。武蔵野美術大学非常勤講師。著書に『玩具とデザイン』(青幻舎)。

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