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Column

2016.07.06

これからの時代のキーワード “トランスクリエーション”

文/古屋 秀恭

いきなりですが、次の3つにはどのような共通点があるでしょうか?

1. ディズニーの大ヒット映画『アナと雪の女王』
2. 建築家・隈研吾氏設計の『スターバックスコーヒー 太宰府天満宮表参道店』
3. 「とらや」がパリの店舗で販売している「ポワールキャラメル羊羹」(下写真)

とらや 「ポワールキャラメル羊羹」※秋~冬限定販売商品

どれも、発信するコンテンツが他国の言語や文化に合うよう調整されている、というのが共通点です。

『アナと雪の女王』の原題が『Frozen』であるということは、わりと知られていると思いますが、普通に『フローズン』と訳すと意味がわかりにくく、大ヒットしそうな響きもありません。『アナと雪の女王』のほうが、ディズニーらしい響きがあって、子どもたちにとってもわかりやすい。もちろん、どのようにこの邦題が決まったのかはわかりませんが、マーケティングの観点から見ても工夫が必要だったと想像できます。

こういう工夫をする作業のことを、英語で “Transcreation(トランスクリエーション)” と言います。これはTranslation(翻訳)とCreation(創造)を掛け合わせた造語で、1960年代頃から欧米の広告業界で使われ始めた用語なので、この言葉自体が新しいというわけではありません。ですが、一般的に広く認知されているというわけでもなく、Macの辞書アプリにあるOxford Dictionaryにも登録はないようです。以前、イギリスの大学院生と話しているときに、「それどういう意味?」と聞かれたこともあります。

翻訳業界でも、「直訳ではなく、さらに一歩踏み込んで、翻訳対象の言語やその文化に合うように訳してください」という意味でよく使われるフレーズです。海外のクリエイティブエージェンシーは、ロンドンやニューヨーク、シンガポールなど、ハブとなる都市を拠点にして、そこからグローバルな広告キャンペーンを制作することも多いので、Transcreationのスキルが高い人材は重宝されます。ちなみに“Transcreate” と書けば動詞になって、より簡単な単語にしたい場合は、“Adapt” でも大丈夫です。

翻訳の観点から見ると、英語圏の洋画の字幕が一番わかりやすい例かもしれません。英語が得意な人なら、「あ、この字幕、台詞とぜんぜん違うじゃん。ダメな翻訳者だな」と一回はツッコミを入れたことがあるのではないでしょうか? 一般的に言われている「1秒4文字」という目安の中で、いかに台詞のメッセージ・ニュアンスを伝えるかは、かなり達人レベルの作業です。字幕を訳している人は、台詞と完全にかみ合っていないことは百も承知(のはず)で、特にユーモアの要素が強い台詞を直訳してしまうと、ニュアンスが伝わらない可能性が高く、映画の中の台詞は多分にトランスクリエーションされているといえます。

映画『マイ・インターン』より

字幕の具体例ですが、アン・ハサウェイとロバート・デ・ニーロが主演を務め、2015年に公開された『マイ・インターン』という映画にあったある字幕が個人的に印象に残っています。ニューヨークでファッション通販サイトを運営しているジュールズ・オースティン(アン・ハサウェイ)が、投資家たちから経験豊かなCEOを外部から雇うよう要求されている(ダメだしされている)ことを知らされる、という場面で使われた、“Let me get me CEO lessons.”という台詞です。その字幕は「私じゃ失格?」となっていました。台詞の意味は、「CEOになるためのレッスンを受けさせてよ」といった感じなのですが、字幕の秒数制限と文脈などを考慮して、「私じゃ失格?」になったのだと思われます。

ちなみに厳密に言うと、この英語の台詞は文法的には間違いで、正しくは “Let me get myself CEO lessons.” になります。ただ、こういうことは実際の会話ではよくあり、また、 “Let me get me CEO lessons.” のほうがリズミカルで、動揺している彼女の心理も反映されている気がします。実際の映画を見てもらうとわかりますが、ここの部分はかなり早口で、聞き取るのが大変です。知り合いのイギリス人に聞いたら、「聞き取るのがむずかしい」と言っていたので、ネイティブにとってもかなり早口に聞こえるのでしょう。

映画『マイ・インターン』より

翻訳やクリエイティブの業界でこれからますます重要になるであろう、Transcreationというキーワード。「21世紀はアジアの時代」と言われたりもしていますが、さまざまなレベルで国際交流がどんどん盛んになっていくことを考えると、このキーワードが、ほかの分野でも重要になってくるのではないでしょうか。

COVER PHOTO / 映画『マイ・インターン』より。 ブルーレイ&DVD 3,990円(税抜) (ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント)

古屋 秀恭

ライター/編集者/翻訳者

「The Fashion Post」元編集長。現在はフリーランス(Northern Projects)。ロンドン大学SOAS政治学部卒。翻訳(日英・英日)の専門分野はファッション、カルチャー、アート、そしてIT。
http://www.northern-projects.com