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Column

2021.06.26

 『第八次椿会 ツバキカイ 8 このあたらしい世界』― 先達の創造性から力を得て、 導かれたクリエイション

文/住吉智恵

 現在、資生堂ギャラリー(銀座)で開催中の『第八次椿会 ツバキカイ 8 このあたらしい世界』。閉塞的な日々が続き、先行き不透明ないま、この新しい「第八次椿会」がアートを通して伝えることとは――。アートジャーナリストの住吉智恵さんが展覧会について考察してくださいました。

 資生堂ギャラリーで、杉戸洋、中村竜治、Nerhol(ネルホル)、ミヤギフトシ、宮永愛子、目[mé]の6組をメンバーとする「第八次椿会」による最初の展覧会『第八次椿会 ツバキカイ 8 このあたらしい世界』が開催されている。

「椿会」とは、1947年に第二次世界大戦の戦禍で中断していた資生堂ギャラリーの活動を再開するにあたって立ち上げられ、時代とともにメンバーを入れ替えながら、70年以上にわたり継続的に開催されてきたグループ展だ。戦争、災害、不況、そして現在のパンデミックのように、世の中が閉塞状況にあるときもアートが人々に希望を与え、勇気をもたらすという信念に基づき、再興への願いを込めて開催されてきた。
 連綿と歴史を重ねてきた椿会は、3年ないし5年を一区切りとする中期的な視野で、作家たちのクリエイションを定点で追っていくところが特徴的だ。それゆえに選抜された作家の顔ぶれも、数年に及ぶ活動スパンを委ねられるだけの信頼感と厚みを感じさせる。
 なかでも東日本大震災後の2013年から2017年にかけて活動した、ひとつ前の第七次椿会は印象深い。2014年に亡くなった赤瀬川原平をはじめ、畠山直哉、内藤礼、伊藤存、青木陵子、島地保武(2015年より)の各氏が参加。確固とした「復興」の理念を掲げ、「初心」をテーマに、背筋の伸びるような緊張感のある作品を5年にわたって発表した。
今回の第八次椿会では、2021年から2023年までの3年間を「2021 触発/Impetus」、「2022 探求/Quest」、「2023 昇華/Culmination」と位置づけ、待ち望まれるアフター・コロナ時代の「あたらしい世界」のあり方を考える。

Nerhol
2021 年 インクジェットペーパー

目[mé]《matter α #Ⅶ》
2021 年 砂、石、岩の粒子、など
杉戸 洋《おきもの》
2021 年

 コロナ禍の影響下で結成された初年度の本展では、「触発/Impetus」をテーマに、資生堂がこれまでの椿会展で蒐集してきた美術収蔵品から、メンバーが「あたらしい世界」を触発される作品を選んだ。
 自身が選んだ収蔵品と共に、それに対する”応え”となる概念や作品を提示することで、収蔵作品に新たな視点を加え、未来につなげようと試みる。
 出展作品からいくつかを紹介したい。
 資生堂ギャラリーのスペースは、階下の展示を断片的に視界に入れながら、地下へと続く階段を通り抜けていく動線が魅力的だ。本展ではその回遊式庭園を思わせる空間構成がとくに生きている。

 階段の踊り場では、ミヤギフトシが伊藤存の映像作品≪みえるいきもの(銀座)≫≪みえない土地≫を選び、さらに戦前に発売され処方も残っていないという資生堂の「香水 セレナーデ」と自身の小説「幾夜」(2021)から着想を得た小さなインスタレーション≪消えた香り/書かれる手紙≫を展示している。
 沖縄生まれのミヤギは、丹念な調査と豊かな想像力をもとに戦時下の東京を描いた小説のなかで、夜曲と名付けられたこの香水の薫りに、目には見えないが大事な役割を演じさせる。またミヤギが伊藤の作品のたたずまいからとらえた「みえる・みえない」の隔たりとつながりが、いま他者との共感が普段以上に困難な状況ではより身近なイシューとなり、今後あたらしい世界で時間をかけて縒り合わせていくべき課題となったことが見てとれる。

