次の記事 前の記事

Column

2024.09.20

美とサイエンス  ー美生物の視点からー #5 色彩と美

絵/中島あかね

私たちが日常で何気なくつかっている「美」ということば。そもそも「美」とは何なのでしょうか? 
そんな問いのヒントにつながる新連載「美とサイエンス‐美生物の視点から‐」の第5回。
この連載では資生堂みらい開発研究所と慶応義塾大学名誉教授の冨田勝氏(前慶応義塾大学先端生命科学研究所所長)との共創プロジェクトで生まれた、論文ベースで紐解いた美とその独自の解釈をテキストとポッドキャストでお届けいたします。

テキストでは研究員の考察を、ポッドキャストではゲストをお招きし、テーマについて新たな視点で掘り下げていきます。
第5回は「色彩と美」について。資生堂みらい開発研究所で漢方・生薬や薬膳などに用いられる薬用植物に関する基礎研究を専門とする、深澤彩子(ふかざわ・あやこ)です。
ポッドキャストでは編集者で京都の老舗着物メーカーの矢代仁の取締役でもある矢代真也さんをお迎えし、伝統的な視点や現代の技術から色について考える回となりました。

   

色彩調和に関する歴史
 新緑、夕焼け、海の青など、自然が生み出す色のバリエーションは豊富だ。色名図鑑を見るといくつもの色が載せられているが、これで全てを表現できているのだろうか?掲載されている色と色の中間にも名前を付けてあげたい色が隠れていると感じることがある。古くから、ヒトは色やその配色(色の組み合わせ)を美しいと感じてきたが、どのような配色が美しいのかといった議論から、主に欧米において「色彩調和論」が展開されていった。ここでは、色彩の組み合わせに調和するものと調和しないものがあるということをヒトが経験的に知っているという観察から端を発し、そこに何らかの普遍的法則を見出そうと古代ギリシア時代以降、様々な色彩調和論が提唱された。古くから神聖なイメージには赤と青(あるいは緑)という対照的な色の組み合わせが用いられているように(図1)、西洋文化の土台であるキリスト教の影響が色濃く反映され、「理性の絶対視」、「自然の制御」に挑んだ背景が起因しているとされる。調和という概念は、対立した異質なもの同士を組み合わせることにより生まれると考えた。そのため、配色に明瞭な秩序を求め、曖昧な配色は不調和としてきたとされる(1)。なお、色彩調和論には様々な説があり、ここには一説を取り上げています。

図1 ノートルダム大聖堂のステンドグラスに代表されるように、古くから神聖なイメージには赤と青という対照的な色の組み合わせが用いられている
[John Elk III]/[The Image Bank]/ゲッティイメージズ

日本における伝統的な色彩
 一方、日本においては、あるがままの自然を受け入れ、素材感を生かした美が重視されてきた(図2)。これは、稲作による強固な共生感を持つ固有文化の継続によるものと考えられ、四季折々の微妙な変化を反映した独自の色合わせが発達し、移りゆく自然を崇拝したとされる。この想いそのものがかたちになって表れているものの一つに、平安時代の公家が着物を重ねた際の色の組み合わせを示す「襲(かさね)の色目」がある。襲の色目では、四季の変化に伴う変動はあるものの、総じて安定感と安息感を与える色相差の配色が好まれる傾向にあり、明度差・彩度差が小さい配色が好まれたことが検証されている(2)。このように、日本独特の曖昧で変化しながら消えゆくものに美を感じる感性へ発展し、秩序や対比の調和だけでなく、西洋では一般的に曖昧として否定されてきた歴史を持つような配色にも美を見出すことになった。

