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Now, Then!

恋する私の♡日常言語学                 Ordinary Language School【Vol.5】

2019.12.13

文/清田隆之(「桃山商事」代表)

協力/小川知子

イラスト/中村桃子

vol.5 その「すみません」は誰に向けたことば?

「恋愛とことば」をテーマにした連載「恋する私の♡日常言語学─Ordinary Language School」。かつてオックスフォード大学で哲学を学ぶ人々を中心に「日常言語の分析が哲学者の中心課題だとする方法意識」という思考のもとうまれた「Ordinary Language School」(日本大百科全書より)。この思考にヒントを得て、数々の恋愛話を傾聴してきた恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表の清田隆之と、『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)の選者も務め、人から話を聞くことを専門とするライターの小川知子が、「ことば」をめぐる恋愛の諸問題について語り合っていきます。
 意中の人や恋人となんだか上手くコミュニケーションが取れなかったり、すれ違いに悩んでいるあなた! その原因は「ことば」にあるかもしれません!

「すみません」が表す3つの意味

小川知子(以下小川)  このあいだ友達から「彼氏が本当に謝らない人で……」という話を聞いたのね。ケンカになっても絶対に謝らないし、話し合いを求めてもムスッと黙ってしまう。そんな彼に困っていると彼女は話していた。こういうタイプの男性は決して珍しくないし、清田くんの著書『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』(晶文社)にも「謝らない男たち」というテーマで様々な事例が紹介されていたよね。

清田隆之(以下清田) 例えば「約束に30分も遅れてきた彼氏が、開口一番『会議が長引いて』と言い訳してきて腹立った」とか、「夫は私が怒るとすぐに謝る。でも、原因が何か理解してない感じが余計にイライラする」とか……。

小川 ありがちな話だけど、すぐ謝る人って、実はまったく謝ってないよね(笑)。

清田  その人も「謝られた感じがしない」って言ってた。著書でもいろんな事例を紹介しながら「謝るとはどういうことか」について考えてみたけど、謝罪ってすごく複雑な行為だなとつくづく感じる。

小川 ここでも恋愛における謝罪の問題について話してみたいなと思っているんだけど、私は最近「すみません」ということばに興味を持っていて。

清田  どういうこと?

小川 「すみません」ってやや畏まっているから恋愛の文脈ではあまり使わないかもしれないけど、これって、「I’m sorry」や「My apologies」みたいな謝罪のことばである一方で、「Thank you」という感謝の意味で使うこともあるじゃない? あと、人に何かを頼むときも「すみません」って言ったりする。これは何かを遮ったり、邪魔したときに使う「Excuse me」の意味だよね。無意識に濫用してるけど、よく考えると多義的で曖昧なことばだなって。

清田  俺も誰かから良くしてもらったとき、つい「すみません」って言っちゃう気がする。改めて考えたことなかったけど、謝罪と感謝ではおよそ正反対の意味なのに、同じことばで表現できちゃうのがおもしろい。

小川 辞書的に言うと、これは「済む」とか「澄む」ってことばが語源にあるんだよね。済(澄)んでいない、つまり「それでは私の気持ちが収まりません」とか「それでは心がすっきりしません」というのがそもそもの意味で、だから謝罪のことばになるし、好意に対する恐縮が転じて感謝のことばにもなる。また、相手に何かを頼む際の申し訳なさを表現することで依頼(呼びかけ)のことばにもなる。

清田  なるほど、ひたすら「わたくしはモヤモヤしております」ってことを言ってるけど、自分を下げることで謝罪や感謝や依頼の意を表現してしまうあたり、良くも悪くも日本人っぽいことばのように感じなくもない……。

小川 このことばって要するに“気分”を表現してるだけなんだよね。それが必ずしもダメというわけじゃないけど、例えば謝罪するような状況には何かしらの原因や背景があるはずで、それをどう考え、どう受け止めているのか、ちゃんと説明なり共有なりしないことには話が進まない。でも「すみません」って、そういう部分をふわっとさせたまま“申し訳なさ”だけを伝えることばに感じるのよ。

