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今月の詩

2019.08.01

靴下

詩/林林ころも

橙のリップ
空色の開襟シャツ
シルバーのピアス
きちんと髪をまとめて
目が合った
ミルクティー色のトックリ
ハイウエストの黒いズボン
姿見のわたし
製菓工場の人みたい
恥ずかしくなり
目をそらした

猫が角を曲がる
わたしが曲がると
パン屋が車で売りに来た
鼻歌にすぐうつっていく
人懐こい曲が聞こえる
今日は天気が冷たいから
バランスがとれて
ほっとした
いいな、猫は
姿を隠せる道を知ってて
また少し恥ずかしい

アパートの一階
半透明のビニールが掛かる
ハイビスカスの鉢植え
近づくと中で咲いている
赤く滲んで潜んでしまって
もったいない、でも
いいな、ハイビスカスは
姿を隠せる術を持ってて
なんだかもっと恥ずかしい

あなたの部屋の前で
ピンポンを押してから
どんな姿で待てばいいのか
いまいちな格好で来て
ものすごく恥ずかしい
ドアの前、下を向いて
自分の影に隠れてみたけど
恥ずかしい靴下が
靴の中に隠れていた

選評/文月悠光

「恥ずかしさ」が加速する様に魅力を感じます。冒頭は、化粧室での一幕でしょうか。洗練された美しい人を横目で観察していたら、鏡越しに目が合ってしまった。気まずさと共に、つい自分の装いに目がいってしまう。〈製菓工場の人みたい〉は、きっと自信の無さゆえの「先回りした自虐」。そんな語り手は、〈姿を隠せる術〉を猫やハイビスカスから学んでいきます。「いいな」と呟く素直さがまぶしいですね。
最終連、語り手は「恥ずかしさ」のピークに立たされ、うつむきます。〈靴の中に隠れて〉いる靴下を見つけて、彼女は限りなくホッとしたのではないでしょうか。誰かが恥ずかしがってみせる姿は、どこか愛らしいものです。隠れた靴下を見つけるように、たくさんの〈あなた〉が〈わたし〉の「いいな」を見出していく。そう信じてみたいと感じさせる作品でした。