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Heart of Fashion

2022.08.25

服で街の景色を変えていきたい TELMAデザイナーの中島輝道さん、5つの転機 <前編>

文/呉 佳子(資生堂ファッションディレクター)

「ドリス ヴァン ノッテンとイッセイミヤケで経験を積んだ日本人デザイナーがいる」。そんな話を耳にしたのが今年の春。取り寄せたルック写真では、ヨーロッパ的な色使いの印象深さと、日本的な布の扱いの巧みさが見て取れる。業界紙記者に聞くと「日本の百貨店やセレクトショップの主だった店が、とにかくみんなバイイングしている」ほど人気らしい。デビューから1年も経たないうちの成果だ。その注目ブランドはTELMA。デザイナーの中島輝道さんをたずね、ブランド立ち上げに繋がる転機を追った。

前編ではヨーロッパでの3つの転機についてお送りします。

TELMA 2022-2023年秋冬コレクションより。

転機1:ファッションの道に進むきっかけ
「もともと日本の4年制大学でプロダクトデザインを専攻して、家具を作っていました」と語る中島さん。転機は3年時の交換留学だった。ロンドン大学のゴールドスミスカレッジで籍を置いたのはテキスタイル科。
「クラスメイトがマルタン・マルジェラの作品、カビドレスを紹介してくれたんです。服にカビを生やし、そのカビによって服の色や形がだんだん変化していく。経年変化そのものを服にしていた。大きな衝撃を受けました」
それまで着るという立場でのファッションは好きだったが、その時初めて、クリエイションとしてのファッションを強く意識するようになったのだという。
その後、もっとファッションを学んでみたい、と門を叩いたのはアントワープ王立芸術アカデミーのファッション科。先のマルタン・マルジェラら、アントワープシックスと呼ばれた伝説的なデザイナーたちの母校で、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズやニューヨークのパーソンズと並び、世界で最も権威のあるファッション教育のエリート校として知られる。
「いろんな学校を調べて、アントワープが一番しっくりきたんです。デザインするときに、ただ美しいとか新しいではなく、コンセプトをしっかり詰めていく。今まで学んできたことを生かし、さらに積み上げていけると思いました」

TELMAデザイナー、中島輝道さん。

転機2:アントワープ王立アカデミーでの学び
アカデミーでの学生生活は、厳しかった。
「結構ハードに追い込まれるんです。テストもただできればいいってわけではなく、そこに個性がないと落とされる。横を見れば、アンデスの山奥から出てきて固定観念なんて全くないピュアな創造力をもったクラスメイトとか、まだ学生なのにサンローランと同じアトリエに帽子をオーダーできるコネクションと財力の持ち主とか。そんな中で『個性的であれ』って言われても、それは非常にタフなこと。彼らとどう肩を並べようか、常に考えていました」
入学した当初、約60人いた同級生は、学年が上がるたび半数が脱落。生徒数を絞り込んでいくのは学校の方針でもあり、否応なく鍛えあげられることになる。

自分の中の思いを突き詰めて、形に表すという手法はアカデミーのころから変わらない。TELMA2022-2023年秋冬コレクションでは、退行していくものの美しさを表現したいと、押し花(写真)を自らつくり、プリントに起こした。

切磋琢磨の数年を経て、3年生修了時に二つ、賞をもらった。一つはLOUISというアントワープで有名なセレクトショップからで、お店のショーウィンドーに作品を飾る機会を得た。そして、次のステージに進むきっかけとなる転機をもたらしたのがもう一つ、王立アカデミーの最も著名な卒業生の一人、ドリス ヴァン ノッテンからの賞だ。賞をきっかけにコンタクトをとるようになり、後に就労ビザ付きのアシスタント職を得ることに。「アカデミーでは自分と向き合い、自分らしい表現がある程度見えた。次は実践で学びたい」と就職を決めた。

転機3:ドリス ヴァン ノッテンのもとで
ドリスのアトリエでまず驚いたのは、ドリス本人との距離の近さだ。
「パリのメゾンに就職した友人もいましたが、彼らの状況と自分のとは全く違う。トップのドリスとの距離感が圧倒的に近いんですよね。やはりアントワープってパリと比べると田舎で、人も少なく何でも小規模でデザインチームも小さい。当然、毎日ドリスと話をする機会がある。彼は今、何を考えているのか、人に寄り添うことのできる服とは何か、好きなアートや映画、庭に咲く花の話まで。学ぶことはとにかくたくさんありました」
ドリスから毎回言われていたのは、「ニュートラルな服をつくる」ことだという。
「ドリスの服がニュートラルって聞くと、知っている人はびっくりしますよね。『え?あんなに個性的なのに?』って。でもその言葉の背景には、人に対する理解があると思うんです。人間の気持ちはやっぱり複雑じゃないですか。誰もが強いアイデンティティをもっている。その強い個性にぶつかって、勝つでも負けるでもなく、バランスの取れた状態まで落とし込める力量のある服。それがニュートラルな服、と私なりに解釈していました」

「ドリスとは感覚とか好きなものが似ていた」と中島さん。アトリエに花は欠かさない。

ドリスのもとで実地の服作りを経験しながら過ごすうち、次第にもやもやとした気持ちが芽生えてきた。
「ヨーロッパの服づくりは当然ながら、西洋の身体観や文化が根本にあります。どう着るか、なぜこんな仕立てになるか。ジャケットの肩のつくりから、服を着るオケージョンに至るまで、全ては西洋人の骨格、価値観に繋がっている。たとえばドリスのアトリエで、デザインをジャッジする時に、日本人である私は頭でいろいろ考えないと答えが出せないんですが、西洋人たちは身体感覚で迷いなく判断できるんです。その差を埋めるにはどうしたらいいのか? 悩みました」

ドリスのアトリエで行っていたのは、スタイリングの可能性を探るべく、コレクションのアイテムを組み合わせ、かなりの数のコーディネートを組むこと。他のブランドとも合わせやすい服になり、リアルに着る人の気持ちが分かるので、TELMAでも変わらずかなりの数のコーディネートを自ら組んでいる。

とあるクリエイションとの出会いが、中島さんを再び日本へと誘います。後編へつづく。

中島 輝道 (なかじま てるまさ)
2010年アントワープ王立芸術アカデミー卒業。卒業コレクションをきっかけに同年、ドリス ヴァン ノッテンに入社。ドリス・ヴァン・ノッテンのアシスタントとしてウィメンズデザインを担当。その後帰国、14年にイッセイミヤケ入社。21年にTELMAのファーストシーズンとして22年春夏コレクションを発表。

呉 佳子

ファッションディレクター

資生堂ファッションディレクター
ファッショントレンドの分析研究やトレンド予測を担当。毎季、コレクション取材で世界を飛び回る……だけならカッコいいのですが、家では2児の世話に髪を振り乱す毎日。