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Column

2024.02.20

美とサイエンス  ー美生物の視点からー #2 美と装飾

絵/中島あかね

私たちが日常で何気なくつかっている「美」ということば。そもそも「美」とは何なのでしょうか? 
そんな問いのヒントにつながる新連載「美とサイエンス‐美生物の視点から‐」の第2回。
この連載では資生堂みらい開発研究所と慶応義塾大学名誉教授の冨田勝氏(前慶応義塾大学先端生命科学研究所所長)との共創プロジェクトで生まれた、論文ベースで紐解いた美とその独自の解釈をテキストとポッドキャストでお届けいたします。

テキストでは研究員の考察を、ポッドキャストではゲストをお招きし、テーマについて新たな視点で掘り下げていきます。
第2回は「美と装飾」について。資生堂みらい開発研究所で研究戦略立案・策定、技術スカウトに従事する傍ら、心とAIの研究を行う、松原惇高(まつばら・としたか)です。
ポッドキャストでは建築家の永山祐子さんをお迎えし、建築の視点からの”美”についてお話いただきました。

 今、私がこの原稿を書いている机の上は無秩序に散らかっている。飲みかけのエナジードリンクの缶、出張に行ったときに買った銘菓の菓子袋、郵便受けに入っていたチラシなど、とても何かの作業ができるような環境でないように思う。しかし、人それぞれ、作業がしやすい環境や落ち着ける環境は異なる。その前提のもとお伝えしておくが、私にとって今の机の散乱状態は、作業がしやすかったり、落ち着けたりする環境では決してない。もともと机の上には何もなかったのである。それが日々の生活の中で、無意識のうちに、無秩序な空間として構築されていったのである。繁忙期に仕事に追われ飲んだエナジードリンク、その翌日からの出張ついでに買ってきた銘菓の菓子袋、出張中に郵便受けにたんまりと溜まったチラシ。好むと好まざるとに関わらず、生活の中で机の上に構築された、美しさとはほど遠い空間である。そんな空間を私のように無意識に構築していく人間がいる一方で、地球上には、種の生存をかけて生活し、独自の美的センスに基づきモノを集め、美しい空間を造る鳥がいる。それがニワシドリ (図1) である。

図1.ニワシドリ
Henry Cook/Moment ©GettyImages

 ニワシドリはオセアニアのオーストラリアとニューギニアだけに生息し (1)、漢字では、庭師鳥(ニワシドリ)と書く。ニワシドリのオスはメスへの求愛の舞台として、芸術的な飾りつけをした「あずまや」(2) を巧みに造る。
 この「あずまや」は、枯れた小枝や枝、わらで基本骨格が作られており、それを装飾するために果実や花、きのこ、羽などの自然物から、牛乳瓶のふたやペンのキャップ、スナック菓子の包み紙、プラスチック容器などの人工物まで利用され、構築されている (2)。これら装飾に用いる素材の色はニワシドリの種や個体によって好みが異なる。すなわち、彼ら自身で色を選択しているのだ。これらの装飾品を使って飾りつけされた「あずまや」は、大きく2つに分類され、枯れた小枝や枝、わらを垂直に立て作られた並木道型のアベニュー型 (図2) と、中央に若木や小木の支柱を設け、その周囲に小枝を水平に積み上げた小山型のメイポール型 がある。
 ニワシドリのメスは数日かけて異なるオスが飾り付けした「あずまや」をいくつか訪れ、他よりも装飾が美しい好みの「あずまや」を再び訪れる (3)。最終的には最も優れた、装飾の美しい「あずまや」を造ったオスを交尾相手に選ぶ。

