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Column

2023.01.27

【第16回 shiseido art egg 連動企画】 アートの新しい目 Vol.1 岡 ともみ

文/住吉智恵

資生堂ギャラリーが、新進アーティストによる「新しい美の発見と創造」を応援する公募プログラムとして2006年にスタートしたshiseido art egg(シセイドウアートエッグ)。第16回となる本年度は、岡 ともみ(おか ともみ)さん、YU SORA(ユ ソラ)さん、佐藤 壮馬(さとう そうま)さんの3名が選出され、2023年1月24日(火)~5月21日(日)にかけて個展が開催されます。現代を生きるアーティストたちが不確実・不安定と言われるこの時代にアートを通じてメッセージすることとはーー。
3名それぞれの活動と今回の展示について、そしていま考えることについて、アートジャーナリストの住吉智恵さんがお話を聞きました。Vol.1は岡 ともみさんです。

 

Vol.1 岡 ともみ 

形骸化しつつある葬送の形や死との向き合い方を再考する

 岡ともみは、個人の大切な思い出や消えかけている風習など、現代社会で見過ごされがちな小さな物語を封入した装置を作り、記憶を空間に立ち上げることを試みている。
 自身の祖父の葬儀での経験から、古くから日本各地に伝わる葬送の風習について調査してきた。リサーチを通して岡が着目したのは、死者の世界と私たちが生きる現世を区別するため、葬儀にまつわる行為やしつらえ、日常のさまざまな動作を従来とは逆に行う「サカサゴト(逆さ事)」という風習である。
 故人のなきがらを北向きで寝かせる「北枕」、枕元に置く屏風を上下逆に飾る「逆さ屏風」、死に装束を「左前」に着せる、といった風習は、現在でも親族の葬儀や祖父母が頑なに拘る「縁起かつぎ」で知る機会があるだろう。

 「サカサゴトのいわれには諸説ありますが、縄文時代、あの世はこの世とあべこべであると信じられていたことに由縁するともいわれます。こちらが夜ならあちらは昼、こちらが昼ならあちらは夜。着物はこちらが右前に着るならあちらは左前。この世の産湯はお湯に水を注ぐけれど、あの世では水にお湯を注ぐ。死者があの世への道で迷わないように、あるいは魂の依代になるようにと、周囲の人々やコミュニティが故人にかける想いがそこにはあります。本来、死やあの世と向き合う姿勢とは、このような小さな願いや死者への慮りから出発したものが多かったのだろうと思います」(岡)
 「サカサゴト」とは、死の穢れに近づくことで生者に禍が及ぶことを忌避するだけではなく、この世とは逆の理で動いているあの世で迷わずに過ごせるよう、故人に合わせてあげるという心遣いであり、成仏を手助けする風習でもあった。
 岡自身も祖父の葬儀でその棺に青い紫陽花を手向け、火葬の終わった遺骨が薄青に美しく染まっていたことから、その行為としつらえが自分にとっての祖父を送る儀式であったと感じたという。

 「火葬に立ち会ったのは祖父の葬儀が初めてだったので、そのときのイメージは私にとって葬送の原風景になりました。現代の葬儀は秩序やルールによって進行し、遺族の意思が介在していないと感じます。死を受け入れるプロセスはあっけないほどオートマチックです。祖父の葬儀での経験から、火葬が終わったあとや通夜の時、もっといえば亡くなる前など、必ず訪れる誰かの死を受け入れるためにできることがもっとあるのではないかと思うようになりました。それは、生前の会話のあり方かもしれないし、亡くなった後のお参りのし方なのかもしれないし、故人の意思をついだ何かをすることなのかもしれません。私自身がこれから親しい人の死を迎えるときのためにも、オリジナルの葬送についてのヒントを得たい。いまや消えようとしている日本各地に残る風習を紐解き、形骸化しつつある葬送の形や死との向き合い方について再考しています」

 

「サカサゴト」 2022 古時計、映像 インスタレーション

 

