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Column

2019.03.13

映画紹介/あらためて、君たちはどう生きるか?

文/花椿編集室

女性に限らず、20代の後半に差し掛かると、そして30代になると、ふと考える瞬間が訪れる。「私、このままでいいのだろうか?」と。それなりに頑張ってきたつもりだけど、自分の経験が不確かなものに感じたり、過去の選択を悔やんだり、悩みはじめるときりがない。そんなときは、気落ちしてしまいそうになる気持ちをぐっとこらえて、自分の道標を肯定的にとらえるようにしてみたい。そしてこれからの生き方に希望をもつためにご覧いただきたい映画を2本、ご紹介します!

映画『たちあがる女』より ©2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Köggull Filmworks-Vintage Pictures

アイスランドから届いた映画『たちあがる女(英題:Woman at war)』は、ミドルエイジの女性、ハットラが主人公である。合唱団の講師である彼女の裏の(というか真の?)姿は環境活動家であり、アイスランドの美しい自然を守るために、たったひとりで自然を切り崩そうとする大企業相手に日々、戦いを挑んでいる。そんな闘志に燃える彼女に届いた一通の手紙。それは、養子を迎える申請が通ったことを知らせる手紙だった。

長年の夢であった「母になること」。それが彼女に及ぼした変化、その行方はぜひ本作をご覧になっていただきたいのだが、この物語がユニークなのは、全体がリアリティをもちながらおとぎ話のようであること。ハットラがなにかを想う時や決意を固める時、突然にかたわらにブラスバンド、または合唱隊が登場する。ハットラの心情を代弁するかのように。観終わったあとにも残る、エキゾチックな音色とアイスランドの風景が、絵巻物のようなシークエンスを形成している。ベネディクト・エルリングソン監督が「英雄物語」と形容するとおり、この作品は教訓のあるファンタジーである。

主人公は、手つかずの野生を守る保護者で、アルテミスのような存在です。彼女は一人でこの惑星の急速な変化に直面し、母なる地球と未来の世代を救う役割を担っています。私たち観客は彼女に近い視点でこの映画を観ます。それが彼女の人生にアクセスする方法だからです。アストリッド・リンドグレーンによる「はるかな国の兄弟」という小説に、兄弟のこんな会話があります。
―ジョナサンは言った。たとえ難しくても危険でも、おまえにはやらなければならないことがある、と。「それはなぜ?」驚いて僕は聞いた。「そうでなければ、おまえは本当の人間ではない。ただのクソガキだ」
本作『たちあがる女』は、「本当の人間」になろうと奮闘する一人の女性についての映画なのです。
ベネディクト・エルリングソン(Director’s Statementより引用)

ハットラの物語に過去は存在しない。なぜ彼女は独身なのか、なぜ環境活動をしているのか観客にはわからない。あるのは目の前にある現実だけ。ハットラは果敢に「今」に取り組んでいる。未来をつくるのは「今」しかないのだ。また、「個人の自由」を尊重するアイスランドは男女格差が少ない国であり、女性やマイノリティにとって平等な環境が整えられている社会だという。ひとりでもたくましく生きるハットラの物語が生まれたのはそういった背景があり、本作をとおしてアイスランドに暮らす人たちのたおやかさを端々で感じることができる。アイスランドのカルチャーシーンで欠かせない、シガー・ロスの元メンバー、キャルタン・スヴェインソンやコメディアンのヨン・ナールらのカメオ出演も楽しい。ハットラの英雄物語はすでに多くのクリエイターにも影響を与えており、直近ではジョディ・フォスター監督・主演でハリウッドでのリメイクが決定しているという。ハットラの物語がどのように展開していくのか、楽しみである。

『たちあがる女』
監督・脚本:ベネディクト・エルリングソン『馬と人間たち』
出演:ハルドラ・ゲイルハルズドッティル、ヨハン・シグルズアルソン、ヨルンドゥル・ラグナルソン、マルガリータ・ヒルスカ
2018年/アイスランド・フランス・ウクライナ合作/アイスランド語/101分
カラー/5.1ch/英題:Woman at war/G/日本語字幕:岩辺いずみ/後援:駐日アイスランド大使
©2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Köggull Filmworks-Vintage Pictures
3月9日(土)からYEBISU GARDEN CINEMAなどで全国公開中
http://www.transformer.co.jp/m/tachiagaru/

映画『RBG 最強の85才』より、ルース・ベイダー・ギンズバーグ
© Cable News Network. All rights reserved.

