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今月の詩

2020.04.03

百物譜 1 

詩/緑川太朗

池の向こうにまた池があって、
木々のしたには楽団がいた
見知らぬ街に風が吹いて、
風のしたではプロレスをしていて、
見知らぬひとが見知らぬ話をしている。
この街はクールで、
ふしぎなバランスが働いている。

大きな田舎たるこの街は、
屈折に屈折を重ねている
実用的ではないだろう。
空虚の女を考えていると、
ぴたりとはまる気がする。

見知らぬ向こうに、
見知らぬ向こうがある。

またセロリを煮ている。

選評/高橋源一郎

どこにもないけど、どこかにある

 もうんざりだ、なにもかも。そう思いませんかね。特に最近。新聞を見てもテレビを見てもネットを見ても、イヤになっちゃう。心の底から。なにも聞きたくないし、なにも見たくない。なにも話したくないし、誰とも会いたくない。どうしてそんなことなっちゃったんだろうか。でも、生きている以上、なにかをしなきゃならない。じゃあ、なにをすればいいのか。読もう。読むべきなにかを。じゃあ、その「読むべきなにか」ってのはなんだ、ということだ。とりあえず、我々には、緑川太朗さんの「百物譜 1」がある。なるほど。この詩に書かれている「場所」、あるいは「世界」なら、イヤにならない。それは保証しよう。そして、そんなことは滅多にないんだ。「クールでふしぎなバランスが働いている場所」か。行ってみたいよね、行けるものなら。マジで。そして、そこには「空虚の女」がいるわけなんだ。ほら、そういう誰かなら、会ってみたいし(会えないかもしれないが)、話してみたいんじゃないかな(話せないかもしれないが)。どう思いますか? ああ、あと、プロレスは、だんぜん「風のした」でするものですよね。それなら、ウィルスにも感染しないし!