「TOKYO ART BOOK FAIR」のこれまで、そして今回のリアルからバーチャル空間での開催への移行の経緯を東京アートブックフェア運営事務局の皆さんにお聞きしたVol.1。続いてVol.2は、バーチャル空間に進化した「VIRTUAL ART BOOK FAIR」(以下、VABF)でウェブディレクターとしてかかわる萩原俊矢さんと、インターネット空間をベースに作品の発想、発表を行うオランダ出身でニューヨーク在住のアーティスト、ラファエル・ローゼンダールさんがコロナ禍で加速する「バーチャル」の楽しみ方と可能性、そして今回のVABFについて、オンラインで語り合いました。
パンデミックがもたらしたデジタル化の加速
—— ラファエルさんはニューヨークを拠点に活躍されていますが、今回の新型コロナウイルスによるパンデミックは制作にどのような影響を与えていますか?
ラファエル・ローゼンダール(以下、ファエル) 最初の頃は、抱えていた締め切りも全部飛んでしまったので、リサーチにたくさんの時間を使えて、ロックダウンをエンジョイすらしていたんです。でも2~3ヶ月経った頃には、私の生活の重要な一部である「旅すること」がすごく恋しくなりましたね。1995年頃のインターネット黎明期から、人々はオンラインに生活をシフトしてきましたが、今回のパンデミックの影響で、これらの動きがグッと加速されたような気がします。
萩原俊矢(以下、萩原) 僕はもともとオンラインの仕事が中心なので、正直あまり生活に変化はありませんでした。とはいえ、かかわっている展覧会が延期になったり、オンラインイベント企画の仕事の相談をキュレーターやアーティストの人から受けたりする機会は増えました。これまでフィジカルの現場でさまざまな活動を行ってきた人たちが、これからどのようにオンラインにシフトしていこうか、皆それぞれに考え、挑戦をしているように感じます。でもなんでもかんでもオンラインになると、逆に物足りなさも出てきて、みんなある種のもどかしさを抱えているなという印象を感じています。
—— 今回、VABFでは「Shadow Objects Sculpture Park」を展示されるそうですね。
ラファエル 観客が空間の中を歩けて、すべての彫刻がお互いの後ろに何層にも重なっているのを見ることができる彫刻公園をバーチャル空間でつくってみたいというアイデアがずっとあったので、今回VABFがインターネット上の3D空間として開催されると聞いて、絶好の機会だと思いました。Photoshopのレイヤーのように物体がお互いの前に浮かんでおり、観客がその中を歩いて通るときアングルによりさまざまな視覚的組み合わせが生まれるというイメージです。もちろん彫刻自体は可能な限り平面ですが、周囲の環境は芝生やスタジアムがあったりと3次元的なのでそのコントラストが面白い効果を生み出すはずです。私の作品のほとんどはバーチャルですが、中には物理的なオブジェとなって壁に飾ることができるものも数多くあるので、いつか本物の彫刻公園ができても矛盾はない。アイデアっていろいろな形で展開(アウトプット)されるべきものだといつも考えています。
萩原 ラファエルは近年の作品ではインターネットっぽい質感をリアルなものに変換するという手法をよく使っていて、それが今回3次元という形でまたバーチャル空間に戻ってくるというのがとても面白いですよね。
可能性を秘めた表現の場
—— デジタルの魅力を感じたのは何ですか?
ラファエル インターネット黎明期の当時、オランダではJODI(Joan HeemskerkとDirk Paesmansによる二人組のアーティスト集団)など、インターネットをプラットフォームとして使っているアーティストの活動が盛んでした。キュレーターの知り合いがいなくてもアーティストとして活動できるんだ、と勇気をもらいました。駆け出しのアーティストだった私にコンピューターはすごくフィットしたし、インターネット上には若いアーティストのコミュニティが形成されつつあって、美術館の世界がシリアスで重いのに反してこちらの世界はもっとライトで楽しい感じがしたんです。それから20年間、コンピューターを使って表現をしてきたことで、今ではコンピューター以外の素材にも新しいアプローチをもち込めるボキャブラリーができたような気がしています。
萩原 ラファエルと最初に出会ったのは2008年頃なのですが、僕も含め若いデザイナーが自由に作品を発表していて、まさに黎明期という感じのワクワク感がインターネット上に溢れていました。そのときと比較すると、今のインターネットの面白さってなんだろう、新鮮なことをやり切ってしまったな、という感じが近年出てきて、2012年くらいからインターネットではなくリアルでやることの面白さにも目を向けることが増えてきました。でもこうして、バーチャルからリアルに戻す面白さが浸透した後で、コロナによってすべてがまたバーチャルに引き戻されている。その意味で彼の今回の作品「Shadow Objects Sculpture Park」はバーチャルで始まったアイデアが彫刻になり、それがまたバーチャルに帰ってくるという面白さがあります。
—— 創作のインスピレーションの源はどのようなところにありますか?
萩原 2000年を過ぎてからブログやTwitterが出てきて、インターネット上でプラットフォームの力が強くなってきたんですね。それぞれのサービスごとにルールがあり、それに則って表現しなければならないことへのモヤモヤ感が、自分の活動につながっているかもしれません。ラファエルはTwitterやInstagramなどそれぞれのプラットフォームごとにポリシーをもってアウトプットを分けていて、その制限も上手いな、といつも思います。
ラファエル SNSを見ていて一日中何もつくらなかった時の絶望感が本当に嫌だから、ある程度の制限は必須なんです。パソコンの電源を切って、スケッチブックを開いて1~2時間待っていれば、いつもアイデアが浮かんでくる。YouTubeを見ていてもそうはならないんですよね。もちろん、いろいろな映像を見て楽しんでいる自分もいるんですが。
—— ラファエルさんはデジタルではなくアナログで創作を始めるんですか?