映画『RBG 最強の85才』は、アメリカの最高裁判事のルース・ベイダー・ギンズバーグに関するドキュメンタリーである。現在85歳(今月86歳になる)のルースはいまも現役で法廷に立つパワー・ウーマン。彼女は女性が学問を修めることがまだ珍しかった1950年代に法学を志し、コーネル大学、ハーバード・ロースクール、コロンビア・ロースクールを修了。当時30歳の若さでラトガーズ大学法学部の教授を務め、さらに性差別の裁判に関わり始めたことをきっかけに、女性やマイノリティの権利を守ることが自身のライフワークに。93年には当時の大統領ビル・クリントンによって女性として史上2人目となる最高裁判事に指名された。ルースの活動によって、閉鎖的な法廷や社会に新しい切り口が生まれたことから、現在、彼女はミレニアルズにとっての新しいポップアイコンとなっている。

学生へ講義を行うルース
日々のワークアウトも欠かさない

今、なぜルースの生き方が注目されているのか。その理由を具体的に挙げるとすると、たとえば、大学在学中に結婚をしたルースは、その直後の夫の病気と生まれたばかりの子どものお世話をするなかで、並行してハードな法学の勉強をも務め上げていたということ、法廷中の女性のスタイルを作ったファッション・アイコンでもあったこと、保守化が進む米最高裁判所のなかでもリベラルの代表としてオルタナティブな反対意見をきっぱり提示してきたこと、またそういう時に感情的にならずに落ち着いて、一歩ずつ前進するという謙虚で自立した淑女の姿勢をもっていることなど、ルースの生きざまから学ぶことはとても多い。そしてやはり長寿であることも大きな魅力のひとつである。ワークアウトをして筋力を保つことと法への尽きない好奇心、一方で円満な家族関係と趣味のオペラ鑑賞と、それぞれが良好に連関し合って彼女は自身を健全に保つことができるのだ。

自他ともに認める堅物、というルースだが、彼女にとってユーモアあふれる夫・マーティンの日常的な冗談が心の支えになっていたそう。シリアスな状況におちいったとしても客観的にとらえて笑ってみる余裕があれば、次の一歩が踏み出せることを教えてくれるエピソードである。また、堅物でありながら現在ポップアイコンとなったルースにはあだ名がある。それは“Notorious R・B・G(悪名高きR・B・G)”というもので、由来はルースと似ても似つかぬラッパーのNotorious B.I.G.といわれるが、彼女はそのことについて「私たちは同じブルックリン生まれよ」と嬉しそうに話している。Notorious R・B・Gムーブメントの発端となったサイトもあり、ここではアイコンとしてのルースがアメリカの人々にいかに親しまれているかがよくわかる。
http://notoriousrbg.tumblr.com/

なお、ルースの物語はフェリシティ・ジョーンズ主演作『ビリーブ 未来への大逆転』として一足早く、公開予定だ。
https://gaga.ne.jp/believe/
3月23日(土)からTOHOシネマズ日比谷などで全国公開

『RBG 最強の85才』
監督・製作:ジュリー・コーエン、ベッツィー・ウエスト
出演:ルース・ベイダー・ギンズバーグ、ビル・クリントン、バラク・オバマ
主題歌:”I’ll Fight”ジェニファー・ハドソン
2018年/アメリカ/カラー/英語/98分/原題:RBG/映倫:G/配給:ファインフィルムズ
© Cable News Network. All rights reserved.
http://www.finefilms.co.jp/rbg/
5月10日(金)からヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開

紹介したふたつの物語はいずれも女性が主人公なのでフェミニズムの視点が強調されると思われるかもしれないが、それらの作品が発するメッセージはもっと普遍的なことである。自分が成すことに信念をもつこと、それに尽きる。問われているのは、男性・女性、LGBTである前にひとりの人間としてあなたは何をしますか? ということである。自分に誠実に、力強く生きる彼女たちの姿からなにかヒントが得られるはず。