次の記事 前の記事

Column

2020.04.16

【特別企画】今あなたにおすすめしたい、この作品。Vol.6

新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐために、不要不急の外出をひかえている今。こんなときだから、家でゆっくり過ごすときにおすすめの作品を、日ごろ花椿に協力くださっている方々にお伺いしました。

第6回は、インディペンデント・キュレーターの深井佐和子さんです。目に見えないものを見ること、当たり前の日常を細部までしっかりと見つめることの重要さに気づかせてくれる写真集とエッセイ集をご紹介いただきました。昨年、深井さんがヴェネツィア・ビエンナーレを旅した短期連載「地図のない道 / Art Traveler」も併せてお読みください。

『Today Is the First Day』 Wolfgang Tillmans

 ヴォルフガング・ティルマンスの最新作品集。アイルランド現代美術館(IMMA)で開催された「Rebuilding the Future」、ブリュッセル現代美術館(WIELS)で開催された「Today Is The FirstDay」の2つの展覧会に合わせて出版された作品集。(「未来を再構築する」と「今日が始まりの日」、なんというタイトル!)写真、映像、パフォーマンス、音楽と多岐にわたる作品のドキュメントの他、歴史家、地質学者、キュレーターの文章が掲載される。個人、コミュニティ、政治、アンダーグラウンド、すべての欠片が巨大な地図のように織り混ざり、整然と並置された混沌….あれ、これって2020年4月、今の世界そのものでは、と愕然とさせられる。見えざるものと人間の巨大戦争の渦にいる私たちにとって「見る」ことは今何よりも不確かで壊れやすく、大切なこと。地球を覆っているのは酸素でもウィルスでもなく、目に見えない、大切な誰かとの繋がり、Intimacyなのだと信じたくなる、そんな切実さを失わぬティルマンスという予言者の視点。今日、ティルマンスと同時代を生きている奇跡と幸運を、世界中の人に声高に伝えたい。
『Today Is the First Day』( Wolfgang Tillmans、WALTHER KÖNIG社)

『STEMS 』 Lee Friedlander

 ストリート写真の名手として知られる写真家、リー・フリードランダーが足を故障して自宅に篭ることになり、なすすべなく、花瓶に入った植物の茎を日々撮影したシリーズ。最初は退屈な試みだと自分でも呆れていたが、徐々にその光の反射や構図に夢中になったと言う。ダイナミックなモノクロ写真は、その日の気温や環境の変化、水を替えたばかりの気持ちよさそうな植物を驚くほど雄弁に語る。日常にある対象に目を向けると、そこには無限の表現の可能性がある。足のリハビリが完了し、無事路上へとカメラ片手に写真家は戻り、植物の茎とは別れを告げた。今しか見つめられないものがあることに、気づきたい。
『STEMS 』(Lee Friedlander、Steidl社)

『コルシア書店の仲間たち』 須賀敦子

 言わずと知れた名著だが、気軽に飛行機に乗れない今はむしろ、外国が遠い海の向こうだった時代の文章に寄り添える。短編「街」は必読。空を悠々と飛ぶ鳥のような(今ならドローンか)目線で描かれる須賀にとっての「ミラノ」の街の描写が素晴らしい。郊外の街からチラリと目の端でとらえた遠いミラノのドゥオーモに強烈に郷愁を感じたくだりや、街のあちこちに散らばる小さな思い出など、ミクロとマクロ、遠くと近くを自由自在に行き来しながら語られる一遍。「私のミラノは、たしかに狭かったけれども、そのなかのどの道も、だれか友人の思い出に、何かの出来事の記憶に、しっかりと結びついている。」都市とは、無数の個人と見えない糸で結びついた場所。そんな宝石のようなこの街に今起こっている惨状を思うと涙が浮かぶ。いつかまたあの街を訪れ、あの広場でドゥオーモを見上げ、圧倒されたいと切に願っている。
『コルシア書店の仲間たち』(須賀敦子、文藝春秋、1992)

深井佐和子

ライター/編集者/キュレーター

東京生まれ。上智大学文学部卒業。現代写真ギャラリー、アートブックの出版社にて10年勤務した後独立。2014年から4年に渡るロンドン、アムステルダムでの生活を経て現在は東京を拠点にアートプロジェクト・マネジメントを行う他、翻訳、編集などを行う。
https://www.swtokyo.jp/