ESSENCE OF ELEGANCE

2021.10.27

ESSENCE OF ELEGANCE

文/ 小田島久恵

このコラムは、『花椿』2021年秋冬号(No.829)からの転載です。

 

ロバート・キャンベル(日本文学研究者)

いにしえ人の美意識と共振するエレガンス

 日本語のボキャブラリーを色鉛筆に譬えるなら、1000色のデラックス・セットをもっているような方。日本文学研究者のロバート キャンベルさんとのインタビューは、ことばの端々から無数のエレガンスのかけらが飛び出してきた。生まれはニューヨークのブロンクス。ハーバード大学で19世紀の日本文学の修士号を取り、1985年に日本にやってきた。
「人並みに競争心や野望はもっていましたが、学生時代に自分のキャリアを考えたとき『こういうことがしたい』というより、『退屈はしたくない』ということが重要でした。退屈をしないためには、他人を尻目に自分だけ進むわけにはいきません。人の荷物をもってあげることによって鍛錬されるし、人と共振できるんです。人と何かをつくっているときに次の何かにつながる『どんぐり』のような種が生まれたりするんですね」

なぜ日本を選んだのか、ということは一度も考えたことがなかったという。
「どうして中国やベトナムや韓国ではないのか、と考えたことはありません。日本では8代将軍吉宗の時代に、識字率が上がって農民も商人も読書に夢中になり、人々は文学を介してコミュニケーションをとることが豊かな社会につながると理解していました。元禄時代を過ぎ、今でいう教育が重視されるようになると商業出版が発展し、江戸や大坂以外の地方都市でも木版の印刷ができるようになったのです。たくさん残っている本を開くと、当時の人の暮らしぶりや死生観や自然観に肉薄できるのです」
ここでキャンベルさんは1冊の本を見せてくれた。「1861年に出版されたこの本には、大分市吉野の天満宮の梅の木の下で酒盛りをしている人々が多色刷りの木版画に描かれていて、とても優しい雰囲気に溢れています。ひょうたんをもっている若者は、これからお酌をするのかな。タイムカプセルに乗った気分になります。私がライフワークにしている江戸時代の版本は、3回人生を送ったとしても全て読むことはできないでしょう。まあ、1回の人生の長さにもよりますけど(笑)」

梅の木の下で酒宴を楽しむ人々(木版画)

 

キャンベルさんはコロナ禍で世界中が動揺する中、日本人がこれまでの歴史上で感染症とどのように関わってきたかを古典文学から読み解く『日本古典と感染症』を編纂した。ここで浮き彫りになる日本人の姿はとてもユニークだ。
「日本人は…という言い方は大抵の場合大切なものを取りこぼしてしまうので、できるだけ避けるようにしていますが、それでもあえて言いますと(笑)、自分たちを脅かす存在を撲滅するとか、無きものにするという発想ではなく、防いだり備えたりはするけれど、相対的に見るまなざしをもっている人々だと思います。もうひとつ大風呂敷を広げるなら、日本人は大変好奇心が旺盛です。功罪とか良し悪しを保留して、『とりあえず』という形で受け入れる。知らない色とか匂いを、一拍おいて受け止めてみる。その間が、数秒であっても数センチであっても、すぐにシャッターを降ろしたり、要点だけを抱きかかえようとするのとは違います。均等な距離を置いて、見届けるのです。『見届ける』は英訳がむずかしいですね。ジャッジメントとは逆の複合動詞です」

キャンベルさんが日本の美意識を感じるアイテムは、多色ボールペン。カジュアルな筆記用具だが、他の国にはないものだという。
「おみやげに買っていくと大変喜ばれます。同じようなものに江戸時代の香枕がありますが、香りを楽しむ以外に踏み台としても使えるし、文を隠しておく引き出しにもなります。ひとつのものに幾つもの役割を持たせるのは『一物多用』」と言い、広辞苑には載っていませんが、18世紀の名古屋の侍の随筆の中に出てきます。色んな役割をひとつのものに集約させていくというのは、すごくエレガントだと思いますし、このいにしえ人の言葉は、ミニマリズムやイノベーションにつながる発想だと思います」

丸隅立四ツ目紋散柳海棠蒔絵香枕(洛東遺芳館)

 

取材当時の夏、自宅の庭で内弁慶な飼い猫と、蝉しぐれを聴くのがリフレッシュする瞬間だというキャンベルさん。話題は明治神宮の多様な木々が作り出すバイオスフィアのこと、論語のこと、歌舞伎座の裏にあるどら焼きだけを売っている和菓子屋さんのことなど、限りなく広がっていった。知性とあくなき好奇心はたんぽぽの綿毛のように飛散し、あらゆる場所に根付いて芽を生やす。キャンベルさんの言葉が、無限で自由な「エレガンス」の種なのだった。 

 

ロバート・キャンベル (日本文学研究者)
早稲田大学特命教授。早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)顧問。国文学研究資料館前館長。近世・近代日本文学が専門。とくに19世紀(江戸後期~明治前半)の漢文学と、それに繋がる文芸ジャンル、芸術、メディア、思想などに関心を寄せている。テレビでMCやニュース・コメンテーター等をつとめる一方、新聞雑誌連載、書評、ラジオ番組企画・出演など、さまざまなメディアで活躍中。今年の4月よりYouTubeチャンネル「キャンベルの四の五のYOUチャンネル」を開設し、毎週日曜と火曜日に新作を配信中。

 

小田島久恵

ライター

岩手県出身。ロック雑誌の編集を経てフリーランスに。音楽、ダンス、ポップカルチャー、ファッション等について執筆やインタビューを行う。著作に「花椿』の連載ををまとめた『オペラティック!』(フィルムアート社)等。クラシック鑑賞の感想を綴ったブログ「小田島久恵のコンサート日記」を更新中。西洋占星術のライターとして20年以上活動し、なぞのペンネームを使い分けながら複数の雑誌で連載を続けている。水瓶座。