清田  確かに……。いろいろ曖昧にしたままやり過ごしちゃう感じがあるね。冒頭で紹介したエピソードもそうだけど、これって恋愛と謝罪の問題を考える上で大事なポイントかもしれない。

男女で異なる「ケンカ」の捉え方

小川 小学6年生のとき、クラスメイトから無視されたことがあったのね。私としては原因がわからなかったし、もし何か気づかないうちに相手にとって嫌なことをしていたのなら謝りたい気持ちもあったので、無視してきた子たちに電話をかけて理由を聞いたのよ。そしたらみんな電話口で黙っちゃって。まあ理由なくムカついたってことなんだと思うんだけど、何も答えてくれなかったのにはモヤモヤしたな。

清田 そこで電話するのすごいね! でもわかる。原因を説明してもらえないことには対処できないし、それこそ気持ちが収まらない。

小川 そうなんだよ。私はただ「知りたい」とか「わかりたい」って気持ちで聞いただけなのに、相手はなぜか身構え、口を閉ざしてしまった。こういうことって過去の恋愛でも結構あって、話し合いたいだけなのに怒ってると思われたり。

清田 あ〜。恋愛相談の場でも、夫や彼氏と話し合いができないことに悩んでいる女性の話をよく聞く。理由や気持ちを知りたいと思って「なんで?」と尋ねているだけなのに、相手はなぜか「責められてる!」みたいに感じて自己防衛モードになってしまうという……。

小川 問い詰めがちな私もよくないのかもしれないけど、怖がられるのもなんかちょっと違うよなって思う。

清田 前に桃山商事で「ケンカ」をテーマにいろんなカップルに取材をしたことがあるんだけど、ケンカの目的というか捉え方というか、とにかく男女でまったく異なる傾向が見られたのよ。女の人たちは、さっき小川さんが言ってたような、原因とか背景とか、互いの気持ちとか主張とか、まずは話し合って言語化して、認識を共有した上で責任や解決策や落としどころといったものについて考えていくことを目指していたのに対し、男性たちはとにかく「相手の気分が落ち着くこと」をケンカの終わりと捉えている節があった。

小川 そっか、だから男の人たちって必死になだめようとするのかもね。

清田 そうそう。相手が泣きやんだり、怒りが収まったりすれば、それで話し合いが完了したと捉える。でも、たとえ気分が落ち着いたところで、問題が解決していなければ話し合いは終わったことにならないじゃない?

小川 これって「仲直りセックス」の問題にもつながる話だよね。私あれが昔から疑問で、昔つきあってた人とケンカになったとき、なだめられるみたいにそういうことになってうやむやにされたと感じることが何度かあって。「セックスする=好きってことだからこれでいいっしょ」みたいな空気になってモヤモヤした。

清田 セックスしたところで問題は何も変わってないからね。それこそ「それでは私の気持ちが収まりません」案件では……。

小川 本来の意味での「すみません」の出しどころ(笑)。相手を好きだったわけだし、セックスが嫌なわけじゃないんだけど、なんだかコミュニケーションをことばじゃない形で片づけようとしてるというか、臭いものに蓋をする感じがあるんだよなあ。

清田 強い感情で問題をごまかす的な……。仲直りセックスって香辛料みたいなものなのかも。

謝罪は問題を乗り越えていくための前向きな行為

小川 「すみません」を否定したいとかでは全然ないんだけど、このことばの根底には「問題の所在を明らかにすることを避ける」メンタリティがあるような気がしていて、それは私たちが謝罪のシーンで感じるモヤモヤとつながっているのではないか──。これまでの話をまとめるとこんな感じになるのかな。

清田 ケンカのときに相手をなだめるって、特に男の人は結構やってしまいがちのような気がする。「すぐに謝る」ってのもそのひとつだと思うし、「落ち着けよ」と言ってみたり、甘い物を食べさせようとしたり……。