 本展では古時計と映像を使った大型インスタレーション「サカサゴト」を発表する。
 第1の展示室に足を踏み入れると、仄暗い空間に11本の柱が林立し、それぞれに柱時計が設置されたインスタレーションに出合う。賽の河原に墓標が立ち並ぶかのようなその光景は、あの世とこの世の境を繋ぐ津軽の荒野に生きた寺山修司の作品世界を彷彿とさせ、日本人の記憶に刻み込まれた原初的な死のイメージを喚起するかもしれない。
 岡のステイトメントによれば、旧式の時計とは、「人に巻かれた瞬間から、止まる時に向けてゼンマイが巻き戻っていく、本質的に死に向かっていく存在」である。まさに「サカサゴト」のように、それらの古時計の盤面は反転し、針は逆回転している。そこには古から私たちの中にありながら、もはや消えかけている追悼をめぐる感覚がモニュメントとして佇む。
 「当初のプランでは壁を黒いアクリルでおおい、暗室にすることを考えていました。これまで〈黒〉を出発点に創作してきて、空間を自分の見たいイメージに寄せて捻じ曲げようとしてきたところがあります。今回は映り込みをコントロールするのが難しいこともあり、既存の空間を無理に加工せず、新たな視覚的チャレンジを試みました。ギャラリーの構造を生かし、美しい空間に呼応するようなプランを目指しました」(岡)
 

 

「サカサゴト」 2022 古時計、映像 インスタレーション
「サカサゴト」 2022 古時計、映像 インスタレーション

 

 第2の展示室には、古いガラスの木戸を覗き込むと雨が降りしきる中に紫陽花の咲く光景が広がる。日本の風土特有の湿度感に加えて、覗きからくりを参照に視覚トリックを駆使した情景はさながら江戸川乱歩の物語世界だ。
 「鑑賞者の目線を引き込む仕掛けとして、一部の時計の内部にはきついパースをかけた建具を仕込んでいます。街灯や蛍光灯のない時代、異界はもっと身近なものだったと思うんです。その頃の暮らしの中にあった建具などが扉となって、自然に異空間へ迎え入れられる体験をつくりたい」(岡)
 これまでにも岡は、自身の世代には縁遠い「見たことはあるが使ったことはないもの」(電話ボックス、木戸、柱時計など)を作品世界の扉として扱ってきた。その手つきは大胆かつ繊細な手練れを感じさせ、技術面でもマルチなスキルを身につけている。また学部生の頃から、大駱駝艦の舞踏公演や現代オペラなどで映像や舞台美術を手がけてきたことも岡の経験値を高くしているはずだ。

 

現代オペラ「PLATHOME」 2021 撮影:屋上
大駱駝艦・齋門由奈「宮崎奴」 2017 撮影:熊谷直子

 

 「1人ではできないことをたくさん経験し、モチベーションを共有する醍醐味を知りました。一方で、自分1人で制作する作品ではコンセプトを貫ける。自分が思い描いた通りの空間・時間・体験をさまざまなメディアや素材を組み合わせて実現できる喜びがあります」(岡) 
 虚像と実像の間に仕掛けた多層的なレイヤーを通して、他者と自身の記憶に没入する空間を体験させる岡の作品は、観る者の意識に「小さなモニュメント」をつくることを意図している。イリュージョニストとしての巧みな手腕とは裏腹に、過去と現在を生きる人に届けようとする祈りにも似た思慮の深さが、彼女の作品世界をうるおい豊かなものにしているのだ。

 

岡 ともみ(おか ともみ)
美術作家。時間・記憶・反転・光と影をキーワードに、「小さなモニュメント」をつくることをテーマに制作をしている。誰かにとって大切な個人の思い出や、消えかかっている風習など、ともすると世界から見過ごされてしまうような小さな物語を封入した装置を作り、ある種のリアリティをもった記憶の空間を場に立ち上げることを試みる。2019年ベルリン芸術大学留学を経て、2022年東京藝術大学大学院美術研究科修了。現在同研究科博士後期課程在籍。主な活動として、「オープン・スペース2018/2019」出品(初台・ICC)、個展「どこにもいけないドア」(2018年、京橋・art space kimura ASK?P)など。
2022年三菱地所賞受賞、同年shiseido art egg、Art Award IN THE CUBE入選。
http://tomomioka.com/
Twitter:@tomomioka_znk

住吉智恵

アートプロデューサー/ライター

東京生まれ。アートや舞台についてのコラムやインタビューを執筆の傍らアートオフィスTRAUMARIS主宰。各所で領域を超えた多彩な展示やパフォーマンスを企画。子育て世代のアーティストと観客を応援する「ダンス保育園!!」代表。バイリンガルのカルチャーレビューサイト「RealTokyo」ディレクター。
http://www.realtokyo.co.jp/