普段翻訳の仕事をしているので、英語と日本語の単語を比べるのが好きです。英語でのコミュニケーションの妨げになるといった、批判的な意見がある和製英語も、英語と日本語の比較をする際のおもしろい要素のひとつとして考えています。典型的な例は「マンション」でしょうか。英語で“mansion”は「大邸宅」という意味なので、映画『華麗なるギャツビー』に登場する豪邸のようなイメージです。日本語の「マンション」は、英語だと“apartment”や“flat”と言います。ちなみに分譲マンションは“condominium”です。普通の会話では略して“condo”と言ったりします。また、和製英語の代表格である「サラリーマン」のように、逆輸入されて英単語になったりするケースもあります(英語で“salaryman”と言うと、日本のサラリーマンを指す場合が多いです)。村上春樹氏の『ダンス・ダンス・ダンス』の英訳版でも“salarymen”が使われています。
ただ、どうしても違和感を感じてしまう和製英語があります。それが「ソウルフード」です。「たこ焼きは大阪のソウルフード」といったようなフレーズをテレビで聞くたびに少しモヤモヤした気持ちになります。デジタル大辞泉によると、「その地域に特有の料理。その地域で親しまれている郷土料理」となっています。しかし、オックスフォード、ケンブリッジ、マクミラン、メリアム・ウェブスターといった有名な英英辞典を調べても、大辞泉に対応する定義は見つからず、“the type of food traditionally eaten by African-Americans in the southern U.S.”といった定義が書いてあるだけです。これは簡単に訳すと、「アメリカ南部の黒人の伝統的な料理」なのですが、もともとはアメリカに奴隷制度があったときの料理というか、支配者側の白人たちの食べ残しや、彼らが食べない肉の部位などを使った料理を指していました。
ウィキペディアによると、「ソウルミュージック」のように、1960年代に「ソウル」という言葉がアフリカ系アメリカ人の文化を表現する際によく使われて、そこから「ソウルフード」と言うようになったそうです。また、朝日新聞の現代用語辞典『知恵蔵』には、「もともとソウルフードとは米国南部の黒人の伝統的な料理のことだが、特に2000年以降の日本ではソウル(魂、精神)との意味から派生し、各地特有の郷土料理などを指すことがほとんどとなっている」とあります。どのようにこの使い方が広まったのかはわかりませんが、文化的な背景を考えると、個人的にはまだこの和製英語を受け入れらずにいます。