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Column

2017.01.31

坂上チユキ展「陽性転移 第二章: 青い小品集」

フランスの画家、ジャン・デュビュッフェ(1901-1985)は、精神障がい者が描く絵を「アール・ブリュット」(生の芸術)と名付け、積極的に称揚しコレクションしていった。1976年にスイスのローザンヌに開館した美術館「アール・ブリュット・コレクション」はデュビュッフェのコレクションが基になっている。私も一度訪れたことがあるが、その質と量は、アール・ブリュットの聖地と呼ぶに相応しい威容を誇っている。アール・ブリュットをアメリカの美術史家、ロジャー・カーディナルが英訳した言葉が「アウトサイダーアート」だ。近年、日本でもアウトサイダーアートへの関心が高まり、展覧会も頻繁に開かれるようになってきたが、日本のアウトサイダーアート界(そんな世界があるのであれば)のトップランナーと言えば、間違いなく今回紹介する坂上チユキさんである。

プレカンブリアの海で5億9000万年前に生まれたと自称する彼女の作品は、その生い立ち(?)に相応しい、深い海の底を思わせるブルーの色味が印象的だ。油彩ももちろんだが、ラミーの万年筆で描かれたドローイングがまた素晴らしい。ゾウリムシのような、原始生命体を思わせるモチーフが一層、海の底を髣髴させる。細部までびっしりと描き込むのはアウトサイダーアーティストに共通する描法だが、アウトサイダーアート特有の窮迫神経症的な圧迫感がなく、むしろ温かみを感じさせるのは、坂上さん独特の個性と言えるだろう。

テトの祭り、少女は貸衣装屋のアオザイを着て大はしゃぎ(2016年 紙にインク 25×17.7cm)

今回、ご本人と直接話す機会を得て、意外な発見があった。前述したように、彼女の作品にはゾウリムシのような形状のモチーフが頻出し、それらは彼女の生まれ故郷(?)であるプレカンブリアの海を思い起こして描かれたものなのだが、実は鳥や仮面をかぶった人間がモチーフになっている作品も数多くあるのである。鳥は彼女が飼っているペットであり、仮面の人物は詩や戯曲から着想を得たものであると言う。今まで、イマジネーションだけで描かれた抽象画だと思っていただけに、坂上さんの実生活がベースになった作品がある(むしろその方が多い)という発見は、とても新鮮な驚きだった。そのうえで改めて眺めてみると、実にいろいろなかたちが浮びあがってくる。坂上さんの作品の楽しみ方がひとつ増えた。

一人じゃないよ(2016年 紙にインク 24.9×17cm)
小さなストーカー(2016年 紙にインク 25×17.6cm)

冒頭で日本のアウトサイダーアート界のトップランナーと紹介したが、アウトサイダーアートというくくりを外し、日本のアートシーン全体を見渡してみても、トップクラスのひとりであることは間違いない。残りの会期がわずかとなってしまったが、坂上さんをご存じなかった方は、この機会にぜひ作品を見てみて欲しい。

MEM   http://mem-inc.jp/2017/01/04/sakagami_170114_jp/

 
(花椿編集長 樋口昌樹)