ラファエル そうですね。スケッチをよく描くのですが、iPadがマルチタスクなのに対してスケッチはシングルタスクなのでずっと早いし、集中できるんです。だから、ペンを使って体で描くこととコンピューターで作業すること、両方を行うのが、視覚的に考える上では、自分にとって大事なのだと思います。
黎明期から25年、これからの姿
—— 今アーティストとして表現したいことはなんでしょうか?
ラファエル 私はいつも食べ物の例を使ってしまうのですが……かつて人々は自分で食事をつくっていたけれど、人類の食生活は徐々にファストフード化してきました。そうなると不健康な安物をたくさん食べると危険だという規律が登場する。200年前はファストフードに抵抗するための規律は必要ありませんでしたが、今はそれに抵抗する自律性をもたなくてはいけない。それと同じように、情報のスピードが速い社会には抵抗しなければならないのです。頭の中が常にメディアのインプットに占領されていては何も新しいものは出てこない。だから、それをオフにする習慣をもたなければなりません。パンデミックに限らず、すべてのニュースメディアやソーシャルメディアは、人々の注意を引くために加速・誇張されていて、世界最高の頭脳をもつ人たちが企業に雇われ、常に速い情報を脳に入れるアルゴリズムを開発している。でも実際には自分にとって一番重要なものは目の前の現実です。だから私たちはアーティストとして、インターネットを利用するもうひとつの方法があることを示さなければならないんです。
萩原 僕自身はどちらかといえばデザイナーとしての仕事が主なのでウェブサイトをつくる側であり、決してアンチ・ソーシャルメディアではないのですが、プラットフォームに縛られると他人の評価を気にしながらしか発信できなくなることもある。VABFも、僕が主宰している「ダウンロード」できる本のみを取り扱うTRANS BOOKS DOWNLOADs という本に関するイベントもそうですが、このような時代だからこそ、他人の評価ではなく自分のやりたいことを、自由に表現する場を提供したいし、現在の状況下で新しいことをやろうとしている人たちと一緒に仕事をしたい、と考えています。
—— 今後の活動について教えてください。
ラファエル パリにThree Star Booksという素晴らしい出版社があって、本をまるでアートワークや彫刻のように捉えていて、少ないエディションでユニークな最高のクオリティーの本を出版しているんです。長年の付き合いである彼らと、今回『HOME ALONE』という新刊をつくりました。まもなく刊行予定で、VABFでお見せできると思います。また、東京のTakuro Someya Contemporary Artで来春3月に展覧会を開催する予定です。最近カラーミラーを使用した作品を多く制作しているのでそれに基づいたドローイングや作品をお見せする予定です。
萩原 現在21_21DESIGN SIGHTで開催中の企画展「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」に参加させてもらっています。また「ダウンロード」をテーマにつくられたちょっと変わった書籍のみを取り扱う書店、TRANS BOOKS DOWNLOADs もオープンしています。今年はオンラインで開催となった「TOKYO ART BOOK FAIR」ですが、去年と同じようなことをそのままバーチャルに落とし込んでも意味がないので、リアルの代替品ではない、リアルでは到底できないことを大事にしたいなと思っています。
ラファエル もちろんリアルの場でいろいろな人と実際会えるのは嬉しいし、発見もたくさんあるけれど、バーチャルであればさまざまな国のオーディエンスにリーチすることができて、リアル以上のネットワークをつくることもできる。私はこれまで作品をオンライン上だけではなく、美術館や巨大なパブリックスペースなどの場所で見せてきましたが、新しい経験やバリエーションはどんなときも前の経験に加算されていくもので、決して魅力は減少していくものではないのです。人間は何にでも優劣をつけたがる生き物だから、どちらがいいか比べてしまうけど、どちらも等しく重要なんですよ。
ラファエル・ローゼンダール(Rafaël Rozendaal)
1980 年オランダ生まれ、ニューヨーク在住。2000年頃からインターネット空間を発想、発表の場としている。2009 年の AIT レジデンス・プログラムで日本に滞在。その後、Takuro Someya Contemporary Artでの個展(2010、2016、2017)、「セカイがハンテンし、テイク」(川崎市市民ミュージアム、2013)、茨城県北芸術祭(2016)など日本での作品の発表も多い。2018年には十和田市現代美術館(青森)にて個展が開催された。2021年月にTakuro Someya Contemporary Art にて展覧会を予定している。
http://www.newrafael.com/
*新刊『HOME ALONE』はVABF会期中(11/16~11/23)に「VABF KIOSK」にて販売予定。
萩原俊矢
1984年神奈川県生まれ。プログラミングとデザインの領域を横断的に活動しているウェブデザイナー、プログラマー。セミトランスペアレント・デザインを経て、2012年に独立。ウェブデザインやネットアートの分野を中心に企画・設計・ディレクション・実装・デザイン・運用など、制作にかかわる仕事を包括的行っている。2015 年より多摩美術大学統合デザイン学科非常勤講師。IDPW.org 正会員として文化庁メディア芸術祭新人賞を受賞。雑誌『疾駆』にて連載をもつ。
https://shunyahagiwara.com