最近、よく目に留まることばがある。“Female Gaze”、女性のまなざしという意味を表すことばだが、世界的にジェンダーに関する問題が多発している今、とくに女性の視線への関心が高まっている。
写真家、細倉真弓さんも今の時代の“Female Gaze”を体現するひとり。女性のヌードはあふれているのに男性のヌードがあまりないのはなぜだろう、という問いから発して、男性を被写体としたヌード作品を撮り始めた。ヌードといってもいわゆる肉感的・欲情的なそれではなく、細倉さんのヌード作品は一見男性か女性かわからないようなすっきりとしたからだを、独自の透明なブルーがかったようにみえる世界観を通して写したものである。その印象はなんというか、ピュアなのだ。
その印象と呼応するように、細倉さんは自身が表現の手段としている写真のことを「純化されたイデア」と表す。「実際、作品を作る時はまずはじめにざっくりとしたイメージをもっていて、そのイメージに肉づけをしていきます。つけ足してつけ足して、膨張したところからそぎ落とす。その先に塊が出てくる、という感じなんです。その塊は具象ではあるけれど、それはもっと抽象的な感情が表れたものなんだと思うんです」。
今回、細倉さんが『Jubilee』で発表した、カラーフィルターを用いたシリーズもその“抽象化”を試みたひとつ。アジア都市のネオンサインを切り取った作品群は、それぞれ一色のカラーフィルターによって、トーン・オン・トーンの世界が敷かれ、陰影の濃淡、均一の色味、その中でネオンの部分だけが不思議な浮遊感をともなって発光していて、どこか知らない世界を見るような気持ちにさせる。「ありのままのイメージではなく、カラーフィルターという方法で被写体を一旦現実から引き離す、つまり抽象化することで、現実世界の中に埋もれている“ヒント”を提示するような感覚です」。
その試みはフィルム写真だけにとどまらず、徐々にデジタル写真へも応用していきたいそう。「フィルムとデジタル撮影との間には幾分距離があると思うんです。なので、そのあいだに“映像”を挟みたいなと。写真と映像は時間の捉え方が違います。写真は一瞬、映像は次の一瞬が待っている。映像はプロットのない感情の行方を描写したもので、マテリアルの自由さが魅力的。映像(を作ること)は、私の写真を自由にするための手段だと思っています」。
現在、恵比寿のG/P galleryで開催中の個展「JJuubbiilleeeee」ではまさに、細倉さんの現在地を示すように、本作『Jubilee』からの写真作品と新作の映像作品が織り交ぜて紹介されている。「展示内容にストーリーはありません。ジェンダーも少々意識はしましたが、もっと抽象的な感情がテーマです。感情の中でも名前のないもの、そういうものです」。スクリーンに投影された映像作品は時間軸が10倍に引き伸ばされたもので、スローなモーション、ゆらりゆらりと明滅する光の影、喧騒が引き伸ばされた音ともならない音が会場を妖しく包む。その全体感は次元と次元の間、イメージの中の世界に身を置くような感覚を覚えさせる。
「欲望を意味する“Desire”の語源は『星を見る』という意味だそうです。写真は一瞬を残したいという欲求を表したもの、でもその一瞬はそれを認識したときすでに過去であり、そこに写る姿はもはやその人自身ではない。そのような、どうしてもたどり着けない世界に手を伸ばす感覚が写真にはあるのではと思います。写真というメディアを、その一瞬を手が届かないものにするためのもの、そういうふうに考えると面白いですよね」。
写真に対する細倉さんのその澄んだことばを聞いて、ジル・サンダーを思い出した。潔いシンプルさからミニマルなイメージをもたれることの多いジル・サンダーだが、サンダー自身は“ピュア”と呼ばれることを好み、ブランドの象徴としてフレグランスにもその名をつけた。ファッション業界の大評論家、スージー・メンケスがそんな彼女を「ファッションの最初のフェミニスト」と呼んだことを思うと(サンダー自身はその意見を否定しているけれども)、細倉さんとジル・サンダー、フェミニズムとピュアリティの関連性がここに見えてくるような気がする。
<作品概要>
細倉真弓 『Jubilee』
発行:G/P gallery+有限会社アートビートパブリッシャーズ
<開催概要>
細倉真弓 個展「JJuubbiilleeeee」
会期:~1月28日(日)まで
場所:G/P gallery(東京都渋谷区恵比寿1-18-4)
時間:12:00 - 20:00(月曜休廊)
※詳細はG/P galleryホームページをご覧ください。
http://gptokyo.jp/
<関連企画>
「ダナ・ハラウェイ 身体拡張のフェミニズム ――テクノロジー的思考が導く未来の身体」
日時:1月26日(金)20:00 - 21:30
出演:高橋さきの(翻訳者 / 科学技術論)、細倉真弓(写真家)
会場:NADiff a/p/a/r/t
定員:50名
入場料:1,000円
詳細:http://www.nadiff.com/?p=8593