図2 自然そのものの色や素材感を美しいと感じる
[Bong Grit]/[Moment Open]/ゲッティイメージズ

みんなが美しいと感じる色とは?同じ色を認識しているの?
 さて、最後にこの疑問に向き合ってみたい。
 物理的に同じ色を見ても文化的な背景によって色嗜好に影響が及ぼされることは近年の研究で明らかになっており、文化的に感じ取られる「らしさ」が色嗜好を左右することが実験的に示されている(5)。このように、色彩に対してはヒトの嗜好が関与することが知られているが、これらに地域間差はあるのだろうか?
 各国における色彩嗜好の調査が報告されており、それによると地域に関係なく嗜好色の上位に青が入ることがわかった。一方、嫌悪色にも共通性が見られ、くすんだ茶色があげられた(6)。この結果を受けて、ヒトが思い描く青の同一性について調査がなされ、日本人の小学生から高齢者まで386人を対象にしたアンケート調査の結果から、思い描く青色の代表色は概ね同じだが、青色の範囲は年代で差があり、若年層では色相が紫青(勿忘草色)あるいは彩度の低い青(水色)に対して青と許容する傾向がある一方、年配層では色相が青緑(孔雀青)あるいは紫青で明度の低い青(花色)に対して許容する傾向があった。差が生じた理由について、日本では緑を青と称してきた歴史があるために、年配層では緑よりの色相を青と認識するだろうという考察がなされていたが、加齢における変化などの解剖学的な考察も必要かと考えられた(7)。

おわりに
 伝統や各文化が重要視してきた事柄が色に現れることは、ヒトの美に関する意識を探る手掛かりになると考えられる。色から感じる美しさはこれからも人々を魅了していくだろう。春になると里山が僅かに色の異なる桜の花で彩られる景色には毎年心が躍る。山桜の白色がかった薄桃色、夏には様々な木々の新緑、秋の紅葉に至っては、もはや言うまでもない。自然には四季折々の色味があり、その色も僅かに異なる同系色の混色が織りなす美しさをこれからも感じていきたい。

プロフィール
矢代真也
株式会社コルク、『WIRED』日本版編集部を経て2017年に独立。合同会社飛ぶ教室の創業に参画し、マンガ編集・原作、書籍編集、リサーチ・ブランディングなどを手がける。19年にSYYS LLCを創業、20年には京都にも拠点を構える。22年、家業である株式会社矢代仁の取締役に就任。創業350周年に向けて「着物のこれから」を考えるためのプロジェクト「YSN:ゆっくりしっかりのこす」を始動。24年5月にはプロジェクトの初回となる展覧会「着物を考えるための調べもの」を京都のGallery SUGATAにて開催。
http://yashironi.co.jp/


深澤彩子
株式会社資生堂 みらい開発研究所 研究員。
製薬企業の主任研究員を経て2015年より株式会社資生堂に入社。
漢方・生薬や薬膳などに用いられる薬用植物に関する基礎研究を専門とする。
現在、慶應義塾大学 先端生命科学研究所にて研究を行う。2023年度 同大 先端生命科学研究会 優秀賞受賞。
参考文献
(1) 城一夫『配色の教科書-歴史上の学者・アーティストに学ぶ「美しい配色」のしくみ』
(2) 大前貴之,襲色目の色彩と配色の四季変化.日本家政学会誌 Vol. 39 No. 12 1307~1317 (1988)
(3) 森嘉紀, & 山岸政雄. (1986). 日本伝統食の色彩研究: 金沢を事例として ( AIC モンテカルロ大会). 日本色彩学会誌, 9(3), 166-167.
(4) 高宮和彦,総説:色から見た食文化,日本調理科学会誌Vol.36No.2(2003)
(5) 熊倉恵梨香,文化的な構えが色嗜好に与える影響,The Japanese Journal of Psychonomic Science ,2019, Vol. 38, No. 1, 26–32
(6) 斎藤美穂_アジアにおける色彩嗜好の国際比較研究 (1) 日韓比較・白嗜好に着目して、および、機関誌『水の文化』55号
(7) 安藤寛子_ひとが思い描く青色は同じか

中島あかね

画家

1992生まれ東京出身在住。
クライアントワークと自発的な絵の制作の両面から活動しています。
https://www.akanenakajima.net/
https://www.instagram.com/nra_np/