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Column

2018.07.27

イザベル・ユペールの不思議

文/花椿編集室

今年の三月、パリ・コレクションの取材で訪れていた彼の地で、女優・イザベル・ユペールの名を三度耳にした。一度目は、パリ在住の写真家、宮本武さんから。街なかでイザベル・ユペールを見かけたとのことで、一般の人に混じってごく普通に街を歩いていたので驚いたそう。二度目はクロエの展示会場で。プレスの方から、デザイナーのナターシャ・ラムゼイ・レヴィは今季のテーマである日々のファッションを楽しむ女性像、その理想のひとりとして、ユペールの名を挙げていると聞いた。そして三度目は街なかで。正しくは聞いたわけではないけれど、メトロや街角の広告で彼女が主演する映画のポスターを、いたるところで目にした。パリ中にイザベル・ユペールの存在が満ちている感じだ。

パリ生まれのイザベル・ユペールは現在65歳。1972年から活動をはじめ、これまでクロード・シャブロルやミヒャエル・ハネケほか、多くの監督から愛されてきた女優のひとりだ。出演作の豊かさから“フランスの至宝”とも言われている。フランス国内はもとより、ニコール・キッドマンほか同じ女優からも憧れの存在として支持を得ている。

フランスの女優といえば、正統美のカトリーヌ・ドヌーヴやうら寂しい美しさに包まれたジャンヌ・モロー、パリジェンヌの象徴ともいえるシャルロット・ゲンズブールなど、優れた女優が多数挙げられるけれども、ユペールの魅力はあまりわかりやすくない。フランス国立高等演劇学校で本格的に演技を学んだ経緯から、その演技力の高さは言うまでもなく彼女の魅力のひとつとなっているが、それゆえか、どの役を演じても彼女は役を演じきれてしまうのだ。たとえば、2001年にカンヌ国際映画祭女優賞を獲得したミヒャエル・ハネケ監督作品『ピアニスト』で見せたような、激情的な一面を内に秘めたシリアスな女性像や、1982年のゴダールの『パッション』で浮かべた淡々とした物憂げな表情、それに同じく82年のジョゼフ・ロージーによる『鱒』でのおてんばで勝気な気性、そして2002年のフランソワ・オゾンの『8人の女たち』で演じた神経質で嫌味な役どころもすべて、彼女の十八番といえば十八番である。すべてが似通っていないようでいて、すべて彼女自身であるような、そんなとらえどころのなさ、不思議さがユペールにはある。

そのユペールは、近年ではミア・ハンセン=ラブ監督の『未来よ こんにちは』などのしなやかな役どころを重ねて、ますます存在感を強めている。特に大きく注目される契機となったのは、一昨年、セザール賞をはじめ様々な賞にノミネートされるなど、国際的な成功を収めたポール・バーホーベン監督作品『エル』。主人公の魅惑的な映像会社社長を演じたユペールは、自身に起こったレイプ事件を発端に展開していく物語の中で、淡々とした表情はそのままに、成熟した、コケティッシュな魅力を大きく開花させた。

そして今夏、ユペールが主演する映画がまたひとつ公開されている。ブノワ・ジャコー監督による『エヴァ』だ。冒頭で触れていたパリの街角で見かけた映画のポスターはまさにこの作品のもので、ギャスパー・ウリエルとの共演が話題を呼んでいた。

『エヴァ』劇中より、イザベル・ユペールとギャスパー・ウリエル ©2017 MACASSAR PRODUCTIONS - EUROPACORP – ARTE France CINEMA - NJJ ENTERTAINMENT - SCOPE PICTURES

本作はハドリー・チェイスの『悪女イヴ』を原作にしたミステリー。盗作した作品によって名声を得た新進作家のベルトラン(ウリエル)がとある出来事をきっかけに高級娼婦エヴァ(ユペール)と出会い、徐々に深入りすることで身の破滅を迎えるというあらすじで、ここでユペールが演じるエヴァはいわゆる“ファム・ファタール”である。ファム・ファタールといえば、妖艶で思わせぶりな女性像を想像するが、ユペールが演じるそれはそのような儚い印象のものではない。ユペールが示すファム・ファタールは、娼婦という仕事をきっぱりと割り切る潔さと、軽妙で洒落た雰囲気、そしてたびたび映るプライベートでのひとつの愛への真摯な態度をもつ。そこには媚びるような甘さは微塵もなく、“来る者拒まず去る者は追わない”という突き放すような、毅然とした態度が魅力的に映る。

ベルトラン演じるギャスパー・ウリエルの繊細な危うさと対照的に描かれるユペールによる新しいファム・ファタール像は、ユペールが『エル』の役柄を経た今だからこそ創造できたようにも感じられもし、また、ユペールが原作を読んだ際にまるで自分自身のために本作が書かれたのではないかと思ったと語ったように、その姿はユペールの今現在の人格そのものであるようにも見える。さっぱりとしていて、自身に対して自信と余裕があり、さらに女性としての魅力にあふれている。そんなユペールの姿は、歳を重ねていく女性にとって希望である。映画の中の女性像を生きながら、一作一作あたらしい女性像を見せてくれるイザベル・ユペールは、最新作の『エヴァ』、そしてこれからも作品をとおしてその進化を見続けたい女優のひとりである。

『エヴァ』
監督:ブノワ・ジャコー
  『マリー・アントワネットに別れを告げて』
脚本:ブノワ・ジャコー
キャスト:イザベル・ユペール、ギャスパー・ウリエルほか
原題:EVA
原作:『悪女イヴ』ジェイムズ・ハドリー・チェイス著
   小西宏訳(創元推理文庫)
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
配給:ファインフィルムズ
2018/フランス/カラー/フランス語/102分/映倫 G
©2017 MACASSAR PRODUCTIONS - EUROPACORP – ARTE France CINEMA - NJJ ENTERTAINMENT - SCOPE PICTURES
http://www.finefilms.co.jp/eva/
*好評公開中