撮影:加藤健
ミヤギフトシ
2021 年
セレナーデのボトル、オノト万年筆、紙にインク(月夜)
撮影:加藤健

 建築家・中村竜治は、三輪美津子の絵画作品6点と、内藤礼の彫刻≪ひと≫を選んだ。膨大な収蔵品リストから中村が注目したのは、同じモチーフでつくられた複数の連作に想像をかき立てられ、空間を強く意識させられる作品だった。
 ちょうど三輪の描いた女性像の目の位置と、内藤の小さなひとを覗き込む観客の目線に合わせた高さの仮設壁をしつらえ、何気ないいたずらのような介入のなかで、作品同士が語り合うかのような関係性を立ち上がらせている。
 この展示を目の当たりにしたとき、不思議な脱力感と共に清々しい感触があった。現代美術の展示にはあまり見かけない什器とも家具ともいえない微妙な造形物がそこに置かれただけで、訪れる人の視線は拍子抜けしたように焦点を探してうつろい始める。そして既存の有名な作品にさえ瑞々しい思考を寄り添わせてしまうほど、空間と物の関わりの揺らぎやすさと軽やかさを実感するのだった。

中村 竜治《関係》
2021 年 木材、合板、パテ、塗料など

 宮永愛子は、畠山直哉の写真と、青木野枝の彫刻を選び、自身を加えた三者の作品が「水」をキーワードに同じ線上に連なる展示を試みる。
 畠山の≪Findling≫シリーズは、氷河によって運ばれ、たどり着いた迷子石とも呼ばれる漂石をとらえた作品だ(同じくメンバーのNerholもこのシリーズを選んでいる)。
 氷河から目覚めたタイムカプセルのようなこの石が異なる場所で存在し続けるありように、人の生活にも似た変成を見出した宮永は、自身の変成するナフタリンの彫刻を対峙させた。いっぽうでは、硬質で重量のある素材とは思えないほど、しなやかに柔らかく彫刻をとらえる青木の観点に触発され、宮永は海を漂うメッセージボトルのような彫刻を、と考えたという。これら3点の作品の背景には、畠山が旅先のホテルのランプシェードの光で部屋(CAMERA)の天井を照らし出した≪CAMERA≫シリーズが設置され、土地の風景や物質に封印されたさまざまな記憶が光と共に揮発し蒸散していくようにも思われた。

宮永 愛子
2021 年 ナフタリン、石(陶片)、ミクストメディア
撮影:加藤健
撮影:加藤健

 来年2022 年の展覧会では、椿会のメンバー同士のコラボレーションや異分野の専門家との交流が企図されているという。初年に生まれた問いや気づきの「探求」から育まれた作品を展示し、最終年の 2023 年には3年間の活動を「昇華」させる展示を行う予定だ。
 先の1年さえ見通せない状況での本展のクリエイションは、すでにそこにある先達の作品が持つ力に支えられ、導かれてここまできたことが想像される。作家同士の関わりを縦横の軸に置いた企画展はともすれば恣意的に陥りがちだが、本展はメンバーと彼らが選んだ作家の創作物を介した対話がきわめて有機的に最初の実を結んだことがうかがわれた。
 アーティストたちのこのような所作が、これから少しずつ生活環境が落ち着いてくれば、世界の大きな転換期に思いを馳せ、互いの考え方や価値観を共有し対話することができるようになっていく兆しだとすれば、芸術のその向こうにある変わりゆく日常にも希望を見出せそうだ。

「第八次椿会 ツバキカイ 8 このあたらしい世界」
会期:2021年6月5日(土)~8月29(日)
会場:資生堂ギャラリー
東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビル地下1階
電話番号:03-3572-3901 
開館時間:11:00~19:00(日祝〜18:00) 
休館日:月(月曜日が休日にあたる場合も休館)、8月16日~23日 
料金:無料
https://gallery.shiseido.com/jp/exhibition/4157/

住吉智恵

アートプロデューサー/ライター

東京生まれ。アートや舞台についてのコラムやインタビューを執筆の傍らアートオフィスTRAUMARIS主宰。各所で領域を超えた多彩な展示やパフォーマンスを企画。子育て世代のアーティストと観客を応援する「ダンス保育園!!」代表。バイリンガルのカルチャーレビューサイト「RealTokyo」ディレクター。
http://www.realtokyo.co.jp/