あずまや=装飾が種の繁栄に影響する⁉

図2 アベニュー型あずまや
Samuel Moore/Moment ©GettyImages

 メスの「あずまや」の好みは、ニワシドリの種が同じであっても、生息している地域によって異なる (4)。ある山地に生息するチャイロニワシドリという種のニワシドリのメスは、茶色や黒、ベージュ色を好み、明るい色は好まない。一方で、別の山地に生息するチャイロニワシドリのメスは、青や赤、緑色を好む。後者の山地に生息するチャイロニワシドリのメスは、青い装飾品で飾られた面積が大きいほど、また、「あずまや」が大きいほど好む。このように、生息場所によって、ニワシドリの美的感性は分化している。
また、「あずまや」の装飾方法も進化を遂げており、ニワシドリの一種であるオオニワシドリのオスは、「あずまや」から離れるにしたがって、徐々に大きな装飾品を配置することで目の錯覚(強制遠近法)を造り出す (5, 6)。この装飾方法の場合、「あずまや」側から外を見ると、装飾品の大きさがどれも同じに見え、奥行きが感じられなくなる。実験のため、人為的に、大きい装飾品が「あずまや」側に来るように並べ替えると、オスは装飾品が並べ替えられたことに気づき、目の錯覚が生じる順番に並べなおす。このような強い錯覚を造り出せるオスほど、交尾の成功率が高い。
このように、ニワシドリの審美眼は、オスの求愛行動の舞台「あずまや」の建築・装飾とメスの美的選択が幾度も繰り返し行われることで、徐々に進化してきたのだろう。現在のような芸術的な「あずまや」が構築されるまでのヒストリーに思いをはせてみると、初期の頃は、何もなかった森林空間に、オスがたまたま小枝や葉を集めたのではなかろうか。それがたまたまメスの目に留まり、気に入られ、子孫を残すことができたのかもしれない。そのような創作をしたオスが現在の「あずまや」の原型を造り、世代を重ねるごとにメスの審美眼とオスの装飾方法が共進化し、現在の芸術的な「あずまや」へと美的進化を遂げてきたと思うと、なんとも感慨深いものである。
 今の私の机の上の散乱した状態も、見る人や人間以外の生物によっては、カラフルな素材で装飾された何かしらの美的空間として認識され、魅了しているのではなかろうかと妄想し、せっせと大掃除にいそしむ今日この頃である。

プロフィール
永山 祐子
1975年東京生まれ。1998年昭和女子大学生活美学科卒業。1998年青木淳建築計画事務所勤務。2002年永山祐子建築設計設立。主な仕事、「LOUIS VUITTON 大丸京都店」「豊島横尾館」「女神の森セントラルガーデン」「ドバイ国際博覧会日本館」「東急歌舞伎町タワー」など。JIA新人賞(2014)、山梨県建築文化賞、東京建築賞優秀賞(2018)、照明学会照明デザイン賞最優秀賞(2021)、World Architecture Festival Highly Commended(2022)など。現在、2025年大阪・関西万博「パナソニックグループパビリオン『ノモの国』」と「ウーマンズパビリオン in collaboration with Cartier」、Torch Tower(2027年度)などの計画が進行中。
https://www.yukonagayama.co.jp/


松原 惇高 
1989年新潟県生まれ。東京工業大学卒業、東京工業大学大学院博士課程修了。博士(工学)。2017年資生堂入社。グローバルスキンケア製品開発、特許出願・権利化、知財分析などを経て、現在、市場機会分析、研究戦略立案・策定、技術スカウトに従事する傍ら、心とAIの研究を行う。

参考文献
(1) Frith, C. B., and Frith, D. W. (2004). ‘The Bowerbirds: Ptilonorhynchidae.’ (Oxford University Press: Oxford.)
(2) Prum, R. O. (2018). The evolution of beauty: How Darwin's forgotten theory of mate choice shapes the animal world-and us. Anchor. (翻訳:黒沢令子. (2020). 美の進化: 性選択は人間と動物をどう変えたか. )
(3) Uy, J. A. C., Patricelli, G. L., & Borgia, G. (2001). Complex mate searching in the satin bowerbird Ptilonorhynchus violaceus. The American Naturalist, 158(5), 530-542.
(4) Uy, J. A. C., & Borgia, G. (2000). Sexual selection drives rapid divergence in bowerbird display traits. Evolution, 54(1), 273-278.
(5) Endler, J. A., Endler, L. C., & Doerr, N. R. (2010). Great bowerbirds create theaters with forced perspective when seen by their audience. Current Biology, 20(18), 1679-1684.
(6) Kelley, L. A., & Endler, J. A. (2012). Illusions promote mating success in great bowerbirds. Science, 335(6066), 335-338.

中島あかね

画家

1992生まれ東京出身在住。
クライアントワークと自発的な絵の制作の両面から活動しています。
https://www.akanenakajima.net/
https://www.instagram.com/nra_np/