小川 花を買ってきたりね(笑)。

清田 とにかく機嫌を取ろうとする男性は多いと思し、自分もそういう発想で恋人と対峙していたことも多々あるので偉そうなことは言えないんだけど……機嫌を取るより問題の所在を明らかにすることのほうが先決でしょって話だよね。

小川  もちろん男の人に限った話ではないと思うけど、何が問題なのかを言語化し、責任の所在について話し合いながら突き詰めていくのって、とても大変だし面倒な行為だよね。言いづらいことを言ったり、認めたくないことを認める必要も出てくるわけで。

清田 どうしてもわかり合えない部分が見えてきたりもするしね。

小川 話が余計こじれる可能性もあるわけで、だったらむしろ、突き詰めずにふわっとやり過ごしたほうがいいのではないか……と考えてしまう気持ちも理解できる。でも、どれだけ近しくても相手は自分と異なる他者なわけだから、わかり合うためには対話を続けることは不可欠だよね。それをしないとモヤモヤは溜まっていく一方だし、愛という名のもとに生じた甘えのような気もする。

清田 「責められてる!」「怒られてる!」と感じてしまう男たちの話があったけど、対話って感情的というよりむしろロジカルな行為だよね。問題点や気持ちを言語化し、相手に誤解のないよう伝えていくためには論理的である必要があるわけで。

小川 本当にそう思う。原因や背景を明らかにして、問題を乗り越えていくための前向きな行為なんだから、自己防衛モードに入らず理由をちゃんと説明していくことが謝ることの本質じゃないかと私は思う。でもまあ、ほとんどの男の人は怖がるよね。前にラジオか何かで、話し合いを求めるときは「あなたのことが好きだから」「ずっと一緒にいたいから」ってことを先に伝えてあげましょうということが夫婦円満の秘訣として挙げられてた。そうしないと怒られると思っちゃう男性が多いんだって。

清田 う〜ん。そこまで手取り足取りしてあげなきゃいけないのって話だよね。怒る側だって相当なエネルギーを使って話を切り出しているわけで。俺も怒られがちな人生なので気持ちはわからなくないけど……怒られる側としてはいったん「感情」と「問題」を切り分け、後者のほうにフォーカスすることが大事なのかなって思ってる。相手は話し合いたいのであって、何もこちらのことを嫌っているわけではないのだから。

小川 「すみません」ということばからずいぶん話が展開してきちゃったけど、謝罪や話し合いは前向きな行為なのだということが伝わったらいいよね。

清田 そうだよね。本当に怖いのは怒られることではなく、問題と向き合わなかった結果、相手の気持ちがゼロになってしまうことだと思うので……。

小川 小さい衝突を無視した先の方がホラーだぞ、ってことを忘れちゃダメですね。

クリエイターの紹介

清田隆之

文筆家

恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。
1980年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。これまで1200人以上の恋バナを聞き集め、「恋愛とジェンダー」をテーマにコラムやラジオなどで発信している。著書に『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』(イースト・プレス)、『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』(晶文社)。7月2日に新刊『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)が発売になる。
イラスト/オザキエミ
https://twitter.com/momoyama_radio

小川知子

ライター

1982年、東京生まれ。上智大学比較文化学部卒業。雑誌を中心に、インタビュー、映画評の執筆、コラムの寄稿、翻訳など行う。共著に『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)がある。
https://www.instagram.com/tomokes216
https://twitter.com/tometomato

中村桃子

イラストレーター

1991年、東京生まれ。桑沢デザイン研究所ヴィジュアルデザイン科卒業。グラフィックデザイン事務所を経てイラストレーターにとして活動。装画、雑誌、音楽、アパレルブランドのテキスタイルなど。作品集に『HEAVEN』がある。
https://www.instagram.com/nakamuramomoko_ill/

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